
冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?
さて、父の葬儀の晩、臨時国会で入国管理法改正案が可決されました。父は「火垂るの墓」の主人公清太と同じ年齢で、激動の昭和を生き、日本が移民国家となることが正式に決まる議論まで見届けて逝ったわけですね。
そういう事情で、日本語教育に関するここ数十年間で最大の政策転換にも関わらず、あまり報道を追えていなかったのですが、12月9日付の読売新聞の社説によると、
新資格で入国した外国人労働者は、失業しても、 同じ分野なら転職できる。帰国を余儀なくされた技能実習制度と異なり、生活の安定につながろう。とのことです。
実は僕は可決された法案(と言うか、すでに法案ではなく実際の法律の条文なわけですが)にまだ目を通していないので正確なところがわからないのですが、読売新聞の社説でいう「失業」が自己都合による失業、つまり退職も含むのだとすれば、これは大きな改善点ではないかと思います。国会の議論はかなり荒れていたようで、問題も山積みだと報道されていますが、この点だけはきちんと評価されるべきでしょう。
というのも、多くの技能実習生などはブローカーに多額の借金をして来日しているため、日本の経営者がどれだけ搾取やパワハラやセクハラなどを行っても、選択肢が「多額の借金を抱えたまま仕事を辞めて母国に帰る」か「失踪して闇の社会に入る」かの二つしかなかったからです。
しかし自分の意思で退職して、合法的に日本で転職することができるようになれば、そうした企業では働く必要はありませんし、企業にとっても戦力を失うような搾取はできなくなるでしょうから、これまで起きてきた多くの問題が防げるのではないかと思っています。
実はこれまで2回このブログでも、「ブラック企業と戦うための行動リスト」というのを公開してきたわけですが、 この行動リストの中の「職場を辞める」という行動に関しては、外国人労働者にとってその選択肢はないものと思っていました。この行動リストは、その行動が行えるようになるための日本語の教材を開発してもらうための材料として作っているのですが、今回新たに「職場を辞める」という選択肢を外国人労働者が得たことにより、その教材で扱うべきコンテンツにも追加されるべきではないかと思っています。
ということで、今まで僕が本などで目にしてきた順番に、無秩序に羅列してきた行動リストを、教材を作りやすい形に少し整理してみました。もちろん「仕事を辞める」という行動も含まれています。 余裕があれば僕自身もこれらの行動ができるようになるような日本語の教材を作りたいとは思っていますが、実際のところあまり余裕がないので、どなたかがこの行動の一部でもいいので教材化してくれたら大変ありがたいです。
こちらが今回公開する行動リストです。
「ブラック企業と戦うための行動リスト(最終版)」
https://docs.google.com/document/d/1KqegOtxHDPf_ht2Q_FrDWe3nuKp70LeJVXKzTU-kLKE/edit?usp=sharing
リストはある程度階層化されているので、読みやすいのはこちらのリンク先を見て頂きたいのですが、多くの読者はリンクを開かないということを僕は経験から知っているので、ちょっと見にくいですが最後にベタ打ちしたものをコピペしておきます。これで興味をお持ちの方は、できれば上記のリンクをご覧ください。
なお、これらの行動は、要求される日本語のレベルが非常に多様だということにすぐに気づかれるのではないかと思います。実際のコースデザインでは、これらの行動に「あらかじめめ準備をすることができれば」などの条件をつけたりして、レベルを一定に調整します。これらは能力記述文とかキャンドゥステートメントとかディスクリプターとか呼ばれて、 行動中心アプローチのコースでは授業の目標や評価の基準として、何度も使われます。文型シラバスでいう文型のようなものです。
ある程度力のある日本語教師にとっては、 やるべき行動さえはっきりしていれば、その行動リストから能力記述文を書いたり、それをもとにコースデザインすることは難しくないと思います。簡単に言うと、普通の日本語教師にとってはブラック企業と戦う時に何をすればいいかが分からないので、それを日本語の教材にしたり、コースを開発したりすることができないわけですよね。僕がこれらの行動リストを作ってみたのは、その部分をクリアしたかったからです。
日本が公式に移民社会へと大きく舵を切ったことにより、日本語教師の社会的な責任はこれまでになく重要になりました。移民が奴隷としてブラック企業に搾取されるのか、それを防ぐことができるのかは、僕たち日本語教師の肩にかかっています。日本語教師の皆さんは、搾取する側に回るのではなく、こうした行動がとれるような日本語を教えることにより、彼らが人間らしい生活を送るための支援をする側に回っていただきたいと思っています。
以下が行動リストのベタ打ちです。
自分の働いている会社がブラック企業かどうかを判断する
賃金が最低賃金以上か確認する
自分が住んでいる県の最低賃金を確認する
地域別最低賃金の他に特定産業別最低賃金を調べる。
残業代が支払われているか確認する
給与明細を読む
給与明細の労働時間が勤務記録どおりか確認する
自分で勤務時間を記録する
深夜などの割増した残業代が支払われている確認する
