2019年09月03日

語学教科書的なVRの使い方

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日もジェダイの書を読みながらフォースの稽古をしていますか?

さて、9月1日はカナダでは労働者の日で、この週末は3連休になるので、今日は語学教師にとってのVR の使い方について考えてみました。

VR と言うと、体験したことはなくても『レディプレイヤーワン』という映画を見たことがある人も多いのではないかと思います。スティーブン・スピルバーグ監督の作品で、 VR 技術が普及している2025年が舞台になっています。実は映画の中には出てこないのですが、原作の小説の中には、学校の場面があります。そして驚くべきことに、学校の描写があまりにも VR の力を利用していないものだったので困惑した覚えがあります。 VR 世界の中に学校の建物と教室を再現して、今の学校と同じように人間の教員が大勢の生徒達に教えていたり。はっきり言ってありえないです。

僕はこの小説自体は大好きなのですが、原作者 アーネスト・クラインのように創造力のある人でも、 教育に関してはこのように貧困なイマジネーションしか持っていないのかと、かなりがっかりしました。

VR 以前に、世界中から大量の児童生徒がアクセスしてくるような場合は、教室と同じような環境を再現する必要は全くありません。自分のペースで勉強できることはどんどん一人でやるでしょうし、一つの場所に複数の児童生徒が集まってグループダイナミズムを利用するなら、先生の説明を黙って聞くような授業ではなく、他の子供達と議論するような活動になるはずです。場所も、例えば歴史の授業ならその歴史の現場で何らかの活動を行うことになるでしょう。 実際に今僕が行っている「行動中心アプローチによる日本語教師研修」でも、僕が話す部分は全て事前にビデオに撮っておいて各自が好きなペースで好きな時に好きな場所で見ていただくようになっています。ライブで話す時はあくまでも僕はファシリテーターで、参加者の皆さんはグループでディスカッションするなど積極的に他の人と関わる事になります。

ということで、VR に詳しい人でも教育について詳しくない人だとあまり現実的な未来予想図が描けないかもしれないので、これから何回かに分けて、もう少し現実的な VR による教育の具体的なイメージを考えてみたいと思います。

あまり漠然とした話はしたくないので、今日はまず語学の教科書的な使い方を考えてみたいと思います。言うまでもなく、語学の習得は教科書を使わなくてもおき、例えば第二言語のコンテンツを大量に楽しむことによって習得するCBLL(Content-Based Language Learning) やソーシャルメディアで最初からその言語のわさとコミュニケーションすることによって言語を身につける方法などもあります。しかしこうしたことを全部一緒に考えると、かなり混乱してしまうので、今日はまずは第二言語を習得するための教科書的な VR の使い方です。

それだけでも色々アイデアはあると思うのですが、さらにここでは、
1.すでに開発されてマーケットに出ている製品で今すぐに可能な第一段階
2.既に存在している技術で可能な第二段階
3.技術の発展で近い将来に可能になりそうな第三段階
の三つに分けて考えてみたいと思います。

【1.今すぐにできること】
今すぐにできることとしては、やはりすでに発売されている日本語学習用のアプリを利用するというのが手っ取り早いですよね。

前にもご紹介したことがあると思いますが、この分野では MondlyというVRアプリが有名です。実はまだ僕が使っているOculus Quest に対応するバージョンが出ていないので、僕自身の言葉でこのアプリの良し悪しを語ることはできないのですが、驚くべきことに人口27万人ほどのルーマニアの地方都市でこのアプリは作成されています。 Google とか Apple とか Facebook などのようないわゆるITジャイアントではないのです。共同創設者はAlex Iliescu and Tudor Iliescuという名前で、苗字が同じということは家族経営の会社であることを強くうかがわせますよね。 2014年にできたばかりのまだ若い会社です。 僕のルーマニア人の友人も、この会社の名前を聞いたことがないと言っていましたから、 VR のアプリを作るのはそれほど莫大な資本が必要であるというわけでもないのでしょう。この VR アプリの実際の利用状況は以下の動画で確認することができます。

