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2016年08月25日

【緊急提言】自律学習者への対応を急ごう(台湾の調査を受けて)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


smile~
(写真は台湾のコスプレイヤー)

冒険家の皆さん、今日も鉱山の町で空から降りてきた女の子を守るために空賊と戦っていますか。

さて、すでにお耳にした人も多いかと思いますが、「やさしい日本語ツーリズム研究会」から衝撃的な数字が発表されました。続きを読む
posted by 村上吉文 at 15:48 | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年04月26日

気持ちを伝えるのは手書き文字ではなく笑顔

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日も人喰い植物のツタを半月刀で斬り落としていますか。

さて、私事ですが、一週間前に無事に48回めの誕生日を迎えました。おかげさまで沢山の人にお祝いのメッセージをいたきました。みなさま、ありがとうございました。普段はいろいろな内容の情報交換がありますが、これほど共通した内容を、まとまった量でしかも多様なチャンネルを通していただくことはないので、考えたことがあります。

と言っても非常に当たり前すぎる内容なのですが、要するにこういうことです。

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posted by 村上吉文 at 22:10 | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年04月06日

「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日も宝箱の地図をスマホで確認していますか?

さて、報道によりますと、信州大学の山沢清人学長が4日の入学式で「スマホやめますか、それとも信大生やめますか」と発言されたそうです。いろいろな点から問題が指摘されていますが、ここでは教育上の問題として考えてみたいと思います。

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posted by 村上吉文 at 23:42 | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年04月04日

Amazonの教育界進出!

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日もアマゾン川で襲いかかってくるピラニアどもと戦っていますか?

ここのところブログからちょっと離れていたので、リハビリ代わりに軽いネタから。とは言っても、もしかしたらすごい変化である可能性があります。というのは、Amazonがサービス業に進出してきたというニュースです。URLも「http://www.amazon.com/services」です。

Amazonといえば、オンライン本屋から始まり、これまで物品販売に特化した企業でした。(B2Bでは実はクラウドサービスとかもすごいらしいんですが、ここではB2Cに話題を限定します) しかし、サービス業に進出したとすれば、僕たちにとってもこれは無視できない大きな変化です。なぜかって? 続きを読む
posted by 村上吉文 at 16:27 | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2015年02月17日

防衛費をソーシャル・メディアにつぎこんでみたら?

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日も丸太に捕まって漂流しながら、迫ってくるサメの背びれをにこやかに眺めていますか。

さて、報道によると、イギリスが「Facebook部隊」というのを作るのだそうです。

さすがに日本よりソーシャル・メディアの力をよく分かっているなあと思う一方で、でも本質は見えていないような気がします。というのも、ソーシャル・メディアというのはこういうマスメディア的な使い方にはなじまないからです。

たとえば続きを読む
posted by 村上吉文 at 12:28 | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年10月27日

「子供のタブレット利用に賛成? 反対?」

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日も悪党に捕まって灼熱の砂漠にラクダもなしに放置されていますか?

さて、先日「子供のタブレット利用に賛成? 反対?」というアンケートがyahoo!で行われていました。
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/other/12202/result

反対の人のほうが賛成の2倍ぐらいあるのですが、反対の人はタブレットについてかなり誤解があるようです。反対している人に返信してまでコメントする気はないのですが、このブログの読者にもそういう誤解をしている人がいるかもしれませんので、そういう人たちのために、ここでタブレットに関する誤解に関して一言書いておきたいと思います。

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posted by 村上吉文 at 05:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年09月29日

まず目標ありきのコースデザインは正しいのか。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日も冒険を楽しんでいますか?

さて、4年前にも似たようなことを書いたのですが、昨日、似たようなことを言っている学習者の動画あったので、もう一回書いておきます。それは「まず目標ありきのコースデザインは正しいのか」ということです。上の動画でも、最後のトピックで、「目標を設定するな。特定の目標を達成するために日本語を学ぶな」と主張しています。

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posted by 村上吉文 at 00:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2014年05月29日

「考える前に検索する」のは悪いことなのか?

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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Some rights reserved by Enokson

冒険家の皆さん、今日もエンジンの止まってしまった複葉機からパラシュートで脱出していますか?

