2019年06月06日

多様性を尊重する社会はすべての価値観を尊重するわけではない

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


冒険家の皆さん、今日も使い鴉でウェスタロスと通信していますか?

さて、先日、こんなやり取りがtwitterでありました。

多様性を尊重する社会ではどんな価値観でも尊重されるというよくある誤解の一例 - Togetter
https://togetter.com/li/1363452

これはとてもよくある誤解なのですが、カナダのような多様性を尊重している国では、どのような価値観でも尊重されるかというと、実はそういうわけでもありません。というのも、「多様性を尊重する」と言うのも1つの主義であり主張だからです。つまり、その反対の「多様性を尊重しない」という価値観は尊重されません。

これは一般的な日本人が想像しているよりもずっと厳しくて、例えば人種差別的な発言をしたことがTwitterなどで明らかになってしまうと、その10時間後にはもう会社を解雇されてしまったりするのです。会社としても、そのような人間を雇用しておくと非売運動が起きたりするので、一刻も早く対応しなければいけないわけですね。




しかし残念なことに、日本で多様性を尊重しない人が批判されると、そういう人たちは「多様性を尊重するなら、ありとあらゆる価値観でも尊重されるはずだ」という誤解でもしているのか、「多様性を尊重する人が多様性を尊重しない人を批判するのは偏狭な考えだ」というような批判をしてくることが非常に多いのです。中には金子みすずの「みんな違ってみんないい」を引用してくる人もいたりします。

しかし実はそんなことはないのです。多様性を尊重する社会では、ありとあらゆる価値観が許容されるわけではなく、明確な線引きが必要です。そしてそのラインを超えてしまうと、上で引用したように、あっという間に解雇されてしまったりします。

ではどこでその線引きをするかというと、それはお互いに共存できるかということです。金子みすずの詩が美しいのは、女の子と小鳥と鈴が共存できる関係だからです。あるいは宗教でも性的マイノリティーでも構いません。しかし、日本神道だけが正しくてキリスト教もイスラム教も間違っていると思っている人は、多様性を尊重する社会の中では居場所はありません。まぁ、心の中で思っているだけならそういう人もいるだろうとは思いますが、少なくとも他の人が他の宗教を信じる権利を公然と否定する人は、あっという間に排除されます。日本では国会議員のような人が、「LGBTは生産性がない」などと言っても、その地位にとどまることができますよね。これは大きな違いだと思います。

このように多様性を尊重しない考えが批判されることについて、「偏狭だ」という批判もネトウヨを中心に頻繁にありますが、そのようなことは決してありません。というのも、多様性を尊重する人は世界中にいるからです。基本的に多民族国家では、多様性を尊重しないと社会自体が成立しませんから、元々このような考え方が普及していますし、それほど多民族ではない国家でも、性的マイノリティの権利などが保証されている国では、こうした多様な価値観が尊重されます。

一方で、「私は外国人との共存を望まない」と明言するようなネトウヨたちは、一億三千万人程度の日本人の中の、さらにごく少数の人たちの考えしか認めてないわけです。視野が狭くて偏っている(つまり偏狭)なのはこうしたネトウヨ達の方であることは間違いありません。日本人の中のごく一部のネトウヨとしか価値観を共有できない人たちが、世界中のお互いの共存を承認さえすれば後はどんな価値観を持っていてもいいと言う考えの人を「偏狭 だ」などと批判するのは非常に滑稽です。

それは外部から見たら、踏み絵を踏まないと入れない閉鎖的な「なかよしクラブ」のように見えるかもしれません。しかし、その「クラブ」に入るための踏み絵というのは、ただ単に「あなたの生存する権利を認める人の生存する権利をあなたも同じように認めますか」ということだけなのです。 肌の色も国籍も宗教も関係ありません。その一つのお約束だけ守ることができれば、その仲良しクラブに入ることができるのです。決して閉鎖的などではありません。特定の宗教や国籍や肌の色という条件を持っていなければ入れないなかよしクラブよりも、ずっと開放的で、持続可能な「なかよしクラブ」としては、おそらくこれ以上多くの人が入れるクラブはないでしょう。「持続可能な」と書いたのは、 共存できない人同士が入っているクラブはすぐに内部で戦いが始まって崩壊してしまうからです。

さて、最後に金子みすゞに話を戻しますが、 要するに「みんなちがって、みんないい」のではなく、「みんな違って、お互いに共存を承認する限り、みんないい」のです。ですから、他者との共存を承認しない人は「みんないい」と尊重されることはありません。

と言っても僕は別に金子みすゞを批判するつもりはありません。最後には自ら命を絶った彼女の短く凄惨な生涯の中には、実際には深い絶望や恨みや憎しみや呪いもあったことでしょう。ですからどんな価値観でも尊重されるべきなどとは思っていなかったはずです。にもかかわらず彼女の詩には「お互いに共存を承認する限り」などといった留保はありません。 何の留保もなく「みんなちがってみんないい」と言い切っているのです。これほどの気高さを僕は自分自身はもちろん、自分の周りの人間にも見つけることができません。(知り合いやご友人の皆様、申し訳ありません)

その一方で、正式に外国人労働者の受け入れを決め、多様性を尊重することにした日本の社会で、彼女の言葉が「どんな価値観でも受け入れるべき」というような誤った文脈で引用されることを懸念しています。 繰り返しますが多様性を尊重する社会ではどんな価値観でも受け入れられるわけではありません。お互いに共存を承認するというお約束があるのです。そのラインから外れた人たちは、あっという間に排除されます。そして、当たり前ですが、それは社会の多様性を維持するためには必要なことなのです。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
多様性を尊重する社会ではどんな価値観でも尊重されるというよくある誤解の一例 - Togetter
https://togetter.com/li/1363452

外国人嫌いには何て言う?|Sayaka@自由な日本語教師|note
https://note.mu/silkyblossom/n/nb65fb5b86ea2

WOMAN FIRED AFTER VIDEO OF RACIST TIRADE AT LETHBRIDGE DENNY'S GOES VIRAL
https://www.660citynews.com/2018/05/09/woman-fired-video-racist-tirade-lethbridge-dennys-goes-viral/

金子みすゞ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E3%81%BF%E3%81%99%E3%82%9E


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posted by 村上吉文 at 21:03 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加