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2007年11月07日

日本語教育におけるCGMの応用

最近の日本語教育の流れとして、「教師の役割は知識を与えるのではなく、学ぶ場を作ることだ」というような主張が多く見られます。その究極的な形の一つが、桜美林大学などで進められている自律学習という考え方でしょう

まあ自律学習というのはグループ作業もあり個人作業もあるのですが、普通の一斉授業では、ペアワークやグループ練習、ばらばら練習などを通して、「いかに学習者同士のコミュニケーションを活発化させるか」ということが中心的な課題になっていると思います。たとえば会話の授業にしても、10人いるクラスで一人ずつ発話していては、60分のクラスでも最大6分しか持ち時間がありません。これでは練習の効率が低すぎますよね。それを極端な話、全部ペアワークにすれば、一人あたり平均30分も話していることになりますから、単純計算で五倍も効率がいいことになります。

で、前述のとおり「いかに学習者同士のコミュニケーションを活発化させるか」が教師のウデの見せ所になるわけで、要するにこれは「自分でコミュニケーションする」のではなく、「コミュニケーションの環境を整える」ということになります。

たとえば細川英雄先生の「言語学習環境論」とか「総合活動型日本語教育」なんかも、そういう方向性の話だと理解しています。

6.“言語学習の環境をつくる”ということ
 ことばの活動を生きたものとして考えようとするためには、その構造や体系を固定的なものとして原理追求的に分析するのではなく、むしろ人間一人一人がどのようにそれを身につけることができるのか、それにはどのような環境づくりが必要で、さらにそこで担当者はどのような支援ができるのか、といった視点が不可欠になります。
http://www.jpf.go.jp/j/japan_j/publish/tsushin/labo29.html

ここで言われている学習環境づくりは、もちろん一人でできることも含まれるとは思いますが、それが口頭や文字でのコミュニケーションの場合は、教師とのコミュニケーションだけでなく、学習者同士や、教室外部とのコミュニケーションの環境を整えることが大事になってきます。

細川先生も言語都市環境設計者としての日本語教師というような発言もなさっていますから、そのようなお考えなのだろうと思います。

で、この考え方って、Web2.0(最近ほとんど聞かれませんけど)の疑念の一つであるCGMに非常に近いと思うんですよね。

CGMとは何かというと、要するに「むらログ」であり、「mixi」であり、「はてなブックマーク」であり、価格ドットコムであり、amazonの「カスタマーブックレビュー」であり、youtubeであり、flickrであるわけですが、きちんと定義されたものを見ると、以下のような感じです。
「参加する人によって生成さるメディア」と「参加型のシステム」という事を何回も言いましたが、これを明確に表した用語がCGMです。(中略)
Consumer generated mediaつまり、消費者によって創造されるメディアのことです。Web2.0はもうこれがベースだと私は勝手に思っています。
http://takalog.com/2006/09/15/cgm/
(文中,CMGにミスタイプされていた部分を訂正しました)

Consumer Generated Media(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア、略称:CGM)とは、インターネット用語の一つ。「消費者生成メディア」などと訳される。
かつての消費者は文字通り企業から提供される商品やサービスを金銭で消費するだけの存在であったが、市場が成熟していくにつれ、消費者でも確かで肥えた目を持つ消費者が生産者並の知識を持ち始めたことに由来する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Consumer_Generated_Media

今、Web2.0のキーワードが注目を浴びています。その中に内包される概念としてCGM(Consumer Generated Mediaの略)が存在します。簡単に訳すと「消費者が生成したメディア」とでも言うべきものなのですが、一般的には消費者が作成、または見つけ出した情報を投稿(Web上にアップ)し、発信されていくコンテンツの総称がCGMと呼ばれていることが多いと思います。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0607/18/news024.html


口頭でのコミュニケーションの場合は、教室内でいくつもの練習パターンがあることは冒頭で申し上げました。文字でのコミュニケーションの場合は、書き込み回覧作文などの例もあります。

ただ単に教師に提出して添削されて返されるだけの作文に比べて、「同級生に読まれる」という意識があるだけで、ずいぶん書く態度が変わる人もいます。公的なものを書くという態度になる人もいますし、ウケを狙うようになる人もいますが、それぞれ、意味のある変化だと私は考えています。

ただ、書き込み回覧作文はこのリンク先にも書いてあるように時間を計ったりしなければならず、ちょっと不便ですし、学習者が時間に追われますので環境としてもあまり優れているとは言えません。

その問題を解決できるのが、言うまでもなく、ブログです。ブログなら何人もの人が一斉に一つの文章を読むこともできますから、読む時間を決めて回覧する必要がないわけです。

ブログの効用は前述の細川先生も取り上げていて、ご自身のブログにこんな風に書いています。
コロンビア大学の日本語の授業としてブログの活動を組み込んだという試みの話だったのだが、聞いていておもしろいと思ったのは、ブログをつくり、運営するという活動が、教室の活動ととてもよく似ていることだった。
http://hosokawa.at.webry.info/200606/article_1.html
(なお、ここで細川先生が紹介しているのは、私もいろいろ教えてもらったりしてお世話になっている佐藤慎司さんです)

現在も、私は学習者の文章を添削してはいますが、それよりも、学習者同士のブログを開設して、お互いにリンクさせたりして、そういう「コミュニケーションの環境を整える」ことの方が、仕事としては中心的な位置にあるような気がしています。

もう少し上手になったら、コースが始まる前に全部仕事は終わっていて「後は皆さん勝手にやってよ」と言えるようになるかもしれません(半分ウソ)。

で、そのときのノウハウとして勉強しがいがありそうなのが、CGMの運営者たちの経験なのです。

mixiが成功したのも、mixi自身が創造したコンテンツによるものではありません。mixiは、参加者同士がいかに快適にコミュニケーションできるかを追求したのであって、その結果のコンテンツは、参加者自身が書き込んでいるのですから。

2ちゃんねるも、youtubeも、みんなそうですよね。

成功するCGMは、何が他と違うのか。日本語教師としてもかなり面白そうだと思いませんか?
posted by 村上吉文 at 09:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本語hacks! | このエントリーをはてなブックマークに追加
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