2007年12月02日

「母はパソコンを始めた」始末記

先日「既に教材として使う気になっている」と書いた例の動画ですが、失敗しました。反省しました。

まず、使った教材をご紹介すると、以下の通りです。

授業の最初に、動画の音声を文字起こししたものと、以下の短い意見文を配布しました。
私はこの動画を見て、とても感動して、泣いてしまいました。
泣いてしまった理由は、まず、おばあちゃんの気持ちに共感(きょうかん)できるからです。もうすぐ孫(まご)が生まれるというのに、その前に自分が死んでしまう悲しさ。本当に残念だったに違いありません。
次に、まだ見ぬ孫に対する深い愛情(あいじょう)が感じられることです。だからこそ、ただ悲しいだけではなくて、何か人間的(にんげんてき)なぬくもりがこのCMから感じられるのでしょう。
また、自分の娘に対する愛情もあると思います。自分がまだ生きているうちに、こんな内容(ないよう)のことを言ったら、たぶん娘は悲しくて取り乱してしまったでしょう。パソコンの中に隠(かく)しておいたのは、それを避(さ)けるために自分が死んでから見つかるようにしたのだと思います。
もちろん、娘の書いたメールは天国までは届かないだろうと思います。でも、その気持ちは美しいと思いますし、もし、おばあちゃんが生きていたら、喜んでくれたはずだと思います。
私も、このCMの主人公やおばあちゃんのような優しさをいつも持っていたいと思います。

この動画の前半(ぜんはん)はとても美しいです。そして、それに感動する人を批判(ひはん)する気もありません。感じ方というのは、人それぞれですから。でも私は、この動画を見て、ちょっとわざとらしい宣伝(せんでん)だなあ、と思ってしまいました。
まず第一に、デジタル写真を編集(へんしゅう)しているところです。確かに、おばあちゃんが孫を膝(ひざ)に抱(だ)いているように見えます。でも、これはただの写真じゃないですか。しかもパソコンの中にあるだけの写真です。おばあちゃんが実際に孫を抱けたわけではありません。
次に、この行為に対して、主人公が「母さんの願い、かなえてあげるね」と言っていることです。私はこの言葉にとても違和感(いわかん)を覚えます。おばあちゃんの願いは、孫とのコミュニケーションだったはずです。それはデジタル写真の編集ではなくて、おばあちゃんがどんな人だったのか孫に聞かせたり、CMに出てくるビデオを見せたりすることなのではないでしょうか。
そして最後に送信(そうしん)ボタンを押しているところです。もし、おばあちゃんのメールアカウントがまだ残っているとしても、おばあちゃんは天国からそこにアクセスすることはできないでしょう。そして、もしおばあちゃんのアカウントが残っていなかったら、「reason: 550 Unknown user」として返ってきてしまいます。悲しいだけではありませんか。
本当に天国まで届くメールが送れるなら、私も欲しいです。送りたい人がいますから。


で、いつもの通り、まず2グループに分けて片方には賛成派の文章、もう片方には批判派の文章を配ります。そして、グループ内で語彙や漢字の確認をした後に、賛成派と批判派の一人ずつで二人組を作ります。二人組はお互いの読んだ内容を相手に口頭で説明し、どちらに賛成するかの統一意見を出し、発表します。

結果は、欧米系の人は「宣伝で感情をもてあそぶのはよくない」という視点も含めて、批判的でしたが、アジアの人はかなり感情移入してしまったようで、ほとんどが支持する立場のようでした。特に、自分も故郷に幼い娘を残してきた人は、娘宛にこのCMのおばあちゃんのような書き置きをしてきたということで、かなり動揺してしまったようです。

このクラスは日本に来てからまだ三ヶ月もたっていないので、あまりそういう危惧はしていなかったのですが、家族のつながりが濃厚な文化の人にとっては、それでも刺激的すぎたのではないかと反省しました。

憤怒であれ感動であれ、学習言語を通して強い感情を持つことは、その学習に関してはプラスの方向に働くと私は思っています。実際に、娘さんを残してきた人にとっても、このCMは強い印象を残したことでしょうし、このCMを支持する側だったのは事実です。

でも、あんなに動揺させてしまうのは、倫理的にどうなんだろうか。

このCMが「商売のために感情をもてあそんでいる」と批判されているのと同じように、私自身も授業で他人の感情をもてあそんでしまったような感じがして、ちょっと後味が悪かったです。反省。


・・・という話を妻にしたら「だから言ったでしょ」と言われました。同業者でもある妻は技術的なことは興味がないようですが、人間的な反応については、実に鋭いです。

posted by 村上吉文 at 06:53 | Comment(3) | TrackBack(0) | 日本語hacks! | このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
私は会話の試験で大失敗してしまったことがあります。初級の会話の試験で「家族は何人ですか。」という質問を私が学生にしたら、ある学生が泣き出してしまいました。その学生はその試験の半年前にお母さんを亡くしていました。しかもそのことを私は知っていました。が、半年経過していたので彼女が動揺してしまうなど思いも及びませんでした。私が無神経すぎたのです。半年経過していたので、試験の際、私はそのことを忘れていたのです。そして、無神経な質問をし、彼女を泣かせてしまいました…。彼女の涙を見てすぐに「しまった!」と思いました…。猛烈に反省しました。そんなつもりで聞いたわけではなかったのにとかなり後悔しました。

私が働いている国は医療事情も悪く、国民の平均寿命も短いところです…。人の生き死にに関わる話はデリケートな問題ですし、なかなか難しいところです。私が日本語を教えている国の人々は感受性が非常に強いですし、学習者を動揺させてしまうほど刺激の強い教材は私が働いている国では使えないかなと思っています…。
Posted by shibarie at 2007年12月04日 01:16
テスト
Posted by a at 2007年12月04日 01:21
shibarieさん、コメントありがとうございます。
それと、なんかコメント欄のURL入力が変になっているみたいですみません。

私が昔働いていた中学校でも、骨髄炎で亡くなってしまった生徒がいました。日本だったら注射一本で治る病気だったらしいのですが・・・。
Posted by 管理人 at 2007年12月04日 06:16
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