さて、教育関係者の間で、よく「ネットで簡単に答えを探すのはよくない」という声を聞きます。図書館で百科事典を参照してレポートを書くのはよくても、ネットはだめだとか。そういう声を聞くたびに、僕はどうも納得できない気持ちになるので、今日はちょっとその点について書いておきたいと思います。
 
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posted by 村上吉文 at 11:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年12月07日

日本は女性の地位が低い遅れた国なんでしょうか

誤解のないように最初に断っておきますが、僕は日本に男女差別が存在することぐらいは知っていますし、それはなくされるべきだと思っています。

また、日本に関する誤解が広まってしまって日本への関心が薄れてしまうと、業界ごと沈んでしまうという立場にあります。ですから、これから書くことはある意味でポジショントークです。

で、今日言いたいのは、「女性の地位が低い」=「遅れた国だ」と日本が先入観で見られてしまうのは避けたいっていうことです。日本ってそこまで女性の地位が低いですかね?

だって、女性が日本よりずっと悲惨な地位を強いられている国なんていくらでもあるじゃありませんか。続きを読む
posted by 村上吉文 at 13:00 | Comment(3) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年07月19日

誰も教えてくれない再稼働のリスク


【(cc) NODA Masaya / JVJA】

革命中のタハリール広場の写真のようですね。毎日タハリール広場を通って通勤している身としては見慣れた光景でもありますが、東京の人にとってはかなりインパクトがある映像なのではないでしょうか。

ただ、ちょっと気になっているのは、「停電は嫌だ」とする原発推進派と、「原発は嫌いだ」とする反原発派の間にあまり議論らしい議論が見えてこない点です。推進派は「停電すると人が死ぬ」というし、反原発派は「稼働すると人が死ぬ」と主張し続けています。

普通だったらここで、「じゃ、死ぬのが少なくて済むのはどっちなの?」という議論になりますよね。今僕は海外にいて日本のテレビなどは見ていないんですが(まあ、日本にいてもテレビなんて見ないけど)、海外でネットを通して情報を集めている限りでは、どうも「どちらの方がリスクが高いのか」という定量的な議論が全然見えてきません。

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posted by 村上吉文 at 15:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年07月10日

東電の最終調査報告書、チェルノブイリとの比較など

東電の事故調査委員会の最終調査報告書が6月20日に出ていたんですね。
最近、再稼働反対のデモなどもあるので、概要版を読んでみました。

僕が認識を改めたことは2点あります。
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posted by 村上吉文 at 14:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年07月07日

大飯原発再稼働反対のデモ、ずいぶん盛り上がっているみたいですね。

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 ここのところ、大飯原発の再稼働に反対する運動がずいぶん盛り上がっているようです。最初は僕も「政治的に偏った考えの人が自分の利益のために活動している」と思っていたのですが、坂本龍一さんの運動もあるし、学生時代の友人もデモに参加していたと聞いて、ちょっと誤解があったのかもしれないと思い始めています。続きを読む
posted by 村上吉文 at 13:23 | Comment(7) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年05月29日

インターネットに淘汰される日本語教師と淘汰されない日本語教師

最近のインターネットの発展の結果として明らかに言えることは、海外では日本人(日本語の母語話者)の価値が急激に下がっているということです。

そりゃ、当然ですよね。

昔なら、海外ではネイティブと話せるというだけで価値のあることでした。ですから、日本語教授法も何も知らなくても、ただ単に日本人であるというだけで、日本人の少ない地域では先生になることができたのです。続きを読む
タグ:日本語教育
posted by 村上吉文 at 15:16 | Comment(1) | TrackBack(1) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年05月04日

小出裕章さんについて

今まで何度か小出裕章さんについて断片的に触れたことがあるので、ちょうど一年経ったのを機にまとめておきます。

僕も多くの皆さん同様、震災直後に初めて小出さんの名前を聞きまして、京都大学の原子炉実験所に勤めていらっしゃるということでしたから、信頼できる専門家として話を聞いていました。そして、専門家がそこまで危険だというのなら、日本は本当に危ないのではないかと心配していました。まず、声も顔も善人にしか見えず、武田邦彦みたいに見るからに嘘つきの人間ではありませんでしたしね。

