2023年09月22日
行動中心アプローチを簡単に理解する方法
冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?
今日お話ししたいことは、行動中心アプローチの簡単な理解方法です。
このトピックを取り上げた理由は、完成された行動中心アプローチの教科書だけを見ると、「文型シラバスと具体的に何が違うのか?」という疑問を持つ方が多いからです。
「『いろどり』は『みんなの日本語』よりもカラフルで魅力的」という意見もありますが、しかし、その点だけが違いではありません。このカラフルなデザインは、違いの中でも最も表面的な部分に過ぎません。本質的な違いは、その教科書が「行動」を中心に構築されていることです。しかし、この本質的な違いは、教科書の1ページずつを見ているだけでは、必ずしも明確には感じられないかもしれません。この本質を深く理解するためには、実際に行動中心アプローチでのコース開発やコースデザインを自身で体験してみることが、非常に有効だと僕は考えています。
具体的に「いろどり」がどのように開発されてきたのかを見ると、最初に国際交流基金が「JF生活日本語Can Do」というリストを発表したところから見る必要があります。これは既に数年前のことで、最新バージョンは2019年の8月に更新され、現時点ではCan Do 381項目を含むものとなっています。この「Can Do」とは、例えば「自分の名前を書くことができる」や「キーボードで自分の名前を入力できる」といった能力を記述したものです。
文化庁もこれに似たリストを「日本語教育の参照枠に基づく生活Can Do案一覧」として提供しています。それを確認すると、Excelの表のような形式で、合計789個の Can Do が記載されています。このリストは、先に紹介した国際交流基金のCan Doを取り入れているものの、追加項目もあるため、全体の項目数が増えているようです。具体的な追加内容や理由については、詳細は未確認ですが、文化庁も合計789のCan Doを公表しているという点は注目すべきでしょう。
さて、ここまでの説明は客観的な事実に基づいていますが、ここからは僕の個人的な意見や感想について触れたいと思います。
先日、Twitter上でチャソさんという方が「Can Doの達成に必要な言語材料、例えば語彙や文法項目などをリストアップするのは簡単ではないのでは?」という主旨の投稿をされていました。これは、多くの人々が参考にしている"みんなのCan Do"サイトや国際交流基金の関連資料を見ての感想であると思われます。そして、このチャソさんの意見には全く同感です。少なくとも去年の11月までは、この意見とまったく同じ考えを持っていました。
行動中心アプローチを取り入れたコースデザインを行う際には、最初のステップとしてCan Doのリスト作成が必須となります。先ほども触れたように、このCan Doは「何ができるか」という能力を示すものです。
そして、厳密なCan Doの定義としては、各Can Do項目ごとにそのレベルが明確に示されていなければなりません。「どのような条件の下で、特定のタスクが達成できるか」、あるいは「どんな内容について何ができるか」というようなレベルの調整は非常に手間がかかるものです。しかし、最初から特定のレベルが設定されていれば、その調整の手間は省けます。例えば、初級後半の学習者を担当すると決めている場合、Can Doで「相手がゆっくり話してくれれば」とか「自分に身近な内容なら」などの条件をつけて細かいレベルを表現するのはそれほど必要ではないでしょう。具体的なアクション、例えば「八百屋で値段などを確認して買い物ができる」などのシンプルなCan Doで十分です。そう考えると、厳格なCan Doのリストよりも、学習者が日本語を使用して行う予定の行動のリストを作成するだけで良いと思います。
しかしそれでも、チャソさんも予想している通り。特定の学習者がどのような行動を行うかを具体的に想定するのは一人で考えるのは難しいものです。実際、僕自身もこれまで行動中心アプローチに基づく教師研修を毎年実施してきましたが、予定された学習者の行動リストの作成は非常に大変で、このプロセスで挫折してしまう方が少なくありませんでした。
しかし、それが上述の通り去年の11月30日に大きく変わったのです。なぜかというと、ChatGPTという大規模言語モデルの人工知能にかなり助けてもらうことができるようになったからなのです。
例えば僕のように、「海外に住んでいる日本人の日本語教師の行動のリストを20例挙げてください」などとChatGPTに聞いてみると、それなりに納得のできるリストが出てきます。もしそれが自分の想定していたものと違っていたら、例えば「仕事に限定したリストを作ってください」とか、あるいは「仕事以外の行動のリストも作ってください」とか、さらに要求してもっといい行動のリストを作ることもできます。
実際に、僕がさきほど海外に住んでいる日本人の日本語教師の行う行動のリストをChatGPTに作ってもらったものがありますので、以下にそれをご紹介してみたいと思います。
1. **教材選定(きょうざいせんてい)**: 海外の学生のニーズに合わせて教材を選ぶ。
