2020年05月12日

よりどりみどりプロジェクトを振り返る

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

さて、今日は「よりどりみどりプロジェクト」というコードネームで僕が呼んでいた仕事について書いてみたいと思います。

この仕事はもともと、前任地のハンガリーでCEFRについて学ぶ機会があったことから始まっています。CEFRは複言語主義や行動中心アプローチという概念の上にA1からC2までのレベル分けがされているのですが、日本では単純にそのレベル分けだけが紹介されていることが多く、非常に違和感があったからです。

行動中心アプローチや、英語圏などで中心になっているTBLT(Task Based Language Teaching)についても非常に誤解が多く、文型シラバスでタスク練習をすることと、タスクシラバスの違いがわからないまま批判をしている人なども多く目につきました。「タスクシラバスではその課で教えるべき文型が使われずにタスクが達成されてしまうことがあるから使えない」など。

そこで、本当の意味での行動中心アプローチを理解してもらうために、「何らかの目的を達成するために必要な行動のリストを作り、そこからシラバスやカリキュラムを開発する」という体験が必要なのではないかと考えました。

また、社会がこれだけ多様化しているのに、日本語のコースの多くがほとんど同じようなカリキュラムであることにも非常に違和感を抱いていました。文型シラバスなどの言語知識中心のアプローチは、同じ言語を教える以上、どうしてもほとんど同じシラバスになってしまいますが、行動中心アプローチの場合は人々の行う行動は非常に多様であるために、 多様なコースが開講されるのではないかというアイデアもありました。(プロジェクト名の「よりどりみどり」は「多様な選択肢の中から学習者が自分に最適なコースを選ぶことができる」という目標から来ています)

それをブログに書いて日本語教育の皆さんに提案したのが、カナダに赴任する2週間前のことです。リンクはこちら。

2017年04月14日
むらログ: 多様性に対応しよう! 日本語教師の収入を上げるための一提案 http://mongolia.seesaa.net/article/449002533.html

これには以下のような肯定的なフィードバックも多かったので、社会的なニーズも多いのではないかと感じました。


そこで、4月末にカナダに派遣されてからすぐに地元のエドモントン日本文化協会からの日本語教師養成の講師を打診されたときには、行動中心アプローチに基づいたコースにすることを了解していただいた上で、2017年7月26日から数週間に渡るコースを実施しました。

このコースは最初と最後の週は、実際にエドモントン日本文化協会の会館で行ったのですが、それ以外の日は全てオンラインで行いました。というのも、この時期は夏休みでカナダ人はバカンスに出かけていることが多かったからです。僕自身も実は休暇でナイアガラの滝を見に行き、そこからこのコースのオンラインミーティングにアクセスしたこともあります。

このときはLMS(学習管理システム)として一般公開が始まったばかりのGoogleクラスルームを利用してみました。それまでこのLMSは教育機関限定で、小中学校などの公教育でないと認証してもらうことができず、僕のように教育省に勤めている人間では Google Classroom のアカウントを作ることもできなかったのです。

また、僕がメインのパソコンとして利用している Chromebook ではそれまであまり使い勝手が良くなかったズームクラウドミーティングも、この頃にはごく一部の特殊な機能を除いて Chromebook でも Windows や Mac と遜色なく使うことができるようになっていたので、初めて本格的に仕事として使ってみることにしました。

それまでは主なオンラインの学習ツールとしては、大規模な予算をかけて開発するMOOC(大規模オンライン公開講座)が注目されていましたが、これらの無料の学習管理システムとビデオ会議システムの普及により、SPOC(小規模で非公開のオンライン講座)も十分に手が届くようになったのではないかという感触がありました。

そこで本格的にこれをオンラインコースにするべきではないかと考え、その準備としてまず非公開の場で以下のような投稿をしました。これが2017年8月15日のことです。

2017年8月15日
行動中心アプローチと第二言語習得をベースにした6回か7回ぐらいのオンライン日本語教師養成講座を職場でやるかもしれないんですが、本番の前にパイロットコースをこの職員室の参加者限定でやるとしたら、参加されたい方はいらっしゃいますか? 週一のZOOMかGoogleハングアウト(10人以下の場合)を使ったリアルタイムの授業と課題提出ぐらいになると思います。もちろん無料ですが、パイロットコースなのでいろいろ粗相はあると思います。(というか、そういうミスを事前に僕が体験しておくためのパイロットコースです) GoogleClassroomをLMSとして使うので、Googleのアカウントは必要です。もう時間がないので、やるとしたら来週ぐらいに始めます。

これには「是非参加したい」が14名、「興味はある」が21名という反応があり、予告通り次の週から始め、9月の28日に最後のセッションが終わりました。

アンケートなども踏まえて、この時に得られた知見をまとめたのが以下の記事です。

2017年10月18日
無料で簡単にオンラインコースが開ける時代が来た!
http://mongolia.seesaa.net/article/454266753.html