しかし、いつからか「どうもおかしい」という疑念が湧き始め、決定的に彼を信用するのをやめようと思ったのが、ちょうど一年前の「3号機が核爆発した」という発言です。

2011年の5月4日、彼はMBSラジオのインタビューでアナウンサーの「3号機は核爆発したのか」という質問に、まず「核爆発、まあ、私たち、核暴走という言葉を使いますけれども」と言い換えた上で、「3号機の爆発というのはヒョッとすると核暴走というのが起きたのかも知れないと私はいま思い始めています。」と発言しています。

この時の音声はこちらで今も聞くことができます。
http://www.youtube.com/watch?v=QfMsauUspfI

この音声をアップロードした人は「小出先生は『核爆発』と言う言葉は使っていません---核暴走と言われてます。」などと書いていますが、「核爆発したのか」という質問に「核爆発」とはっきり言った後にそれを「核暴走」と言い換えた上で「核暴走が起きた」と言っているのですから、「核爆発が起きた」と明言したことになります。実際、この放送を聞いたリスナーの一人が「3号機使用済み燃料プール内で核爆発が起きた件について」というブログを書いていますから、多くの人がそのように理解したのも事実です。

彼がここで問題にしているヨウ素135の異常値も、実は観測データ自体が間違っていたことがあとで分かりましたので、そもそも「核暴走」すら起きていなかったことが今では分かっています。また、そもそも「核爆発」を「核暴走」と言い換えるところからリスナーを意図的に間違わせようという意思が垣間見られます。核爆発と核暴走が別物であることは、以下に明確に示されています。

核暴走とは - 新語時事用語辞典 Weblio辞書
「核暴走は膨大なエネルギーを瞬時に生成し、核爆発に至る可能性もある。」
http://www.weblio.jp/content/%E6%A0%B8%E6%9A%B4%E8%B5%B0

また、福島原発にあった4%程度のウラン濃度では核爆発しないことも多くの専門家が指摘していましたし、小出さんも当然知っていたはずです。核爆発していないことを知っていながら、検出データに異常があったことだけを根拠に「核爆発した」と言われたことに、僕はとても残念な思いをしました。
(それで核爆発するなら、どうして北朝鮮がウランを濃縮していることが問題視されるんでしょうね。発電ではなく爆弾にするには濃度を上げなくてはならないからです) 

実は、そのあとで知ったのですが、彼は北朝鮮の核開発に関しては反対するどころか、逆に、やめさせようとしている日本やアメリカを批判しているのです。この論文(後半だけ読めば充分です)を見ればよく分かりますが、彼が日本の原発に反対しているのは、それが日本の市民にとって有害だからではなく、北朝鮮や中国の政府にとって脅威になるからなんですね。もちろん、中国や北朝鮮の市民にとっても自国内の原発は困るはずですが、残念ながら小出さんの論文にはそういった配慮はまったく記されていません。
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/kouen/KoreanN.pdf

そういうことで、僕は小出裕章さんについて、彼のすべてが嘘だとは思いませんが、検証する手間を省くために、何らかの情報のソースが小出さんだとわかった時点で、それはスルーすることにしています。そして、残念ですが2012年5月というこの時点においても、小出さんを「信頼できるソース」として扱っているメディアや個人については、ソースを評価する能力に欠けているか、あるいは「嘘と分かっていても注目されれば(あるいは政治的目的を達成できれば)いい」という、真摯さに欠けた態度であると判断しています。

もし、小出さんのこうした一面を知らずに彼を評価している人がいるのなら、彼に対する世間の評価は既に定まっていることを考慮し、今後は信頼できるソースとして扱うのはやめておいたほうがいいのではないかと思います。

小出さんに一定のファンがいることはよく分かっています。私も彼が悪い人だとは思っていません。おそらく信念の人で、共産主義こそが世界をよくすると信じているのでしょう。そして、かれはご自身の信念にしたがって発言を続けているのでしょう。彼が理想とする社会を実現するためなら、ヨウ素135の検出データが間違っていたことだけを根拠に、それが間違いだと分かっていても「核爆発した」と明言していいとお考えなのでしょう。