Learn Languages in VR with Mondly for Daydream VR! Hands-On Review with Japanese and Spanish! - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=_m5h8iWLto8

この動画を見る限りでは、文型シラバスではなくて、場面シラバスや行動中心アプローチに近い感じがしますね。実際に使用してみたという、インドの蟻末さんの話では 、コンテンツの量はそれほど多くなくて、 音声認識もあまり正確ではなかったという話です。

教材として作成されたわけではない VR アプリの中にも、授業で使えそうなものはたくさんあります。日本語はまだ対応していないので、日本語教育の世界では使えませんが、例えば英語教育などの世界では「Job Simulator」はすぐにでも使えるアプリだと言えるでしょう。

特に行動中心アプローチ的な授業を考えているところでは、 上司や顧客の指示を聞いてその通りに行動するというコンセプトは親和性が高いのではないかと思います。

このようなゲームアプリとは別に、360° video と言う種類のコンテンツも、場面シラバスなのでは使えるのではないかと思います。 言語習得理論では理解できる大量のインプットが必要だと言われていますが、実際にその場面で使われている言語をたくさん聞くには360度ビデオは役に立つでしょう。ただし、すでに録画されているビデオですから、周りを見渡すことはできてもその世界に対して何らかの働きかけをすることはできません。

【2.今ある技術でできそうなこと】
先程ご紹介した「Job Simulator」というアプリは、 まさに行動中心アプローチ的な教材が現時点で作成可能であることを示しています。このアプリには4種類の仕事しか入っていませんし、笑えるネタも色々仕込まれていますから、どのような現場でも利用できるというわけではないかもしれません。しかし、「仕事の現場で実際に手を動かして仕事のシミュレーションができる」という点と、Mondlyの「音声認識技術を利用して、プレイヤーの発話をゲームに反映させる事ができる」という点は、VR の語学教材を作成する面において、 かなり大きな可能性を持っています。 特に仕事のパターンが決まっている 外国人労働者のための教材などには役に立つものが作れるのではないでしょうか。

例えば介護の現場のように、言葉を使って呼びかけながら、体を動かすような仕事では、 VR の世界でその現場を再現することには非常に大きな教育効果があるものと思います。まず第一に、その現場にあるものの名前などを覚えるには、写真やパネルなどで見せるよりは、実際にその世界の中で勉強したほうが記憶に残りやすいでしょうし、働くときにも思い出しやすいはずです。ゲームのように3Dオブジェクトを作らなくても、カメラを使った「3Dスキャン」とか、「フォトグラメトリ」 と呼ばれている技術を使えば、かなりリアルな場所を再現することができます。たとえば以下の動画を見てください。
My room in VR in 1:1 scale (Photogrammetry Scan) - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=NbW8pgAtwIU
これは実際の部屋の中をビデオカメラで撮影したように見えますが、実は実際の部屋の中をスキャンして3 D 化したものです。こうした技術を使えば、実際働く現場を3 D 化してその中で色々な行動をとることができるわけですね。

例えば公益社団法人 日本介護福祉士会が発行した「介護の日本語」という教科書が以下のウェブサイトで PDF の形で公開されていますが、この中に以下のような会話があります。食堂で食事の介護をしているところです。
「今日のお食事は魚とかぼちゃですよ。どうぞ。」
「いただきます」
「お茶から飲んでみましょうか」
「うん」
「何から食べますか」
「かぼちゃから食べようかな」
「はい、わかりました」
http://www.jaccw.or.jp/pdf/home/foreign/kaigono_nihongo_1110.pdf

こうした会話をしている時は、介護士は当然、湯呑みやかぼちゃの皿を動かしたりするわけですよね。ですから VR の空間の中でも、同じようにそれらの物体を動かしながらこうした会話をする練習ができると効果的なはずです。以前、MITの相川孝子さんたちのグループによる論文で「運動感覚的言語習得」という概念が紹介されていることについて書きましたが、このように体を動かしながらその言葉を発話することで、「身体化された認知」を通して、より深くそれらの表現を身につけることができるのです。そしてそれを、3 D スキャンで撮影されたデータを基に再現された VR 空間の中で練習するわけですね。

