2020年04月15日

Zoomで講義をしてはいけません

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

さて、色々なところで「スマート面談」について話しているにもかかわらずまだこのブログには書いていなかったようなので、それについて書きたいと思うのですが、その前のお話として「ズームで講義をしてはいけない」ということを書いておきたいと思います。

改めてここに書かなければいけないと思った理由は、今回のコロナウイルスの影響で突然オンライン授業をしなければならなくなった先生方の中には、例えば90分間ずっと一方的な講義をして疲れるというような声を聞いたからです。これは先生も大変でしょうが、学習者もたまりませんよね。

それで最初に、僕が考えているとてもわかりやすい基本的な原則を紹介したいと思います。

それは、同期型のコミュニケーション(同じ時間にアクセスするZoomや電話など)は「一対一」か「多対多」で行うもので、「一対多」で行うものではないということです。 特に教師から学習者へ一方的に情報が流れるだけの、一般的に「講義」と言われるスタイルは教育現場では対面でもオンラインでも避けたほうがいいでしょう。

基本的に情報の一方向的な伝達というのは、同期でやる必要は全くないと思っています。通信手段が発達している現在、同じ場所でやる必要もありませんが、同じ時間にやる必要もないのです。というのも、学習者の理解度というのは非常に多様で、聞かなくても分かっている人もいれば、何度も繰り返し聴いてようやく分かる人もいるからです。 もちろん相手が一人や二人なら、相手の理解度に合わせて調整もできるかとは思いますが、10人もいればそのようなことは無理ですから、同じスピードで聞かなければいけないライブの講義などは苦痛にしか過ぎないのです。先生方の中には、「学習者の顔を見れば理解度がわかるからそれに沿って話す内容を調整したりできる」と誤解されている方もいらっしゃいますが、何度も書いているように、そのようなことが可能なのは 極度に多様性のない、ごく特殊なケースだけで、一般的には多様な理解度を持った学習者が混在しているので、学習者に合わせて教師が話すスピードを調整したりすることは意味がありません。そうした調整をするのは教師ではなくて学習者でなければならないのです。そのために有効な方法の一つとして例えば反転授業があります。

同期型、つまりライブのオンライン授業のいいところは、参加者同士がお互いにディスカッションできる(多対多)ということと、分からないことがあったらすぐにその場で教師に質問ができる(「一対一」の例の一つ)ということです。

ですので例えば、 「日本語教師のためのはじめての Web サイト作成」というオンラインコースを開いていた時は、ズームによるライブの時間は作業時間にあててもらいました。事前に録画しておいた動画を再生しながら、実際に手を動かしてもらって、分からないことがあったらその場で質問してもらうのです。ズームの時間中に成果物が完成した人は、 breakout roomに移動してもらって、完成した人同士の相互評価もそこでしてもらっていました(多対多)。メインルームでは僕と作業中の人が残るわけですが、基本的に作業中の人は手を動かして作業するだけですし、僕も質問が来ない限り黙っていますので、黙々と時間が過ぎていきます。実は僕にとっても最初の頃はこの沈黙に違和感があったのですが、参加者の皆さんにとっては僕が事前に録画した教材を見ながらやっているので、静かなのは僕だけで、参加者にとっては沈黙の時間ではないんですよね。

講義に近い形で「多対多」を実現する方法の一つとして、チャットボックスの活用があります。教師は質問をするだけで、 それらに対する意見などをチャットボックスに書いてもらうのです。こうした方法は色々な人が提唱していますが、例えばマーク・プレーンスキーの「パートナー方式」については僕のブログでも紹介したことがあります。

むらログ: 「デジタルネイティブのための近未来教室」の主題は技術ではなく、教授法だった! http://mongolia.seesaa.net/article/382695710.html

教師による質問にはググればすぐにわかるような簡単な質問から、「世界の平和を実現するために、あなたが今できることは何か」というような深い質問まで可能です。前者については正しい答えというものが存在しますが、後者についてはそういうものはないので、学習者たちの投稿から他の学習者が学ぶようなことが可能になります。というより、極端な話、そういうところにしか本質的な学びというのは存在しないのではないかと僕は思っています。

こうした方法は必ずしもズームなどのビデオ会議システムを使わなければいけないわけではなく、例えば毎月第4土曜日の午後9時から開かれている「#日本語教師チャット」はTwitter をプラットフォームにしていますが、ここでもファシリテーターは質問をするだけです。その質問に対して多くの参加者が答えを共有することにより、実際に多くの学びが生まれています。僕のブログの読者のほとんどはすでに参加している人だと思いますが、ご存知のない方がいらっしゃいましたら、先月のまとめをご覧ください。

第28回 #日本語教師チャット 「アナログの代替以上のICT利用」 - Togetter https://togetter.com/li/1487425

また、解決すべき問題を参加者が自分で持ち寄るオンラインEdCampや、それをもう少しカジュアルにした「#Zoomでハナキン!」なども、「多対多」の同期型のコミュニケーションとしては参加者からの満足度も高いようです。これも以下に参加者の声をご紹介しますね。

#EdCampJFT 2020年1月 - Togetter
https://togetter.com/li/1479686

#Zoomでハナキン - Togetter
https://togetter.com/li/1492387

僕がこういうところで行っているのは、何らかの情報を提供することではなく、皆さんが学ぶ環境を作っているだけです。本当の学びというのはこういうところにしか生まれないと信じているからです。もちろんこれは別に僕のオリジナルではなく、たとえばヴィゴツキーも以下のように言っています。

「厳密にいえば、科学的観点に立てば、他人を教育することはできません。(中略)教育は、生徒自身の経験をとおして実現されます。その経験は完全に環境によって決定されるものであり、そこでの教師の役割は、環境を組織すること、規制することにあります。」
ヴィゴツキー『教育心理学講義』1926年 (翻訳:柴田義松)

教育機関で学ばなければいけないようなことは、おそらくそのほとんどが本に書かれているか、あるいは無料のリソースとして検索することができるでしょう。 もちろん皆さんの学習者のためにカスタマイズされたコンテンツを作ることは大変素晴らしいとは思いますが、少なくともそれをライブで伝える必要は全くないのではないかと思います。

さて、今日は同期型のコミュニケーションで必要なのは多対多のもののほかに一対一のものもあると書きました。そちらについてはこれまでも多くのところで「スマート面談」として話してきたのですが、 このブログにははっきり書いていなかったので、次回はこの件について書いてみたいと思います。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
むらログ: 「デジタルネイティブのための近未来教室」の主題は技術ではなく、教授法だった!
http://mongolia.seesaa.net/article/382695710.html

むらログ: 「#Zoomでハナキン」マニュアルを作成しました。
http://mongolia.seesaa.net/article/474538246.html

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posted by 村上吉文 at 13:25 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加