そして、小出さんのファンの人は、彼が政府の不甲斐なさを批判してくれるのが、自分の気持を代弁しているようで応援したくなるのだと思います。その気持は同感できます。しかし、私は共産主義がそれほど素晴らしいものだとは思っていないので、そのためには嘘だと分かっていても政府を批判していいとは思えないのです。やはり批判は事実に基づいて行うべきではないでしょうか。
posted by 村上吉文 at 21:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年04月10日

「整理が上手」な人よりも「検索が上手」な人になろう。

タクシーの時代に人力車が生き残れなかったのを見れば分かるように、今から勉強してもあまり意味がない仕事はたくさんあります。大企業などで新入社員にファイリングの技術を学ばせているところがあると聞いて、軽く衝撃を受けました。

うーん、この時代に書類の整理の仕方を学ぶのって、電卓の時代にそろばんの練習をさせるようなものじゃないでしょうか。そろばんの練習をさせるコストと電卓を買うコストを考えれば、どちらが効率的だったのかは明らかです。同じように書類はどんどん電子化していくし、アナログの書類をファイリングする技術を学ばせるよりは、それを電子化する方にコストをかけたほうがよほど合理的ではないかと思います。

しかし、今日書きたかったのはそういうことではなくて、タグや検索を使って電子化するとファイルイングのような分類の手間がほとんど要らなくなるということです。紙の書類のファイリングでも電子化されたオフィスでも、「なぜこの書類がこんな名前のフォルダーに分類されているの?」と疑問に思ってしまうことがありますよね。たぶん、分類した人と、それを後から参照する人の間に概念のズレなどがあるのでしょうが、こうしたズレが原因で、探している書類が見つからないことはよくあります。

で、そういう時に便利なのが「タグ」という概念です。別に新しい話でもなんでもなくて、2006年の「ウェブ進化論」ぐらいには載っていたと思うんですが、フォルダー分けではなくて書類に「タグ」をつけて管理しましょう、というお話です。フォルダーはひとつの書類に一つしか関連させられませんが、タグはいくつでもぶら下げることができます。たとえば「未着手」「未完成」「済」といったフェイズごとのタグも付けられますし、「教師研修」「初級」「中級」といったレベルごと、「漢字」「読解」といった業務内容ごとのタグをすべて付けることもできます。

そういうタグづけが面倒くさい場合は、そもそも検索だけで資料を探すことも簡単にできます。デスクトップでもマイドキュメントでもどこでもいいので、資料を保存する場所を決めておいたら、どんな資料であれ、すべてその中に放り込んでしまうのです。パソコンなら名前の順に並べ替えたり、作成日順に並べ替えたり、ファイルの種類ごとに並べ替えたりすることも一発でできますよね。こうした話題は四年前の超「超」整理法 知的能力を飛躍的に拡大させるセオリーで注目を集めました。

昔ながらのフォルダー分けから移行するのが面倒くさい人は、Googleドキュメントの「マイ・コレクション」を使ってみるといいかもしれません。これはwindowsのフォルダーのように見えますが、一つのファイルを(コピーすることなく)同時に別のフォルダーに入れることができます。ですから、業務内容ごとのフォルダーを作っておいて、それとは別に「作業中」「未着手」などの作業段階で分類することもできるのです。

個人的には「書類の整理が上手」と聞くと、「ああ、アナログな人なのね」という印象を持ってしまうことが多くなってきました。相手に自分の能力を印象づけたい時には、どちらかと言うと「検索が上手」と言ったほうがずっとスマートに聞こえるのではないかと思います。上記の「超超整理術」にも、スマートな検索方法などが紹介されていますね。


【参照】
コレクションにアイテムを追加する - Google ドキュメント ヘルプ
http://support.google.com/docs/bin/answer.py?hl=ja&answer=68491&topic=1361446&ctx=topic




【最近のツイート】

Tue, Apr 10


  • 16:00  I'm at Tahrir Square (Cairo) [pic]: http://t.co/Q8J8LvF5

  • 15:43  【更新】 「整理が上手」な人よりも「検索が上手」な人になろう。: タクシーの時代に人力車が生き残れなかったのを見れば分かるように、今から勉強してもあまり意味がない仕事はたくさんあります。大企業などで新入社員にファイリングの技... http://t.co/lF0JNTEW