実はこの教科書の前書きのところに何度も「その場面を想像しながら練習してください」ということが書かれているのですが、 VR を使えば、想像するのではなく、実際にその場面の中で練習することができるのです。

VR ゲームでは、その空間の中の何らかの物体を指差したり、あるいはコントローラーから伸びる指示棒のようなもので触ったりすると、その物体に関するメニューが出てきたりすることがあります。この機能を応用すれば、テーブルに置いてある料理の名前を知らなくても、指示棒でそれに触るとウィンドウが開いて、その料理の名前や材料が日本語や媒介語で表示されるようなこともできます。さらに、Amazon の電子書籍専用端末である Kindle では、辞書を引いた単語を自動的に単語帳に登録して、後から復習できるようにする機能があります。 VR 空間の中ではメモを取ったりするのはちょっと面倒ですが、このような機能を盛り込んでおけば、 VR ゴーグルを外した後も単語帳として何度も復習できるわけですね。いや、単語帳で復習する際も、 VR ゴーグルを外さないでその単語が出てきた空間そのものも再現でき、その料理を相手に渡すところまで要求されるような復習にすれば、無味乾燥なフラッシュカードよりもずっと早く定着するのではないかと思います。

【言語知識中心のアプローチでは?】
さて、ここまで行動中心アプローチ的な教材を前提に VR について考えてきましたが、実は行動中心アプローチだと現実世界しか設定できないために、 VR の魅力が半減してしまうというデメリットがあります。語彙や漢字や文型などの言語知識を覚えることを中心にしたアプローチ(典型的なのは文型シラバスですね)では、 それらの言語知識を身につけるために非現実的な舞台を設定したりすることもできるので、 VR の世界でもっと楽しい勉強をすることもできるでしょう。

例えば日本のVRゲームで人気がある「CIRCLE of SAVIORS」というゲームでは、モンスターと戦うときに、ガイド役のキャラクターが「右に避けて下さい」などと指示をして、その通りに動かないとモンスターに踏みつぶされてしまうような場面があります。モンスターと戦うときの指示が全て日本語で行われるのでしたら、究極のTPR(Total Physical Response)ですよね。「赤くて大きい岩の下に剣があります。その剣をとって下さい」などという指示を聞いてその都度その通りに行動して、ゲームを進めていくのです。ワクワクしませんか? 

まあ、これだとあまり文型シラバスっぽくないですね。よくある文型シラバスでは第1課に「これは〜です」があったりしますが、それをVRゲーム化するとこんな感じ。

洞窟の中で眼の前に、明らかに炎の属性を持っていそうなモンスターと、氷の属性を持っていそうなモンスターがいます。プレーヤーの傍らには天使か妖精のようなガイド役がいて、「これは水です」などといいながら、次々とハンド・グレネードを渡してくれます。そしてプレーヤー(というか学習者)は、それが効きそうなモンスターにそのグレネードを投げつけます。回復薬だったら投げたらだめ。投げて効果があればモンスターが「グアー」と苦しみます。モンスターのHPがゼロになったら勝ち。眼の前にモンスターがいるという状況で、グレネードを受け取って、投げつけるという「行動」が実際に体を動かしてできるのがそれまでのゲーム教材などとは大きく違うところです。そして、ボスキャラに効いたかどうかというフィードバックもすぐに受けられるわけですね(これは文型よりも「水」などの語彙の理解に対するフィードバックになりますが)。マルチプレーヤーの場合は、グレネードを渡すガイド役も学習者ができるといいですよね。こうした学習方法が好きな学習者なら「これは〜です」という文型を50回聞かされても全く飽きることはないでしょう。

