2019年05月23日

主張する権利と、それに同意しない権利

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


冒険家の皆さん、今日も鏡のように磨き上げた盾で、頭に無数の蛇が生えている怪物と戦っていますか。

さて、先日、肉料理を食べるイベントの会場の近くでヴィーガンと呼ばれている人たちが、家畜の屠殺の場面などを写した写真を展示して、肉を食べに来た来場者に不快感を与えるとしてTwitterで多くの批判を浴びていました。

この行為について、モラルに反するかどうかをTwitterで質問してみたところ、76%の方がモラルに反すると答えました。つまりモラルに反さないと思っている人は1/4程度もいませんでした。



https://twitter.com/Midogonpapa/status/1129385597603213312

そしてその翌日、犬を食べる祭りについてこれをモラルに反するかどうか同じようにTwitterで聞いてみたところ、今度はなんと半分近い47%の人が「問題ない」と答えたのです。


https://twitter.com/Midogonpapa/status/1129771090098774018

これは日本語で質問したので、回答者の多くは日本人だったと思われます。そして現代の日本では肉を食べるのは一般的ですが、犬を食べるのは一般的ではありません。ですから、日本で一般的に受け入れられている主張に反対するのはモラルに反するが、 日本では一般的ではないことに対して反対するのはモラルに反することはないと考えている人は一定数いることが想像できます。

ただ、僕はこれには非常に深い懸念を覚えています。というのも、社会の一般的な意見とは違う考えを持った人たち(マイノリティー)が自由に意見を表明できることが、民主主義のいちばん基本的なところにあるからです。

これは言うは易く、行うは難しと言う面がもちろんあります。僕自身も、自分に対する批判や、自分の支持する考え方への批判を聞くのはあまり快いものではないからです。

例えば、僕はこのブログでも今まで何度も申し上げていたように、日本には移民を受け入れる以外の選択肢はないと思っています。ですから、ネトウヨのように、外国人を排斥する主張には賛同できません。ですが、留学生の主催するイベントなどで、ネトウヨが入口の近くで留学生政策に反対する主張したとしても、その主張する「権利」は認めたいと思います。もちろんその主張には賛成しませんが、僕の嫌いな意見でも、それを主張する権利は認めなければなりません。

以前Twitterでもご紹介したことがありますが、カナダのジャスティン・トルドー首相が、これについて非常にわかりやすいことを言っていたのでご紹介したいと思います。


https://globalnews.ca/video/4836522/trudeau-stands-up-for-immigrants-as-town-hall-questioner-slams-islam
(1分ちょうどあたりからご覧ください)

それは動画から想像するに、タウンミーティングのような会場で、1人の男性がイスラム教徒が移民として入ってくることに対して懸念を表明した時のことです。

カナダはご存じの通り多様性をその国力の源泉に置いている国です。ですからこの質問者のように多様性を否定する発言はカナダの国是そのものを否定するとも考えられます。実際に会場ではその瞬間に大きなブーイングが起こりました。しかし、トルドー首相はその時このように言ってブーイングする市民たちを制止したのです。

「カナダのような国では、みなさんが恐れや懸念や意見を自由に言えて、かつ我々(政府)がそれに対応する機会があるときにしか民主制は機能しません。発言者の質問に対して敬意を払ってくださるようにお願いします。(質問者に)ご懸念を表明してくださり、ありがとうございます」


(山崎さん、書き起こしありがとうございました)

そしてこのように述べた後で、カナダの移民制度がきちんと機能していることや、多様性がカナダを強くすることを主張して、質問者のイスラム教徒に対する懸念が杞憂に過ぎないことをトルドー首相は述べます。

ここでもう一つ留意しておきたいことは、必ずしも相手の意見に同意しなければいけないわけではないということです。トルドー首相もこの場で「おっしゃる通りですね。その政策が実現できるように頑張ります」などのように質問者の意見を受け入れているわけではなく、むしろ明確にそれを否定しています。 (こういうことができるのも多様性の強さの一つなんですよね。)