  • 12:53  「第24回日本語教育連絡会議発表論文集」 これはすごい。ツイッターを利用した作文指導なんていうのもある。 #ronbun #日本語教育 / “2011ronbun.pdf” http://t.co/XbMI26sa

  • 12:27  「[PDF] < 調査報告・実践報告> 日本の大学における留学生受入れ体制の問題点及び解決策の探索-京都大学におけるアドミッション支援オフィス導入の背景と効果」 #ronbun / “京都大学国際交流センター論攷第 2 号201…” http://t.co/En7G8DU9

  • 12:25  「日本における雇用政策および労働市場:アジア人財資金構想」 #ronbun / “vol28%20no.2_03_Suzuki%20Nobuko%2028-42.pdf” http://t.co/AKxAe5ad

  • 12:21  「一言で言えば山岳国家だといえるでしょう」 なるほど、中国から見ると日本は山岳国家なのか。両国を大陸国家と海洋国家とする比較はよく聞くけどこういう視点は新鮮。 Google ブックス http://t.co/albJQyER

  • 12:15  「<調査報告・実践報告>日研生教育における課題研究の位置付けと役割 --『2011 年度日本政府(文部科学省)奨学金留学生 日本語・日本文化研修留学生コースガイド』の分析を基に-- 」 #ronbun / “Ronko2_091.pdf” http://t.co/sAJPxvnI

  • 12:10  第53回外国人による日本語弁論大会 出場者募集中(4/17締切) http://t.co/6TiZNZxy

  • 11:39  答えは多様性と教育とのこと。後者はともかく、前者に関しては日本はかなりの課題がある。 / “「天才が生まれる社会」をどう作るか ≪ WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム” http://t.co/TeGdJbWW

  • 11:12  今からほぼ12時間後、エジプト時間16:00、日本時間23:00より中東日本語教師オンライン研修「ウェブサイト『アニメ・マンガの日本語』の使い方」を行います。お気軽にご参加ください。 ( #JFCR2011 live at http://t.co/k5OsBaj8)

  • 04:17  RT @stevekatz: 20 Technology Skills that Every Educator Should Have http://t.co/zn3CmOWW #edtech

  • 04:16  RT @web20classroom: Google+ For Educators: http://t.co/64eH8qgF


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Mon, Apr 09



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posted by 村上吉文 at 15:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年02月26日

経済交流のない国で日本語を教えることに意味はあるのか。

 ビデオなどをご覧になった方も多いかも知れませんが、昨日の海外日本語教育学会では、何度か「日本語を教える意味」ということが問われていました。僕が協力隊の隊員だった時にも、ずっと後になっても「ここでなぜ教えるのか」という問いに悩んだこともあります。そして、今でも多くの地域で共通する問いでもあるでしょう。

 二番目に発表なさった小林さんの言うとおり、その「意味」には学習者の個人的なレベルから、学校、自治体、そして国家まで、いろいろなレベルでの「意味」が定義できます。そして、国レベルの「意味」において、もっともよく聞かれることの一つが、その国と日本の間に経済交流がなく、就職先もないというようなことです。実を言うと、僕もモンゴルにいた時にはそういうことがずっと引っかかっていました。

 しかし、20年たってようやく分かったことの一つは、「その時に経済交流がないからと言って、日本語教育の意味がないとは言えない」ということです。昨日の発表でも20年後の追跡調査の事を話しましたが、教育というのはその成果が現れるまでに10年も20年もかかるものです。今、その国と日本の間に経済交流がないからといって、その後もずっとそのままであるとは限りません。

 たとえば、このグラフを見てください。

 これはモンゴルのGDPの伸びです。僕が派遣された1992年はまさにベルリンの壁崩壊直後の混乱の中で、経済が真っ逆さまに墜落していく最中だったことが分かります。この時にはその後モンゴルの経済がこんなに伸びるとは、実はまったく予想していませんでした。

 しかし、20年後の現在、「モンゴル投資ガイド―親日国家×成長性=今、イチバン熱い新興国」なんていう本が出版され、JETROのモンゴル展に30近くのモンゴル企業が出展するようになっています。

