
shokutoさんが教育の関わる開発者として「iPadは僕らにバトンを渡した」を書いていらしたので、便乗して教育現場の人間として書いてみます。
iPadは一対一の対面プレゼンテーションに使えそうなことは、ビジネス関係のいろいろな人が言っているようですが、これは教育の世界にもちょっとした変革をもたらすんじゃないかな、と思っています。
一つは、フラッシュカードや、その代用としてのパワーポイントが終わるんじゃないかっていうことです。
まず、フラッシュカードからパワーポイントへの移行ですが、これは確かに準備作業の劇的な効率化をもたらした反面、教師と学生の人間的なつながりを阻害するという側面を持っていました。何度かこのブログなどで書いたことがあるかもしれませんが、僕自身も停電でパワーポイントが使えなかった授業のあとで、初めてクラスの雰囲気が何か暖かいものに変わったような感触を得たことがあります。
何でかというと、やっぱり顔と顔がつながらないんですよね。先生は学生の顔を見ているにしても、学生は先生の顔でなくスクリーンを見るようになってしまいます。ひどいときには、先生もスクリーンを見ていたりして、どちらも顔を見ていなかったりします。
また、先生が立ち位置を考えてスクリーンのすぐ近くに来たとしても、どうしたって人の顔よりはスクリーンの方が大きいので、見た目の主役はスクリーンになってしまいます。
僕はiPadは買わないと思うんですけど、この手のタブレット型の手軽な端末が登場してきたことにより、こうした問題は解決できるようになりそうです。
というのも、スクリーンと違って、こういった機器を教室で教具として使うときは、フラッシュカードのように教員が自分の手にとって胸の前で学生に向けて操作するようになると思うのです。そうすると、教員の顔に近いので、学生の視線は教員の顔につながりやすくなります。目と目が合いやすくなるわけですね。
また、大きさも人間よりは小さいですから、見た目の主役も端末ではなく人間であることが明示的になるでしょう。
こういった違いは言葉にしてみるとあまり大したことではないように聞こえるかもしれませんが、教室で学生との人間関係を作るには非常に大きな違いだと思います。
つまり、フラッシュカードからパワーポイントへ移行したことにより阻害されかけていた教師と学生の人間関係が、iPadのようなタブレット型端末の登場により、ふたたび血の通ったものに回帰してくるのではないかな、という予感がしています。
また、これにより、フラッシュカードの時代は完全に終わるのかもしれません。これだけパワーポイントのような効率的な技術が普及していてもアナログなフラッシュカードにこだわりを感じていた人は、少なからず、上記のような問題を本能的に察知していたのではないかと思います。しかし、こういった端末の登場は、そういった懸念を払拭してくれるだけの力がありそうです。
ただ、フラッシュカードの時代が終わるにしても、パワーポイントの時代が終わるとは、僕は考えていません。というのも、文字が主体のフラッシュカードとは違って、導入用の鮮烈な画像や動画の利用には、やはり巨大な画面で圧倒的なインパクトを与える方が得策だからです。また、細かい画像は手に持ったタブレット端末で学生の目に届きにくいので、会話のネタにするような絵パネルなどもスクリーンの方が使えるように思います。フラッシュカード自体や「フラッシュカードの代用」としてのパワーポイントは、タブレット端末の登場によって終わるかもしれませんが、それ以外のパワーポイントの用途はまだしばらく続くのではないでしょうか。






