2019年04月07日

料理は文化資本ではない

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日も空賊から逃げようとして飛行船から足を滑らせて真っ逆さまに落下していますか?

さて、僕は皆さんもご承知の通り「技術がどのように社会を変えるか」ということに興味を持っているので、勝間和代さんのブログをよく読んでいます。それからこれは本当に偶然なんですが、年初から単身赴任になったので料理についても前より関心を持つようになりました。勝間和代さんはテクノロジーだけではなくて料理についてもかなりいろいろなことを書いていらっしゃるんですが、そしてその料理も様々なテクノロジーを応用したものであったりするところも面白いので、僕も今更になって勝間さんの料理に関するブログの記事を読むようになりました。

最近、勝間さんのブログの料理に関する議論で面白いと思ったことがあります。それは、1人の読者のコメントで、そこには「料理ができるのは文化資本に恵まれている人だけだ」と言うようなことを「はてなブックマーク」のコメントとして書いていたのです。ちなみに、勝間さんのブログは、はてなブックマークのコメントがその記事の中に埋め込まれていて、そこで「はてなブックマーク」の読者同士が意見交換をしたりすることもできるようになっていて、これも非常に面白い仕組みだと思います。

話がそれてしまいましたが、こうしたコメントに対して、勝間さんは「それももしかしたら文化資本なのかもしれない」と言うようなことを書いています。勝間さんは子供の頃から家族で一緒に料理をしたりしたことがあったそうで、そうした経験が文化資本として今勝間さんがいろいろな新しい料理方法に挑戦する下地になっていると、何人かの読者と勝間さん自身も認識していらっしゃるようです。

そして、勝間さんがブログに書いているような安上がりで簡単な料理をするのには、実はそうした文化資本が必要で、そうした資本に恵まれていない人たちはそんなことはできないのだという指摘もありました。

しかし、僕から見ると明らかにそれは違うと思うのです。なぜなら、僕自身は学生時代と結婚前にほんのちょっとだけ自炊をしていただけで、料理に関しては全くそうした文化資本には恵まれていないからです。子供の時も母親の料理のお手伝いなどをした事は1度もないように思います。昨年夏に1時帰国した時に、もう料理などが難しくなってきた両親の代わりに僕が作ったりした事はありますが、本当にそれだけだと思います。

それでは料理という文化資本に恵まれていない僕は勝間さんの真似ができないのかというと、実は結構参考にしているところがあります。といっても、勝間さんが所有しているような高級な調理器具は1つも持っていなくて、僕が使っているのは、妻が友人から無料でもらったスロークッカーだけです。しかし、スロークッカーだけでも、コストも手間もかけない勝間さんの料理方法は、その全てとは言いませんが、ある程度は真似をすることができますし、それは僕の生活を大きく変えています。スロークッカーを使っているので、例えばフライパンで野菜に火が通るまで炒めるとか、そんな時間は一切かかりません。ときには僕もフライパンで野菜炒めを作ったりすることもありますが、やっぱりそういうのは非効率で無駄な時間だと思ってしまいます。そういう意味で、勝間さんに効率的な料理方法をブログを通して教えてもらっていることについてはとても感謝しています。

それでは、「自分には文化資本がないから無理だ」と言って勝間さんにケチをつけるだけで真似しようとしない人や、同業者の中でも何十年も前の旧態依然としたやり方を今になっても続けている人と、僕は何が違うのだろうかと考えてみました。先ほど申し上げましたように、料理の経験などが関係しているわけでないことは明らかです。

これもちょっと極論かもしれませんが、僕が思うに、それは「引っ越しの回数」なのではないかと思います。今数えてみたら僕はこれまで16回引っ越してきました。正確に言うと、同じ場所に戻ってきたときの引っ越しは入れていないので、16の家に住んできたと言うことになります。

「引っ越しの回数」というと散文的すぎるかもしれませんが、要するにどれだけ違う環境を経験することができたかということです。環境が変わると、いずれにせよいろいろなやり方を変えなければなりません。中には僕自身が納得できていなくても、仕方なく環境に合わせて今までとは違うやり方をしなければいけないこともあります。そういう意味では、一度も引っ越しをしたことがなくても、転校や転職をしている人はある種の文化資本に恵まれているということができるのかもしれません。仕事も数えてみたら、非常勤も入れると13カ所の機関で働いてきました。(学生の時のアルバイト等は除きます。)

たとえ不本意な変化を含むとしても、今まで変化にさらされている人は、新しい機会に飛び込むことにそれほど大きな恐れは抱かないでしょう。なぜなら、引っ越しをしても死なないぐらいの事はわかっているからです。そして最初は不便でも慣れてくれば、じきに不便でなくなるということもその経験から予測できるからです。そしてどうしても嫌だったらまた引っ越せばいいということも分かっています。そしてさらに、引っ越しというのは一種の「リセット」で、いらなくなったものを捨てたり、最近の新しいものを取り入れたりする機会としてもありがたいということも知っています。

と言うことで、もし皆さんが「成長の機会に恵まれていない」と思ったら、まずは他の街や他の国に引っ越してみるのはいかがでしょうか。お金なんかなくてもいいんですよ。僕が最初に自宅を出たのは、20歳の時にカナダにワーキングホリデーで渡航した時のことでした。昔話をするとおじさんぽくなるので嫌ですが、カナダに行くだけの飛行機代しかありませんでした。それにしてもこういう昔の自分の話をするのは何だかとてもおじさんぽいというか老害っぽい感じがするのは何でなんでしょうね。

そして冒険は続く。

【参考資料】
自炊能力を身につけるためには、試行錯誤のための余裕が必要。自炊能力=文化資本 - 勝間和代が徹底的にマニアックな話をアップするブログ http://katsumakazuyo.hatenablog.com/entry/2019/04/03/201652

自炊=文化資本の話の続き。要は、自炊を自在にできるようになるのは、語学やスポーツの鍛錬と同じ、ということだと解釈。その時間を投資できる余裕が無いといけない。 - 勝間和代が徹底的にマニアックな話をアップするブログ http://katsumakazuyo.hatenablog.com/entry/2019/04/03/204242

むらログ: 行動中心アプローチとアバンダンスの時代
http://mongolia.seesaa.net/article/461948279.html

むらログ: 発想力の源泉について
http://mongolia.seesaa.net/article/463354713.html


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posted by 村上吉文 at 10:37 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加