2019年04月27日

きれいじゃない My Friend

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日もフタコブラクダに揺られて吹雪の大氷原をを横断していますか? エドモントンはもうすぐ5月だというのに激しく吹雪いております。

さてご存じの方も多いかとは思いますが、日本人向けの英語教育ユーチューバーの界隈が荒れております。発端はこれ。

まだ「my friend」と言っていますか?日本人がよく間違える英語|IU-Connect英会話 #186 - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=a31wwKoBTWo

コメント欄にも多くの英語の母語話者が「それはおかしい」と書いていますが、以下のような動画も公開されています。

「my friend」って本当におかしい英語?????(英語 英会話 日本人がよく間違える英語) - YouTube

https://www.youtube.com/watch?v=9rsQw2uY9GI&feature=youtu.be

さて、皆さんはこのような動画を見て、最初の「my friendは日本人がよく間違える英語」という指摘をしたユーチューバーをどう思いますか? 少なくとも、「この人の話を鵜呑みにしてはまずいな」という感想は誰でも持つのではないでしょうか。場合によっては「ネイティブだからってマウント取りたいだけなんじゃないの?」と感じる人もいるかもしれません。

そして同じことは英語教育だけではなく日本語教育の世界でも言えます。

先日「きれいじゃないです」という日本語を誤用としなければいけないという日本語学校のことが Twitter で話題になりました。

そして僕はこうした表現を間違いだとしてしまう先生方の中に、自分が信用を失ってしまうというリスクをあまりにも低く考えている人がいるように見えることに懸念を覚えています。

いくら教室で教師が「それは間違いです」と主張したとしても(そしてそれに何らかの根拠があったとしても)、 最近の日本語学習者はそれをすぐに検証することができます。 Google で検索すれば、日本人が「きれいじゃないです」と大量に使っていることをすぐに知ることができるでしょう。そしてソーシャルメディア上で「きれいじゃないです、って間違い合って言われたんだけど本当?」と日本人に聞くこともあるでしょう。そうすると、多くの日本人は今日ご紹介した2番めの動画のように反応するのではないかと思います。このような状況で、これだけ大量に使われている表現を「間違いだ」と主張する教師を、学習者はどのように思うでしょうか。

信用していいかどうか分からない教材を使って勉強するのは、非常にフラストレーションがたまるものです。 教師もそれは同じ。

僕は時々「みんなの日本語」について否定的なことを書いていますが、この件に関してはむしろそれを使う側の教師の方に問題があるのではないかと思っています。というのも、「みんなの日本語」ができたのはまだインターネットが本格的に普及する前で、その頃は特に海外では学習者にインプットされる日本語を教師がほとんどコントロールすることができたのです。ですから、教えやすいように文型を積み上げることに専念することができました。それが自然かどうかということよりも効率を優先することができたのです。

もう一つの時代の変化は、その頃は話し言葉と書き言葉の区別が非常に大きかったということです。今のようにソーシャルメディアはありませんでしたから、話し言葉がそのまま文字化されることはほとんどありませんでした。印刷には印刷にふさわしい書き言葉の文体があり、話し言葉をそのまま文字化したようなチャットやメッセンジャーや Twitter などはその頃はなかったのです。ですから話し言葉でよく使われる表現が大量に目に入るようなことが想定されていなかったのは当然です。

当時はそのような時代だったので、「きれいではありません」だけを扱うとしてもそれはそれほど不自然なことではなかったのかもしれません。もちろん、そのように教える文型を簡略化することは、 教える時間数などによっては、悪いことでは全くありません。ですからこの点に関しては「みんなの日本語」という教科書が悪いわけではありません。

問題なのは、未習語彙や未習文型を使わないことだけにこだわって、日本語を習得する上でそれがプラスなのかマイナスなのかを考えない教師側にあります。 それが「きれいじゃないです」のように実際に大量に使われている表現を「誤用」と断じてしまったり、逆に「ビザを更新しますの人」などのように明らかな非文を学習者にインプットしてしまったりすることに繋がっています。 その背景にはもちろんそういう教師を大量に輩出している養成講座があります。(まともな養成講座ももちろんありますが)

昔はある程度学習者の触れる言語をコントロールすることもできましたが、今は違います。また、教師が言っているのが正しいのかどうか、すぐに検証することも可能になりました。教えやすいかどうかという教師側の都合では授業ができなくなっているのです。こうした変化を受け入れ、言葉の実態からあまり外れないような授業をしていきたいと、少なくとも僕は思っています。

そして冒険は続く。

【参考資料】
むらログ: 『みんなの日本語』を最も多く使う日本語教師はどのぐらいいるのか
http://mongolia.seesaa.net/article/461581891.html

むらログ: 養成講座は現場と乖離しているのか
http://mongolia.seesaa.net/article/450932448.html

【コメントはソーシャル・メディア上の記事別ページヘどうぞ!】
http://b.hatena.ne.jp/entry/mongolia.seesaa.net/article/465398263.html
https://adventurers-hideout.slack.com/archives/CB6K25MCY/p1556370017000200
https://www.facebook.com/murakami.yoshifumi/posts/10218283176252816
https://twitter.com/Midogonpapa/status/1122122900071309312

【『冒険家メソッド』と電子書籍「むらログ」シリーズを購入して海外にルーツを持つ子どもたちを支援しよう!】
2014年以降のこのブログの内容はKindle本にもまとめられています。2019年中にこちらの本をご購入になると、その収益は全額が「海外にルーツを持つ子どもと若者のための日本語教育・学習支援事業」を実施しているNPO法人YSCグローバル・スクールに寄贈されます。ココ出版の『冒険家メソッド』は初版の本体価格の5%が同センターに寄贈されます。
https://amzn.to/2RiNThw

「むらログ」更新情報のメール通知を希望される方は、こちらでご入力ください。
https://forms.gle/4pjSC8DmmW8BEbUv8
posted by 村上吉文 at 21:51 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加