2. **文化交流イベントの開催(ぶんかこうりゅうイベントのかいさい)**: 学生に日本文化を紹介するためのイベントを企画・実施する。
3. **オンライン授業の実施(じっこう)**: リモートで学生に日本語を教える。
4. **ローカル文化の学習(がくしゅう)**: 生徒の文化背景を理解するために、現地の言語や文化を学ぶ。
5. **学生の進行状況の追跡(ついせき)**: 生徒の学習状況を定期的に確認・評価する。
6. **CEFRベースの授業計画**: ヨーロッパ共通参照枠を基に授業内容を計画する。
7. **学生のカウンセリング**: 学生の学習の悩みや疑問を解決するための相談を受け付ける。
8. **日本のニュースや情報の共有(きょうゆう)**: 最新の日本の出来事や情報を学生に伝える。
9. **模擬試験(もぎしけん)の実施**: JLPTや他の日本語能力試験の準備として模擬試験を行う。
10. **学外活動(がいがつかつどう)の企画**: 学生と一緒に日本食レストランや映画館などを訪れる。
11. **日本語教師コミュニティへの参加**: 「#zoomでハナキン」などのオンラインコミュニティに参加して情報交換を行う。
12. **研修やセミナーへの参加**: 日本語教育の最新のトレンドや方法を学ぶための研修に参加する。
13. **自身の教育方法の研究・発表**: 海外での日本語教育の経験を基に、研究や発表を行う。
14. **生徒のフィードバック収集**: 授業の改善のために、学生からのフィードバックを定期的に収集する。
15. **授業後の補習(ほしゅう)**: 生徒の理解を深めるための追加の授業やサポートを提供する。
16. **日本の伝統行事の紹介**: たとえば、たなばたやひな祭りなどの行事をクラスで紹介する。
17. **日本の教育システムの紹介**: 生徒が日本の学校生活や試験制度を理解できるように情報を提供する。
18. **SNSを使った情報発信**: TwitterやFacebookを使って、日本語教育に関する情報や学生の活動をシェアする。
19. **現地の教育機関との連携(れんけい)**: 現地の学校や団体と協力して、日本語教育の普及を図る。
20. **留学生のサポート**: 日本への留学を考えている学生の相談を受け付け、サポートを提供する。
このように ChatGPT にリクエストするだけで、それなりに現実的な行動リストがまとめられるわけです。このリストだけを見ても、多くの場合、直接活用することができるでしょう。しかし、もちろんケースによっては、追加の要望や修正が必要になることも考えられます。
次に、これらのCan Doを達成するために、どのような語彙や文法を教えるべきかを考える必要があります。大規模言語モデルが普及する以前は、このプロセスも非常に労力を要していました。しかし、現在ではそれほど困難ではありません。たとえば、会話を中心としたCan Doの場合、自分でゼロから考えなくても、ChatGPTで多数の会話モデルを用意すれば、その中に含まれる語彙や文法を教えるだけで良くなります。
まだゼロ初級のレベルでの適用は難しいかもしれませんが、初級の中盤からは、この方法で非常に実用的な教材が作成できると思います。ChatGPTに特定のレベルの会話モデルの作成を依頼するだけで十分です。先ほども触れたように、1つのCan Doにつき、3〜4の会話モデルを用意すれば、各Can Doに関連する語彙や文法を網羅することができます。この方法で、多様な会話モデルのコンテンツが整備されることになります。
つまり、一つ一つのCan Doに関して、その会話モデルで使用される難易度の高い語彙や複雑な文法をリスト化するわけです。一つの教科書には多くのCan Doが存在するため、重複する要素が多く出てくることもあるでしょう。ただ、この重複は行動中心アプローチだけでなく、モジュール型の教材にも見られる特性で、心配することはありません。なぜなら、第二言語習得の理論でも明らかなように、語彙や文法は1回で完全に習得されることは稀だからです。従って、螺旋状に何度も同じ文型や語彙に触れることで、学習者はそれらを徐々に習得していきます。もちろん、過度に同じ要素が出現する場合、その部分は削除することも可能です。また、不足していると感じた部分には、特定の語彙や文型を加えて会話モデルを作成するようにChatGPTに指示することもできます。
このように、大規模言語モデルを利用することにより、行動中心アプローチに基づくコースデザインの理解が非常に簡単にできるようになっています。アカウントをお持ちであれば、自分自身で試すことができますし、この方法を体験できるコースなども提供されています。それを利用して、実際に体験してみるのも良い選択かと思います。
そして冒険は続く。
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【参考資料】
この記事の音声版
行動中心アプローチを簡単に理解する方法 - LISTEN https://listen.style/p/muracas/ezsc1r0i
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