ここでは以下の4点がほぼ無料で使えるようになったことを示しました。
1. YouTube などの動画共有サイトによる反転授業形式
2. Google スライドなどのクラウド型のプレゼンテーションツール
3.ズームクラウドミーティングなどのビデオ会議システム
4. Google クラスルームなどの学習管理システム

この時点で、完全にオンラインの日本語教師養成を業務として行うことが十分に可能であるという確証は得られていましたので、早速職場で企画書を書き、以下のコースが始まりました。

Workshop for Teaching Japanese Online Based on the Action Oriented Approach
https://jftor.org/event/workshop171114/2017-11-14/
2017年11月14日、21日、28日、12月5日、12日、19日(全6回)

この研修には58名もの方が申し込んでくださいました。
以下は参加者の皆さんが作成された行動リストのごく一部です。
(質問は「どんな人の行動リストですか」)

初めて日本で相撲を楽しむ人
日本食のクッキングクラスを受講される生徒
カフェ店員の行動リスト
カナダで日本の茶道を習いたい人(殆ど英語の話せない日本人から立礼式茶道を習いたい)
高校の留学生
グループでハイキングに行く人
Japanese Drama Society に入っている学生
日本の薬局で顧客サービスをする人
デパートで働く人の行動リスト
日本語を話す友人と経済的に、且つ楽しくお出かけしたい人
ヤフオクサイトで落札をしてみたい人
海外のAmerican Heart Associationインストラクターが日本で、日本語でインストラクターをする人の行動リスト


実際にこのように多様な行動リストが作成され、それに基づいた実際の授業の教案も少なくとも一回ぶんは作ってもらうことができました。

しかし実際にこのように多様なコースが開講されたとしても、そのコースと学習者を結びつけるプラットフォームがないことが課題になっていました。実際に参加者の方からもリクエストが多くあったのですが、これは独立行政法人という立場ではなかなか難しいようです。

そこでせめて自分でウェブサイトを立ち上げて、カリキュラムやデモ動画などを載せ、それをSNSを通した広報の拠点としてくれれば、多少なりとも学習者の獲得につながるのではないかと考えました。そこから主に前期のコースの修了者を中心に広報し、次に始めたコースが「日本語教師のための初めての Web サイト作成」です。

オンライン日本語教師研修 2 「初めての ウェブサイト作成」のお知らせ
https://jftor.org/event/workshop180308/2018-03-08/

ここでは Google サイトを中心に、 Wix やペライチなども含めて Web サイト作成サービスを紹介し、そこで前回の研修で作ってもらったコースなどを共有する方法をご紹介しました。

ただ、この段階で前回の研修に関する新たな課題が発見されました。というのも、前回の研修で少なくとも一回ぶんの授業の教案は完成されていたのですが、 多くの参加者がそれ以上に自分で教案を作る段階にまで達していなかったのです。少なくともこうしたウェブサイトで集客をするためには、コースの全体像が必要で、すぐに対応できる教案のドラフトのようなものもある程度は必要です。またレッスンの中心になるCDS(Can Do Statement) の一覧もあるべきでしょう。

そこでその翌年2018年の同じ研修では、前回は6週間だったコースを11週間に延長し、後半に実際に手を動かしてコース開発をする期間を設けました。つまり全体像としては以下のようになります。

第1週:自分の強みに基づいて行動リストを作る
第2週:CDS(Can Do Statements)を作る
第3週:評価する
第4週:授業の方法(読み書き)
第5週:授業の方法(会話)
第6週:コース開発(自分の授業に使うスライド作成)
第7週:コース開発(自分の授業に使うスライド作成)
第8週:コース開発(自分の授業に使うスライド作成)
第9週:コース開発(自分の授業に使うスライド作成)
第10週:コース開発(自分の授業に使うスライド作成)
第11週:振り返り
(行動中心アプローチによるオンライン日本語教師研修2018 https://jftor.org/event/workshop20181009/2018-10-09/

また、「第6週からは講師と毎週一対一の面談時間(15分程度)があります。」ということも明記しました。というのも、これだけ学習管理システムや反転授業用のビデオなどを多用するコースにおいては、やはり人間の教師の役割として、参加者一人一人と真摯に向き合うことが必要ではないかと思ったからです。ここで感じたことは以下でまとめてあります。

むらログ: アナログは冷たく、デジタルはあたたかい
http://mongolia.seesaa.net/article/463328816.html

なお、この定期的な個人面談で行っていたことは以下の三つです。

1.進捗状況の確認
2.成果物の評価
3.質問の受付

これは事後アンケートでも非常に評価が高く、個人的にも手応えを感じていたのですが、参加者がカナダの多くの時間帯の場所から参加していたことによる時差計算や、それをカレンダーに転記したりする作業が非常に煩雑で、改善の必要を感じていました。 この研修の修了後、無料のオンライン予約システムを検索し、これ以降は「Calendly」という無料サービスを使うことにしました。