 もしかしたら経済の専門家の皆さんには20年前からこういう日が来ることが予想できていたのかもしれませんが、一介の日本語教師に過ぎない僕は本当にこんな時代が来るとは夢にも思っていませんでした。

 そして、こういう日が来てから日本語教育を始めようとしたら、それは手遅れなのです。昨日の発表で紹介した、モンゴルの初中等教育で最初に正規の専門として日本語を学び始めた世代が、今28歳から30歳。中にはモンゴルに進出している日本の一流企業に勤務している卒業生や、モンゴル外務省、在モンゴル日本大使館などに務めている卒業生もいます。

 日本語の使える彼らが今そこで活躍しているのは、こういう日が来ることを見越して、20年以上も前から協力隊の派遣取極を結んだり、あるいはマイナス30℃を下回る厳冬のウランバートルで、各学校をめぐって個々の派遣の条件などについて話し合ってくれた人たちがいたからなのです。

 当時は確かに「こんな経済交流のない国で、いったい何の意味があるのか」と思ったこともないわけではありません。しかし、今なら胸を張って言えます。今、日本とモンゴルの経済交流の第一線で活躍している世代に、現場で自分は関わっていたのだと。もちろん、それには前に述べた、さまざまな事務的な業務や、リスクをとる決断をしてくれた人たちがいたからこそなのですが。

 今、この2012年にも世界のどこかで同じような悩みをかかえている日本語教師がいるかも知れません。その人達に僕は言いたい。グローバリゼーションはもはや止めようがなく、今、その国と日本の間に経済交流がなかったとしても、ある日、突然にそういう日がやってきていることに気づくはずです。その日、その教師はすでに現場を離れていることになっているかもしれません。しかし、経済交流が盛んになってきた時に、それを支える人材がいるのは、まぎれもなくその時代の前からその準備をしていた人たちがいたからなのです。

 現場で苦労する意味について悩んでいるときは、いつか必ずやってくるその日のことを想像してみてください。その日、そこで活躍している人材は、いま教室であなたを待っている子供たちなのかもしれないのですから。
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2012年02月04日

森谷武男



単純な事実の確認です。記録のために。

北大地震火山研究観測センターの森谷武男氏が2011年12月から2012年1月の間にマグニチュード9の巨大地震がもう一度起きると予言していました。この期間は過ぎましたが、地震は起きていません。

ご自身のウェブサイトは賢明にも閉鎖しています(陰謀論がお好きな人たちは例によって「政府と東電が圧力をかけた結果だ!」と騒いでいます。)が、週刊現代の記事は今もウェブサイトに公開されています。

講談社の週刊新潮の記事
「1月までに「M9地震」が来る 北大研究員の根拠とは」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/26292

非常にセンセーショナルな書き方ですが、お読みになる方はこれが「後に外れることになるデマ」ということを念頭においてお読みください。

なお、森谷氏の上司にあたる地震火山研究観測センター長は去年11月の時点(つまり森谷氏の予想発生時期より前)に
科学的な根拠の薄い地震予測情報が公表され、特に東日本大震災の被災者のみなさまには、いたずらに不安を煽ってしまうような状況を生み出したことにつきまして、お詫び申し上げます。http://www.sci.hokudai.ac.jp/isv/news/post-52.html
と謝罪文を掲載していました。外れた今になってから書いている僕の記事とは違い、専門家にははじめからデマだということが分かっていたのですね。

これに対してもまた「政府の圧力」と騒ぐ人が少なからずいたようですが、正しかったのは森谷氏だったのでしょうか、それとも、このセンター長だったのでしょうか。すべては予言が外れたという事実が証明しています。

にも関わらず、この24時間で「森谷武男 的中率 100%」で検索すると、批判する記事はほとんどないばかりか、「12月から1月まで」だった予想発生時期が「1月から」に改竄されただけの記事が出まわっています。

森谷武男 的中率 100% - Google 検索
http://bit.ly/z3CMxu

このような状況を招いたのは、森谷氏をセンセーショナルに持ち上げたテレビ局や、前述した雑誌を発行している講談社などのマスメディアの責任ではないかと思います。(爆笑問題が司会しているこの無責任なテレビ局は一体どこなんでしょうか。 http://www.youtube.com/watch?v=uD6bHcNTD7Q

