2020年10月11日

劣化版デジタルの教育効果を評価するな

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

さて、Newsweek 誌にまた典型的な「1000ドルの鉛筆」論が載っていましたので、今日はそれについて簡単に書いておきたいと思います。

「若者も子どもも、タイピングより手書きのほうが、脳活動が活発に」
ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/10/post-94626.php

1000ドルの鉛筆というのは、このブログでも何度も書いている通り、1000ドルのパソコンを数セントの鉛筆と同じ活動にしか使わないことで、主に教育の現場で聞かれる言葉です。

実験は記事のタイトルを見れば分かる通り、タイピングするよりも手書きをしたほうが脳活動が活発になるというデータが得られたという話です。しかし考えてみれば当たり前ですよね。キーボードの「A」を 叩くには指を一回動かすだけで済みます。鉛筆で「あ」なり「A」なり書くのはもっと複雑な動きです。どちらが脳を使うかはわざわざ調べなくても自明です。

しかしこの記事では「手書きによって、子どもの学習がすすみ、よりよく記憶できることが明らかとなった」という間違った結論を伝えています。(元の論文は読んでないので分かりませんが、研究者であればおそらくこのような愚かなことは書かないのではないかと思います)

これがなぜ間違っているかと言うと、 まさに1000ドルの鉛筆だからです。以下に実験の様子を紹介します。

「スクリーンに表示されたワードを筆記体で手書きしているとき、キーボードでタイピングしているとき、フリーハンドで描いているときのそれぞれのケースで、脳の電気的活動を追跡・記録した。」


つまりスクリーンに表示された言葉をコピーするだけなんですね。これはキーボードでもできますし、鉛筆でもできます。しかしこのように「デジタルでもアナログでもできることを比較する」という発想自体が間違っているのです。 なぜならデジタルにはアナログではできない教室活動がいくらでも可能だからです。

しかし、「研究のためには同じ条件で比較しなければならない」という人もいるかもしれません。その場合、百歩譲ってどうしても比較したいのなら、このようにアナログでやっていた書き取り練習をデジタルでも真似してみるような実験ではなく、逆にデジタルでできることをアナログで模倣してみることで比較すると分かりやすいのではないかと思います。

例えば、デジタルなら地球の反対側にいる同年代の子供とチャットしたりすることができますよね。アナログでも文通という形でそれと似たようなことはできます。それでは以下のような二つの第二言語学習の活動を比較してみたらどうでしょうか。

活動A
地球の反対側にいる同年代の子供と LINE や WhatsApp などのアプリで1週間チャットを続ける。

活動B
地球の反対側にいる同年代の子供とハガキで1週間、文通を続ける。

これで比べてみたら、 Aの方がBよりもその言語を習得できることは間違いがないでしょう。 当たり前ですよね。デジタルだったら1時間に何往復もやり取りすることができますが、文通だったら一週間に一度往復ができればいい方です。

当たり前すぎてこんなことをわざわざ研究する人はいないかもしれません。 しかし今回の Newsweek 誌に載っている研究もあまりに当たり前すぎて、なぜこんなことを研究する人がいるのか僕にはよく分かりません。

このチャットと文通の比較は、もちろんアナログが好きな人にとってはフェアな比較ではありません。なぜなら2020年において、アナログで文通するというのは、デジタルなチャットの劣化版に過ぎないからです。だから今でもアナログで文通している人などはもうほぼ絶滅してしまったと言っていいでしょう。

しかしそれと同じように、スクリーンに表示された単語をただひたすら書き写すというような練習方法も、デジタルの時代には絶滅していいのです。デジタルの場合は教室の壁を越えて世界中の人たちとつながることができるという大きな利点があるのですから、そうした利点を使うこともしない、アナログのままの授業の再現では、まさに劣化版に過ぎません。

もちろんデジタルの利点はそれだけではありません。例えば入力した瞬間にそれが正しいかどうかを判定してもらったり、学習履歴を残して苦手な部分だけを集中的に勉強したりすることも簡単にできます。こうした利点を全て無視した上で、「デジタルよりアナログのほうがいい」というのは客観的に見ても間違っていますし、はっきり言えば有害です。

賢明なる読者の皆様には、このような「デジタルの利点を応用しない学習活動と、アナログな学習活動を単純に比較した研究」を見た時に、「やっぱりアナログの方が教育効果は高いんだ」などといった誤った結論に安易に飛びつかないように切にお願いしたいと思います。

ではどのようにすればデジタルの利点を応用した新しい教育モデルを考えることができるのかと疑問に思う方は、「SAMRモデル」で検索してみると色々な文献がご覧になれるのではないかと思います。 今回のニューズウィークの記事で扱われている実験はこのモデルの一番最初の「S」に該当するもので、その後にA、M、Rの段階が続きます。これらの4つの過程を経験した上で初めて、デジタルの教育活動の真価が分かるのです。それ以前の段階でどちらが良いかなとと判断することはできません。 個人的には S の後の A の段階で、もうアナログよりもデジタルの活動の教育効果の方が高いことが充分に立証されるのではないかと思っています。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
「若者も子どもも、タイピングより手書きのほうが、脳活動が活発に」
ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/10/post-94626.php

むらログ: 1000ドルの鉛筆の先に見えてくるもの「SAMRモデル」 (2019年3月26日)
http://mongolia.seesaa.net/article/464828301.html

むらログ: 「1000ドルの鉛筆」から脱却するための3つの視点  (2018年4月8日)
http://mongolia.seesaa.net/article/458668293.html

むらログ: ICTは教育にとって手段に過ぎない・・・のか? (2019年3月11日) http://mongolia.seesaa.net/article/464566852.html

むらログ: 「ICTに頼るのは未熟」というベテラン教師が理解していない2つの視点  (2019年11月1日)
http://mongolia.seesaa.net/article/471285130.html

むらログ: 学びの「身体性」って? (2012年12月24日)
http://mongolia.seesaa.net/article/309605403.html

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posted by 村上吉文 at 07:39 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加