この二つは紛らわしいので、もう一度はっきり書いておきたいと思います。

1.自分と違う意見の人、あるいは社会で一般的ではない意見の人にもその意見を主張する権利はあり、 その権利を行使することは何らモラルに反することではない。 社会はその権利を認めなければならない。

2.かといって必ずしもその主張に同意する必要があるわけではない。

たぶん今の日本の社会で必要としているのは2番目の概念なのではないかと思います。というのも日本はこれまで非常に同質的で多様性の低い社会でした。 民族的にもほとんどが大和民族ですし、豊かな方言はあっても日本語の通じないところはほとんどありません。そして「阿吽(あうん)の呼吸」「以心伝心」などと、言葉に出さなくても分かり合えることを美徳としてきました。 これらは多様性が低いことを前提にした文化です。つまり色々な意見を持っている人が少しずつ我慢しながら共存する社会ではなく、 基本的にみんなが同じ意見で、同じ価値観に基づいてまとまった行動をとるような社会なわけです。

このような同質的な社会では、同調圧力が非常に高く、 例えば茶髪の高校生は黒く染めることを強制されたりします。 また今回のトピックに関して言うと、断らなければいけないような頼み事をしたり、それを断ったりすることはモラルに反することだとされます。

ところで、サウジアラビアにいた時に、登録だけはされていて一度もクラスに来たことがない学生が学期末に僕のオフィスに来て「私は成績が必要なので落とさないでください」 と言われてびっくりしたことがあります。それでその後、「どうして日本人はこういう、こちらが断らなければいけないような依頼をあまりしないのだろうか」と思って、日本から来た人のコミュニケーションを観察していたことがあります。それでわかったことは、日本人は依頼を切り出す前に、その依頼が可能な状況なのかどうかを探る段階があるんですよね。 そして「どうやら依頼できる状況ではないらしい」と思ったら、無理な依頼はしません。無理な依頼はしないので、それを断る必要があるような状況はあまり発生しません。ですから、断らなければならないような依頼をすること自体がモラルに反すると認識されます。(多分ちゃんと研究した人がいるのでしょうが、その時のサウジアラビアはまだインターネットに接続されていなかったので、周りを観察するしかありませんでした。なお、このように「依頼を拒否しなければいけない状況を作らない」というのは、ヨーロッパでも非常に顕著に感じられたことで、カナダでもヨーロッパ系の移民の人は似たような傾向があります。)

そういえば今急に思い出したのですが、1982年の NHK大河ドラマ「峠の群像」で、赤穂藩の取り潰しを再考してもらえるように 緒形拳が演じる大石内蔵助が3回お願いするシーンがあるのですが、その当時は2回断られても、武士がまだ同じことを3回目にお願いするのは、その場で切り捨てられてもいいほど非常に無礼なことだったそうで、中学生だった僕は非常に驚いた記憶があります。 テレビドラマの話なのでどれだけ歴史に忠実なのかはわかりませんが、少なくともそこでもそうした依頼をすることがモラルに反することだと描かれていたのは事実です。

また、日本語では表現しにくい英語の表現として「Let’s agree to disagree.」というのがあります。直訳すると「同意しないことに同意しよう」という意味ですよね。 実際の意味としては「あなたの意見に同意はしないけど、あなたがその意見を持つことは認める」とか「あなたの意見に賛成はしないけど、歩み寄りは難しそうだから、この議論はやめましょう」というような意味です。つまり、先程あげた「2.かといって必ずしもその主張に同意する必要があるわけではない。」ですよね。今の日本に必要なのは、この考え方なのではないかと思います。これは多くの人が考えているより、ずっと重要です。

なぜこれが必要なのかというと、この前提がないと、1.で挙げた「自分と違う意見の人、あるいは社会で一般的ではない意見の人にもその意見を主張する権利はあり、 その権利を行使することは何らモラルに反することではない。 社会はその権利を認めなければならない。」が実現できないからです。