なおこうした個人面談の効果については以下の論文などで紹介されています。

大石 加奈子「コーチングを活かした個人面談とその成果」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jseejaarc/2009/0/2009_74/_pdf/-char/ja

八若壽美子「留学生支援としての新入学部留学生個人面談 四年間の面談結果の分析」
http://ir.lib.ibaraki.ac.jp/bitstream/10109/4640/1/201300095.pdf

“One-on-One ‘Intensive’ Instruction: Faculty and Students Partnering for Success in First-Year Writing”
https://scholarworks.gvsu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2147&context=lajm

三年目になる2019年は、上記のオンライン予約システムを導入した以外は基本的に2年目の方法を踏襲しました。

行動中心アプローチによるオンライン日本語教師研修2019
https://jftor.org/event/workshop190903/2019-09-03/
第1週.自分の強みに基づいて行動リストを作る
第2週.CDS(Can Do Statements)を作る
第3週.評価する
第4週.授業の方法(読み書き)
第5週.授業の方法(会話)
第6週.コース開発(自分の授業に使うスライド作成)と個人面談
第7週.コース開発(自分の授業に使うスライド作成)と個人面談
第8週.コース開発(自分の授業に使うスライド作成)と個人面談
第9週.コース開発(自分の授業に使うスライド作成)と個人面談
第10週.コース開発(自分の授業に使うスライド作成)と個人面談
第11週 振り返り

オンライン日本語教師研修 「初めての ウェブサイト作成」のお知らせ(2019)
https://jftor.org/event/workshop191203/2019-12-03/

これらの経験を通じて僕が得た最大の学びは、機械の役割と人間の役割は明確に分けることができ、人間の教師の役割として一番大事なのは、「学習者と一対一で真摯に向き合うこと」ではないかということです。

この考えはまだオンライン授業が普及し始めている現時点ではあまり注目されていません。その主な理由は、これまで学習管理システムを使ってこなかった教師にとっては、「個人面談の前提となる学習者個人を軸にしたデータの整理が煩雑すぎて、その余裕がない」ということが挙げられるでしょう。しかし今では多くの学習管理システムで、その学習者の名前をクリックするだけで、その個人の成績や出席率などの一覧が表示されるようになっています。つまりきちんとしたデータを基に一対一で話し合うことが可能になっています。

また、「知識を提供することが教員の仕事だ」という考えもまだ根強く残っています。その場合は一対一で話すよりもまず知識を提供することの方が大事なので、やはりそんな余裕はないということになってしまうでしょう。しかし現時点では、反転授業スタイルなどをはじめとして、知識や情報を提供することは生身の人間よりもビデオなどの方が適していることが明らかになっています。 個人授業なら別ですが、一斉授業では多様な学習者にきめ細かく対応することは無理ですから、 学習者が自分で一時停止や巻き戻しや早送りなどができるスタイルの方が情報や知識の伝達も効率的にできるのです。ですから、このコロナウイルスの影響でオンライン授業が普及し始めている今、教員の仕事は知識や情報を提供することよりも、一対一で学習者に真摯に向き合うことであるという考えは普及していくのではないかと思います。

このコースの2年目に僕自身が体験したように、個人面談は申し込み手続きなどが非常に煩雑になるので、忙しい教員にとってはそんな余裕がないという考えもあるかもしれません。しかしここで示したように、これはオンライン予約システムを使えば簡単に解決することができます。

これらの事はここに書いたように、学習管理システムや、反転授業形式、オンライン予約システムなどの現代的なツールが使えるようになったことが前提になっているので、僕はこれを「スマート面談」と呼んで提案しています。このブログでも何度も書いていますが、機械にもできることは機械に任せてしまって、人間の教師はスマート面談に力を注げるようになることを願っています。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
むらログ: 多様性に対応しよう! 日本語教師の収入を上げるための一提案(2017年04月14日) http://mongolia.seesaa.net/article/449002533.html

無料で簡単にオンラインコースが開ける時代が来た!(2017年10月18日)
http://mongolia.seesaa.net/article/454266753.html

Workshop for Teaching Japanese Online Based on the Action Oriented ApproachThe Japan Foundation, Toronto https://jftor.org/event/workshop171114/2017-11-14/

オンライン日本語教師研修 2 「初めての ウェブサイト作成」のお知らせ(2017)
https://jftor.org/event/workshop180308/2018-03-08/

行動中心アプローチによるオンライン日本語教師研修2018 https://jftor.org/event/workshop20181009/2018-10-09/

行動中心アプローチによるオンライン日本語教師研修2019
https://jftor.org/event/workshop190903/2019-09-03/

オンライン日本語教師研修 「初めての ウェブサイト作成」のお知らせ
https://jftor.org/event/workshop191203/2019-12-03/

むらログ: スマート面談こそが人間の教師の仕事 http://mongolia.seesaa.net/article/474614552.html


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posted by 村上吉文 at 11:35 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加