2025年04月06日

エンタメ多読『百人町日本語学校物語』発売のお知らせ

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

さて、今日は新刊のご案内です!

すでにSNSなどでは広報していますが、#エンタメ多読 の『百人町日本語学校物語』をKindle出版しました。こちらでご購入になれます。
https://amzn.to/43IG0cK

献本を希望される方はこちらのフォームからお申し込みください。先着100名までです。
https://forms.gle/f4xJtCX9AbnGBpYs9

なお、『百人町日本語学校物語』は特に日本語レベルを指定しないのですが、第1話の『タイムリーパーガール 江戸を撃て!』はCEFRのA2レベル板もあります。「百人町」という町名の由来になった百人の鉄砲隊創設の時代にベトナム人留学生がタイムスリップしてしまうお話です。
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https://docs.google.com/document/d/12GjfEmdRXUT9QfyUvkAp6PtHxA9wXDTXSehsD1GLPMg/edit?usp=sharing

需要があるようでしたら、今後第2話以降もA2版を制作しますので、お知らせください。


以下はフルストーリー版「あとがき」から再録します。

「百人町日本語学校物語」あとがき

「百人町日本語学校物語」、いかがでしたか?
この物語はほぼ100%AI が書いていますが、この後書きの部分は僕、つまり村上吉文が書いています。

まず、この物語を世に出そうと思ったのは、AI で遊んでいるうちに彼らが紡ぎ出す物語が非常に面白いということに気がついたからです。というよりも僕が読みたい物語をAI が作ってくれるのです。そしてこれは日本語学習者用の多読教材を作るのに非常に適しているのではないかと思ったのがきっかけです。

ですので、一作目は日本語教育とは全く関係ないSF だったのですが、2作目以降は日本語学習者を主人公にした多読用の教材として作り始めました。Twitter で #エンタメ多読 というハッシュタグで全て共有していますので、ご関心のある方はご覧ください。

2作目、つまり日本語学習者を主人公にした短編小説として作ったのが「鬼の棲む日本語学校」という話で、これも普通に面白く、Twitter や Facebook のフォロワーの皆さんから驚いたという声をいただきました。

「普通に面白い」というのは、もしかしたら若い人の間では語感に違いがあるかもしれませんが、要するにポンコツなロボットが書いたような代物ではなく、まるでプロのエンタメ小説の作家が書いたぐらい面白いという意味です。もちろんプロの作家が見たらまだまだだと思うところもあるかもしれませんが、僕のような一般人が読む限りにおいては、もはや本屋さんに置いてあるエンタメ小説と変わらないレベルであるように思いました。少なくとも僕のような一般人が書けるレベルの小説ではありませんでした。

この時点で僕が気がついたことは、実はこれまでの多読の教材は、エンターテイメント性をそれほど重視してこなかったのではないかということです。これはもしかしたらちゃんとした理由があるのかもしれませんが、AI 以前にはそうしたエンターテイメント性を重視した多読教材を書ける人がいなかったというのも1つの大きな理由なのではないかと思っています。

そして第2言語習得はクラッシェンの言う通り目標言語を大量に聞いたり、読んだりする必要があります(インプット仮説)。AI がこのように面白い文章を書ける時代になってみて初めて思うのは、そこにはこの先も読みたいと読者に思わせるエンターテイメント性が非常に重要だということです。こんなことは言われてみれば当たり前なのですが、AI によってエンターテイメント性の高い読み物が簡単に作れる時代にならないと、実際にそういう発想が出てこないというのが人間の限界としてあるのではないかと思います。

多読教材は日本語学習者のために日本語のレベルを簡単にしているものがおおいのですが、この本についてはそうした配慮は一切していません。AIに頼めばしてくれますので、ご入用でしたらお知らせください。ただ、そういう配慮をしていないということは、この本を読了すればネイティブ用の本を一冊読むことができたということになるわけで、そういう感動を学習者の皆さんに味わってほしいなと思っています。

僕自身も高校生の時に初めて読了した英語の原書”HEAVEN CAN WAIT”(邦題『天国から来たチャンピオン』)のことは今でもはっきりと覚えています。あとから思ったのですが、実はこの本ともラストシーンがすごく似ている部分があって、無意識のうちに影響されていたのかもしれません。この本が、現代を生きる日本語学習者のみなさんにとっての「初めての一冊」になってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。