どんな主張でも、誰かが言い出してから社会に受け入れられるまで、多くの時間がかかるものです。ですから、社会に受け入れられなくても、マイノリティの人が声をあげるということはとても大事です。社会に受け入れられるまで長い間誰かが声を上げ続けて、初めて社会が変わることができるのです。そのためには、まだ社会がその主張を受け入れる準備ができていない間にも、誰かが声を上げ続ける自由が保障されていなければなりません。そしてそのためにはどうしても「2.かといって必ずしもその主張に同意する必要があるわけではない。」という考えが必要なのです。

これは言い方を変えると、多様性が低く同質的であることを求められてきた日本が、多様性を受け入れるために変化しなければならないということでもあります。

このブログの読者の皆さんがそれを望もうと望むまいと、日本は多様な社会へと大きく変化しています。民族的にも大和民族以外の人たちが増えるでしょうし、性的マイノリティの人も皆さんの目に多く触れることになるでしょう。また、政治的にも全く違う解決方法を望む人たちがそれぞれの主張をするでしょう。

それは社会のマジョリティーを占める人たちにとっては、時に不愉快な思いをする原因になるかもしれません。しかし、実は多くの人が何らかの面ではマイノリティーなのではないでしょうか。僕もジェンダーの面では異性愛の男性なのでマジョリティーに属していますが、例えば子供たちはホームスクーラーなのでその面では性的マイノリティーよりずっと数の少ないマイノリティに属しています。

そして、マジョリティーにとっては耳が痛かったり、ときには不愉快な思いをしたりすることになるマイノリティーの意見表明の機会を尊重することは、多くの人にとっても多様性の豊かさをもたらすと信じています。それは短いスパンで見れば痛みの方が多いように見えるかもしれませんが、長期的には必ずメリットの方が上回ると信じて疑いません。そしてそのためには、肉料理のイベントの入り口でビーガンの人たちが屠殺場の写真を展示することは、正当な権利であり、何らモラルに反さないということを社会共通の認識として共有していきたいと思っています。

繰り返しますが、ビーガンの主張する権利を認めるからといって、ビーガンの主張を受け入れて肉食をやめなければいけないというわけではないのです。肉が好きな人は肉を食べる権利があります。しかしそれと同時に、 ビーガンには自分の意見を主張する権利もあります。 冒頭でご紹介したビーガンの行動への批判として驚くべきことに「自分の意見を他の人に強制するのは良くない」「意見の押し付けは失礼」という書き込みが見られました(参考)。 しかし彼らは何も強制も押し付けもしていませんよね。実際に肉を食べに来た人たちが肉を食べることを禁止されたりしたことはないのですから。こうした反応の中にも、 多様性の低い同質的な社会に特徴的な、「何か主張されたらそれを拒否してはいけない」という前提があるように思います。

しかし多様な社会というのは、 自分とは違う人たちが「共存する」というところに大きな価値があります。自分とは違う考えを持っていても、その社会にいていいのです。そうした違う考え方を持っている人達が一緒にいれば、急激な変化にも対応できるし、それまでに体験したことがないような危機も乗り越えることができるのです。そのためには必ずしも自分が相手と同じようにならなければいけないわけではありませんし、相手を自分と同化させなければいけないわけではありません。そのようなことをすればそれは結局、画一的な多様性の低い社会になってしまい、意味がありません。

ビーガンが肉料理のお祭りで主張することぐらいは僕たちは認めなければなりません。多様性はその社会の強さの源になりますし、 皆さんの中のマイノリティとしての部分もその方が暮らしやすくなるのですから。

そして冒険は続く。

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【参考資料】
「ヴィーガンを強制しているわけではない」動物はごはんじゃないデモ行進の代表に真意を聞く!(2019/05/19 18:30)|サイゾーウーマン
https://www.cyzowoman.com/2019/05/post_233034_1.html


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posted by 村上吉文 at 20:53 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加