漢字の学習については、 空書き(そらがき)とか空書(くうしょ)と呼ばれる活動を日本人でしたら国語の授業で経験したことがあると思います。 ノートにちまちまと指先だけで書くよりも、肩から先の腕全体を使って書くと、それだけ運動感覚的言語習得の効果が見込まれるのではないかと思います。 iPad が出てきた時に、10 インチのタブレットの画面いっぱいに指で書くと、鉛筆で書くよりもずっと覚えやすいのではないかと思ったのですが、 VR の空間ではそれをもっと巨大にすることができるわけですね。以下の動画は中国語の学習アプリのようですが、高さ1メートルほどもありそうな文字をなぞっているのがご覧になれるかと思います。手だけではなく腰や膝も曲げてかがまないと下の方は書けないぐらいのスケールですよね。

Learn Chinese in VR - MorphoVR Gameplay (Pre-Alpha) - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=V_yF8G6ybHg


これも6DoFの VR 空間ならではの感覚運動的言語習得とか「身体化された認知」などの概念を非常にうまく利用した例なのではないかと思います。

採算が取れるだけのマーケットができるかなどは僕には分かりませんが、少なくともこれらの事は現在の技術レベルでも十分に可能なことです。

【3.技術が発展したらできそうなこと】
さらに技術の発展が進んで、人工知能などがきちんと使える時代になれば、VRの中で人工知能と話して会話の練習ができるようにもなるでしょう。VRなのですから、実際にその会話が行われる場所をVRで複製して、その中で行われるようになればいいと思います。

人工知能ももちろんいろいろなキャラクターがあって、例えばビジネスの会話で使うものなら、日本人の上司が学習者と話すこともあるでしょうし、逆に学習者が日本人の部下と話すために、部下の代わりとなる人工知能の会話練習相手も必要になるでしょう。

サービス業で働く学習者の場合は、日本語を話す顧客を演じてくれる人工知能と話す練習も必要でしょうし、逆に観光客等として日本を訪れる学習者には、サービス業のスタッフが日本語を話すわけですから、そうした役の人工知能と会話するのも役に立つでしょう。

Google アシスタントや Apple の Siri や Amazon の Alexa などを音声コマンドを通して使っている人には、イメージがしやすいのではないかと思います。今でもそのような簡単な会話をすることはできますから、会話のデータベースをもっと増やして、現場を再現した VR 空間でその相手と話すわけです。

あまり繊細ではない僕と同じような人には想像できないかもしれませんが、生身の人間を相手に間違いをしたくないという学習者不安を抱えている人はかなり多いので、 機械やプログラムを相手に練習を積むことができ、その後で生身の人間とコミュニケーションしたいというニーズはそれなりにあるのではないかと思います。

そして冒険は続く。

【ブログ更新情報のメールでのお知らせ】
「むらログ」更新情報のメール通知を希望される方は、こちらでご入力ください。
https://forms.gle/4pjSC8DmmW8BEbUv8

【参考資料】
なぜ、「Job Simulator」は2016年最高のVRゲームとなったのか? - GAME Watch
https://game.watch.impress.co.jp/docs/news/1047814.html

公益社団法人 日本介護福祉士会 「介護の日本語」
http://www.jaccw.or.jp/pdf/home/foreign/kaigono_nihongo_1110.pdf


【コメントはソーシャル・メディア上の記事別ページヘどうぞ!】
https://www.facebook.com/murakami.yoshifumi/posts/10219318249489000
https://twitter.com/Midogonpapa/status/1168729338600050689
https://b.hatena.ne.jp/entry/mongolia.seesaa.net/article/469610396.html
https://murakamiyoshifumi.tumblr.com/post/187457375318/
https://adventurers-hideout.slack.com/archives/CB6K25MCY/p1567481642000300

【『冒険家メソッド』と電子書籍「むらログ」シリーズを購入して海外にルーツを持つ子どもたちを支援しよう!】
2014年以降のこのブログの内容はKindle本にもまとめられています。2019年中にこちらの本をご購入になると、その収益は全額が「海外にルーツを持つ子どもと若者のための日本語教育・学習支援事業」を実施しているNPO法人YSCグローバル・スクールに寄贈されます。ココ出版の『冒険家メソッド』は初版の本体価格の5%が同センターに寄贈されます。
https://amzn.to/2RiNThw

posted by 村上吉文 at 11:17 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加