さて、こういう多読教材を1つか2つ書いて終わりにしなかったのは、この頃、 AI で毎日ゲームを作るという「100日チャレンジ」という本を読んだばかりだったからです。僕も毎日1つずつの日本語学習者を主人公にした短編小説をAI に書いてもらってそれを前述の「#エンタメ多読」というハッシュタグをつけて公開することにしました。

そしてちょうど作品の数が30を超える頃に僕が読んでいたのが小西マサテルさんの「名探偵のままでいて」というミステリーの短編集でした。これは最初はいくつかの独立した短編集のように見えていて、実は1つの大きな流れがあるというタイプの本です。これを読んだ時に、このエンタメ多読のチャレンジでも同じような連作ができるのではないかと思って始めたのが、今回の百人町日本語学校物語です。

すでにご覧いただいた方にはご存知のように、最初に3つの独立したストーリーがあって、第4話でそれらが全て共通する黒幕の仕業であることが分かり、第5話でそれが解決するという流れになっています。

実は基本的に僕の創作と言えるのはこの2つだけです。つまり、日本語学校の集中する新宿の大久保駅と新大久保駅の間のあたりを舞台にした、日本語学習者が主人公の物語であるということと、5つのストーリーからなる短編集という構造です。

それ以外のキャラクター設定などは全てAI によるものです。

ただ、エンターテイメント性を最優先にするということは、実は読者が身近に感じてくれるということも考慮しなければいけません。ですので完全にAI に任せるわけにはいかず、こちらから色々資料を提供しなければいけないことがたくさんありました。例えば国籍やジェンダーを指定しないと AI の作る日本語学習者用の小説はほぼ全てがアメリカ人男性が主人公になってしまいます。しかし、大久保の辺りの日本語学校に在籍している日本語学習者の中にアメリカ人なんてほとんどいませんよね。ですので、日本国内の日本語学習者の国別の人数などをAI に与えて今回のキャラクターができました。実はもう1人、台湾人男性のキャラクターもいて途中までその設定で話が進んでいたのですが、ちょっと複雑になってきてエンターテイメント性が損なわれることになってしまったので、このキャラクターは削除しました。その結果、5人のうち2人が男性というジェンダーバランスが4人のうち1人だけ男性というちょっと偏ったことになってしまいましたが、今回はエンターテイメント性を一番に優先したかったので、それ以上の修正は行いませんでした。

国籍以外にも物語を身近に感じてもらうために、色々な資料が必要でした。例えば、第2話の最初に出てくる「ソルマリ」というネパール料理店は実在するだけではなく、Google マップのストリートビューで道路からどのように見えるかの画像をAI に見せています。第2話の主人公が店に入る前に店の外観について感想を述べていますが、ここも全てその画像を元にした AI による描写です。また、『まるごと中級2』の授業風景が第1話の冒頭に出てきますが、これも国際交流基金の公式サイトからマニュアルをダウンロードして、AI に読ませた結果生成されたものです。

また、この物語にはマクドナルド新大久保駅前店とか、やよい軒とか、ベトナム料理店の「みーちゃん」とかいろいろ現地のお店が出てきますが、これらは物語を作り始める前にAI に外国人留学生にも入りやすい現地のお店を検索してもらってリストにしたものの中から AI が選んでいるものです。

さて、単発の小説なら AI はもうプロンプトを一発送るだけで、それなりに面白いものができてしまいます。しかし、このように舞台や登場人物を共通にした5つの物語ということになると、実はこうした準備などが必要になります。

ここからは少し技術的な話になりますが、こうした時にとても便利なのがChatGPT の「プロジェクト」という機能です。今回のように1つの目的のために大量の対話をしなければいけない時には、このプロジェクト機能は本当に便利です。例えば1つのチャットで舞台設定やキャラクター設定などを作ってもらって、別のチャットではそれぞれの短編の設定を作ってもらい、また別のチャットでは表紙や扉の画像などを作ってもらったりしていました。プロジェクト機能を使わないと、この物語の世界やキャラクターについて1つ1つ説明しなければいけなくなるので、かなり作業は煩雑になってしまうのではないかと思います。しかし繰り返しますが、単発の短編1つを作るだけなら、今はプロンプトを1つ送るだけで簡単にできます。