僕も個人的な知り合いを含めマスコミの大部分の人はまっとうな人たちであることは理解していますので、なおさら、このような一部のマスコミの報道を大変残念に思っています。森谷氏の「1月までにマグニチュード9の地震が起きる」というデマを報道をしていた各社には、せめて同じ規模で森谷氏を批判する報道をしていただきたいと思います。
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2012年01月24日

僕たちは世界を変えることができる




先週「20年前にモンゴルで日本語を学び始めた当時の小学2年生は今。」という記事を書いたんですが、その最後に「世界の飢えを無くすことはできないけどこのぐらいの意味はある」というようなことを書きました。こういうことを書いた背景には、実は飛行機の中で見た「僕達は世界を変えることはできない」という映画が頭に引っかかっていたからということがあります。

映画の内容自体は、なかなか面白かったと思っています。最初はお馬鹿な大学生が薄っぺらい動機から途上国の支援(カンボジアの小学校建設)に関わるようになり、いろいろな問題にぶつかりながらも成長していく話で、まあ、自分の恥ずかしい過去なんかも思い出したりしながら、どちらかと言うと「懐かしいな」という感じて見ていました。

いや、むしろ税金を使わずにダンスパーティを開いて資金を集めるアイデアとか、僕なんかよりずっと素晴らしいことをやっているとさえ思います。

ただ、違和感があるのは、そのタイトルなんですよ。

僕から見れば、彼らは充分に世界を良い方向に変えた。確かに世界中の飢えをなくしたわけではないし、世界中の核兵器を廃棄させたわけでもないけど、彼らが作った小学校で学ぶカンボジアの子供たちにとってはとても大きな意味があることだし、その子供たちだってこの世界を構成している一人ひとりなのです。

彼らは充分に世界を変えたし、その意味で僕たち一人ひとりは少しずつ世界を変えることができると思うのです。世界の大きさに比べればそれはあまりにもちっぽけな成果ですが、そうしたちっぽけな努力が集まって世界はまだ何とか存在しているのであり、それらがなければ世界はずっとずっと暮らしにくいところになっているのではないでしょうか。

とか思っていたところに、なんだかぴったりの歌が公開されたので、ご紹介します。(1/19公開)

「平凡 DEMO SESSION 20110817 馬場俊英×須藤晃」プレPV中編

「昨日転ばないで歩けたのはもしかしたら偶然じゃないのか」「今日も地球を回しているのは平凡な僕たちじゃないのか」という歌詞がいいんですよね。ちなみに歌詞はすべて画面に表示されるので、日本語教材としても使えます。ただ、そこも面白いことは面白いんですけど、歌が始まるまでの前置きが1分40秒ぐらいもあります。

この歌にある通り、世界を維持していくだけでも多くの努力が必要な大変なことで、もちろん、それだけでも価値のあることです。でも、今日ご紹介した映画に出てくる主人公のようにそこから一歩踏み出せば、世界を更に良いところに変えることもできるはず。それは小さな成果かもしれませんが、一生をかけるだけの価値はあると思います。


(それにしても、あのチャラい本田ってやつがシンケンレッドの松坂桃李だったとは、さっき予告編を見直すまでぜんぜん気が付きませんでした)
posted by 村上吉文 at 12:30 | Comment(6) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2012年01月19日

20年前にモンゴルで日本語を学び始めた当時の小学2年生は今。

ツイッターではちょっと触れましたが、今からちょうど20年前の1992年、モンゴルのウランバートル第23番外国語学校で日本語学習を始めた、当時小学校二年生だった三十数名のうち23名とfacebookで連絡がつきました。

近いうちにアンケートなどもしたいのですが、facebookのプロフィールに書いてあることだけで分かることをご紹介します。

まず、現職、職歴などから大学卒業後も日本とつながりがあると判断できる者、5名。
・外務省
・コマツ
・日本大使館 二名
・日系企業の現地代表

次に、自己紹介の「言語」の欄に何らかの言語が記入されている者5名、そのうち日本語が記されている者、4名。(80%)