このようにChatGPT のプロジェクト機能は非常に便利なのですが、ChatGPT にはこうした大量の文章を生成するには致命的な弱点があります。それは文章を生成する速度が非常に遅いという点です。

それで、ネタ出しをしてもらう時とか、それをさらに詰めて物語の流れを箇条書きにしたプロットを作るところまではとてもいいのですが、実際にそのプロットに基づいて小説の本文を書いてもらうところはChatGPT ではなくて、Google Geminiの2.0 Pro experimental というバージョンを使いました。というのも、プロットまでをきちんと詰めて作っても、実際の本文を生成してもらう時に修正してもらわなければいけないところが実はかなり出てくるのです。どの章も少なくとも10回ぐらいは生成してもらっていると思いますし、多いものは20回以上生成してもらっていると思います。これは10か所を直したとかいう話ではなくて、テキストの最初から最後まで何箇所も修正の依頼を出した回数が少なくとも10回以上はあるということです。全体的な推敲を10回以上行っているという意味にもなります。本文を生成してもらうのはそれぞれの短編の中の、さらに独立した章ごとにやってもらっていましたが、それでも平均すると1回あたり1000文字以上にはなるので、これをスピードの遅いChatGPT にやってもらうとなると実質的には専業作家でもない限り無理なのではないかと思います。いや、専業作家の人こそ、多分大量の締め切りに追われているのでしょうから、難しいかもしれません。ですので、最後の本文を出力するところはGoogle Geminiにやってもらっていました。どうして最初からGeminiを使わないのかと言うと、前にも述べた通り、ChatGPT のプロジェクト機能がとても便利で、Geminiの方にはこれに該当する機能がないからです。どちらも一長一短なんですよね。ですので、Geminiの方で本文を書いてもらう時にはその都度プロットだけではなく、設定の一覧の PDF を読み込ませた上でプロットを文章化してもらっていました。

こうした一連の作業を通じて感じたことは、この AI の時代は編集者さんにとってはとても素晴らしい時代なのではないかということです。僕自身は編集という仕事をしたことはありませんが、日本語教育関係の月刊誌で連載をしていたり、教科書や語学教育関係の本も商業出版した経験があり、プロの編集者さんと一緒にお仕事をさせていただいたこともあります。ですので、表面的には編集者さんの仕事のいくつかは直接知ってはいます。そういえば、『小説王』という話も2人のメインキャラクターのうちの1人が編集者でとても面白かったですし、角田光代さんのボクシングをテーマにした『空の拳』、『拳の先』もスポーツ雑誌の編集者が主人公になっていて、彼らの仕事ぶりも詳しく記述されていました。そうして見えてくる編集者さんの仕事の中には、本文の執筆に必要な資料を提供したり、読んで感想を作家に送ったりといった作業が大量に出てきます。そして、今回僕がAI を通じてこの短編集を作った時にやっていた作業というのがまさにそういうことなのです。

そして、逆にAIならやらなくてもいいことが作家の機嫌を取るということです。前述の編集者を主人公にした物語には作家さんのご機嫌を取ったり、めんどくさい依頼に答えなくてはならなかったりする場面が何度も何度も出てきます。しかし物語を書く作家が人間ではなく、AIだったとしたら、このような面倒くさいことは一切起こりません。それどころか1日24時間、こちらからのダメ出しに答えてくれますし、次の原稿が出てくるまでに数秒しかかかりません。

作家さんの中にも世界観や登場人物などを考えるのは好きなんだけど、それを最後の文章に落とし込むのは好きではないという方もいらっしゃいますよね。そういう方にとっても少なくとも僕の経験からはこうした AI による執筆は非常に魅力的なものになるのではないかと思います。