最後に、「友達」に明らかに日本人が含まれているもの(村上を除いて)10名。その他、日本人の名前を使っているが日本人か不明な友だちがいる者、1名。

上記3つの条件のどれかに含まれる者、11名。

この「11名」というのは「日本人の名前を使っているが日本人か不明な友だちがいる1名」は含まれていません。もし彼の友人が本当に日本人だったら、合計12名になり、23人中の過半数が大学卒業後も日本と何らかの関わりがあったと考えていいものと思います。

また、もちろん、以下の二点も念頭においておく必要があります。
1.自己紹介の「言語]の欄に何も(母語である「モンゴル語」すら)記入していない18名の中には、日本語を忘れていない者がいる可能性がある。
2.日本ではfacebookはそれほど有力ではないので、「友達リスト」に日本人が含まれていない者も、facebookを利用していない日本人の友人がいる可能性がある。

少なくともこの二点については彼らにメッセージなりで聞いてみようかと思っていますが、少なくとも現時点でも以下のことは言えると思います。

20年前に青年海外協力隊の隊員が日本語を教えた小学生のうち、ほぼ半数は、今でも日本語が話せるか、日本と関係のある仕事についているか、日本人の友人を持っている。

これが多いのか少ないのかは判断の基準によると思いますが、客観的な事実としては上記のとおりです。

現在、途上国で日本語を教えているみなさん、ときどき「自分のやっていることは意味があるのだろうか」と悩むことがあるかと思います。少なくとも自分はそうでした。確かに日本語を教えることで全世界の飢えを無くすことはできませんが、少なくともこの程度の意味はあるのだということは時々思い出してもいいのではないでしょうか。
posted by 村上吉文 at 12:49 | Comment(5) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

2011年06月15日

国民からの信頼をマスコミが取り戻すためには

皆さんこんにちは。今日もドラゴンディクテーションという音声入力ソフトでブログを書いています。(後からキーボードで修正したところはこのように括弧で示します)

今日は、今回のマスコミ不信に関する構造がちょっと見えてきたような気がするので、それについて書いてみたいです。まず、とても大きな問題は、一見信頼できそうな肩書きの人が非常に重大なデマを流しているということです。

マスゴミ(マスコミ)がその人たちのデマを流さないのは、ただ単に、それがデマだからです。しかし、多くの人はその人が真実を言っているから認定(隠蔽)されているのだと思っているようです。

もちろん私も、マスコミが全て正しいことを書いているとは思っていません。私もマスコミに対して恨みの一つや二つもあります。しかし、私もマスコミに何人か知り合いはいますが、このような国難の時に、重要な情報を認定(隠蔽)するほど彼らは人間的に劣っているとは思っていません。

繰り返しますが、たとえば中部大学の武田邦彦教授のような人物の(を)メジャーなマスコミが出演させないのは、彼が真実を言っていてそれをマスコミが認定(隠蔽)したいからではありません。ただ単に、彼らがデマを流しているからです。マスコミはデマを流していないというだけのことです。それにもかかわらず多くの視聴者からマスコミは真実を隠蔽していると信じられているのは非常に残念なことです。

さて、マスコミを信じていない人たちは、東京電力なれば(などは)スポンサーとして力を持っているからだと信じているようです。

それで、私はマスコミの人たちに一つ提案をしたいと思います。それは東京電力などの電気会社からこれから少なくとも五年ほど広告料をもらわないということです。

もちろん、これはマスコミにとっても非常に大きな損失になってしまうことでしょう。広告料が大事であることは私の理解しています。しかし、今一般の視聴者は誰を信じていいかわからないという非常に不安定な状態になる(ある)ように見受けられます。この状態を解決するには、社会の情報インフラであるマスコミへの信頼をもう少し高めなくてはならないと思います。そのためには、どうしても東京電力から広告料もらわないと宣言することが必要なのではないかと思っています。私が(は)現在もマスコミが社会に剥がす(果たす)使命というのは非常に大きいものと思っています。そのためにも是非マスコミの皆さんはもう一度国民から信頼を取り戻せるようにこういった宣言をしていただきたいと思っています。
posted by 村上吉文 at 15:07 | Comment(3) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加