しかし、こうした AI 生成による小説による恩恵を最も受けるのは、実はこれまで「読者」としてしかこうした作品に関わって来れなかった人たちなのではないかと思います。今回の百人町日本語学校物語も少なくとも僕にとってはものすごく面白いんですよね。まあ、AI が提供してくれるたくさんの選択肢のうち、僕自身が最も面白そうだと思うものを選んできた結果がこれなのですから当然なわけです。しかも、僕自身が関わっている業界を舞台にしています。これで僕自身にとって面白くないわけがないのです。ただ、この僕が面白いと思うものが、どれぐらいの普遍性を持っているかということについては実はよくわかりません。もしかしたら他の人が読んだら全然面白くないのかもしれません。ただ、これまでと大きく違うことは、AI によってこれまで存在しなかった皆さん1人1人が読みたいと思っていた物語を読むことができるようになるということです。大切なのは皆さん自身がそれを面白いと思うかどうかであって、有名な作家さんが面白いと思うかどうかではないはずです。是非この機会に思い返してみてください。ラスト直前までものすごくいい話だったのに、こんな結末はないだろう?とか思ったことはありませんか?そうした残念なことがAI に生成してもらえばなくなるのです。これは本当に大きな世界の変化だと思います。小説家や編集者にとってはそれほど大きな変化ではないかもしれませんが、これまで本を読むのが好きで、一方的に他の人が創造したものを消費するだけだった人が、自分自身のための作品を自分自身のためだけに作ることができるようになったのです。僕の周りにもそういう人はもうすでに何人も出現しています。そういう人たちに「見せてくれ」と言うと絶対に見せてくれません。でもそれでいいんだと思います。語学の教科書も今ではAI で、その人専用の世界に1つしかないものが生成されるようになっています。物語の世界にも同じような変化が起きているのでしょう。

さて、こうした後書きには普通は色々な人に感謝が述べられているものですよね。編集者さんやイラストレーターさんやブックカバーのデザイナーさんなど。僕自身も教材を作った時にはそうした皆さんや音声教材の部分の声優さんなど、本当に多くの人にお世話になりました。今年になって作った「No More Silence」という外国人労働者のための日本語の教材でも、声優さんやブックカバーのデザイナーさんにはお世話になりました。でも、この本は音声は必要ないし、ブックカバーも全てChatGPT が作ってくれたんですよね。

ただTwitter やFacebookやノートで「いいね」を押してくれたり、コメントをしてくれた人にはモチベーションの意味で本当にありがたかったです。多分全く反応がなかったらこの多読教材は生まれることはなかったでしょう。特にポーランドの大学で使って、僕にわざわざ学習者の皆さんの感想などを送ってくださったNさんには非常に感謝しています。それから、今この本を手に取ってくれているあなたにももちろん感謝したいと思います。もしかしたら僕に無理やり押し付けられて、半分迷惑に思いながら読んでいるかもしれませんが、それも含めてここまで目を通してくれたことに感謝したいと思います。

と、ここまで書いてきて本当に感謝すべき相手を思いついたんですが、それはやっぱりこうしたことを可能にしてくれた技術者の皆さんですね。僕自身にはこのような文章を書く能力はないし、仮に能力があったりしてもそれを書くような時間は絶対になかったでしょう。この短編集を作っている間、僕はとても幸福で楽しい時間を過ごすことができました。もしかしたら誰にも読まれないかもしれませんが、それでも僕はこの物語を作ることができて幸せだったと思います。そしてそれを可能にしてくれたのはOpenAI や Google で人工知能に関わっている人、そして1956年のダートマス会議から連綿と続けられてきた人工知能の研究に関わってきた皆さん、そうした皆さんにこそ感謝を述べなければいけないのだと思います。心から思います。本当にありがとうございました。

さて、後書きも AI に書いてもらったら、こんなにダラダラと長くなることはなかったと思うんですが、やっぱり人間が書くと駄目ですね(^^)

この辺で終わりにしたいと思います。もし面白かったら是非、 SNS でコメントをお願いしたいと思います。反応がなくても書くかもしれませんが、少なくとも反応があったらどんどん書きたい気持ちになるでしょう。

それから、この本はクリエイティブコモンズの CC_BYとして共有しています。これは僕の名前を入れてくれたら、皆さんが無断で編集したり、コピーしたり有料で販売したりしてもいいという意味です。学校の名前を皆さんの所属する学校に変更して、読解の授業に使っても構いません。なんなら悪役の名前をその学校の先生の名前にしてしまったりしても面白いかもしれませんね。

「あとがき」は以上です。

そして冒険は続く。

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【参考資料】

アマゾン『百人町日本語学校物語』
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posted by 村上吉文 at 17:46 | TrackBack(0) | 人工知能と日本語教師 | このエントリーをはてなブックマークに追加

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