賃金から控除されているものが法令で定められているもの(所得税・地方住民税の源泉徴収や健康保険・厚生年金保険・雇用保険などの社会保険料)か労使協定で決められたものかそれ以外かを確認する。
給与明細を読む。
控除の意味を質問する。
控除についての労使協定を確認する。
会社の名前と過労死、パワハラ、セクハラなどのキーワードで検索して、ブラック企業かどうかを判断する
2ちゃんねる や質問サイトでその会社の名前で検索し、検索結果を自動翻訳で見る
労働契約を理解する(少なくとも以下の4点)
1.働く場所
2.業務の内容
3.給料
4.働く時間など
厚生労働省が発表したパワハラの6つのパターンに該当するかを考える
1.身体的な攻撃 暴行・傷害
2.精神的な攻撃 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
3.人間関係からの切り離し 隔離・仲間外し・無視
4.過大な要求 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
5.過小な要求 業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
6.個の侵害 私的なことに過度に立ち入ること
男女雇用機会均等法のセクハラの定義に該当するか判断する
1.発言型
2.身体接触型
3.視覚型
労働時間が過労死ラインを超えているか確認する
「直前の1ヵ月の残業時間が100時間以上」か、「直前の2ヶ月から6ヶ月間の残業時間の平均が80時間以上」だったら過労死の可能性を考える
「みなし労働時間制」とか「裁量労働性」と言われたら規定通りに手続きされているかを確認する
就職四季報で離職率を調べる。30%以上の会社は要注意。(有料なので難しいかも)
搾取を防ぐ
理不尽な要求を拒否する
理解できない書類にサインを求められたら拒否する
まだ帰れないのにタイムカードを押すように言われたら拒否する
印鑑を預けろと言われたら拒否する
貯金の管理や銀行の通帳や印鑑の管理を申し出られたら拒否する
時間外労働の内職を指示されたら断ることができる。
退職勧奨を受けたら断る
辞表を書くように強いられたら拒否する
休憩中に働いた分の給料を請求する
1日8時間または1週間に40時間を超えて働いた場合、残業代をもらう
週一回の休日に働いた場合、残業代をもらう
深夜に働いた場合には割増した残業代をもらう
労働組合を自分で作る
書類にサインする前にその意味がわかる人に確認する
ユニオンに加入したことを経営者に通知する
入国前に講習の一部を受けている場合は一か月以上の座学の講習を受ける。
証拠をとっておく
何時から何時まで働いたかメモする
残業時間を記録する
自分の働いた時間の記録と給与明細で残業代の未払いがあることを示す
給与明細を保存しておく
経営者が贅沢な生活をしていることを示すものがあれば写真で撮っておく
不当な解雇を防ぐために、仕事の成績を示す表などが社内に貼られていたらそれを撮影しておく
不当な解雇を防ぐために、自分が担当して作成した成果物をコピーするなり写真を撮っておく
会社側が注意書を乱発してきたら受け取りを拒否してその時のやりとりを録音しておく
怪我をした場合は医師の診断書を保存しておく
言葉の暴力や暴言ならICレコーダーやスマートフォンで録音しておく
メールで暴言がなされる場合もプリントアウトしておく
理解できない書類にサインをしてしまったらコピーをもらうか、写真を撮る
パワハラやセクハラに関しては1冊の記録手帳を作って毎日メモをする。何もなかった日には何もなかったと書いておく
ハラスメントに関してはいつどこで誰が何をして自分がどう感じたのかを記録しておく
改善の見込みがないことを示すために、内容証明郵便かメールで違法状態を解決するように会社に請求する
トラブルに対処する
労災を申請する
そのために会社を管轄する労働基準監督署に請求書を提出する
そのために請求書を厚生労働省のホームページからダウンロードする
労働基準監督所で請求書の書式をもらう
労災の場合は労災指定病院という所で治療を受ける
労災保険を利用して治療を無料で受け、休んでいる間の生活費ももらう
仮処分を申し立てて給料を払わせる
自主退職を促された時に返事を延ばす
賃金仮払い仮処分を受ける
給料の支払いが遅れた場合、遅延損害金を請求する
弁護士に裁判所から執行命令をとってその会社の銀行口座を差し押さえてもらう
証人尋問で証言する
証人尋問での弁護士の質問を理解する
被告側の証人尋問を理解する
デモ行進する
会社の前で様々な抗議活動する
組合で残業代などを伝える
懲戒処分を受けたときは就業規則等のどの規則に書いてあるかを確認する
懲戒処分の前に弁明の機会を利用して弁明する
減給額が賃金総額の10分の1を超えていないか確認する
制裁としての減給額が平均賃金の半日分を超えていないか確認する
解雇の30日前に解雇予告を受ける
30日前に解雇予告を受けなかった場合は不足日数分の賃金を受け取る
30日の予告なく解雇された場合、解雇予告手当の支払いを請求する
理不尽な損害賠償請求を無視する
未払いの賃金や残業代を請求する
労働組合を通して強制的に団体交渉に入る
解雇の理由を求めて解雇理由証明書を受け取る
正当な権利を行使する
規定通りの休憩を取る
休暇を申請する
6カ月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤したら有給休暇を申請する
使用者の承認を受けずに外出及び外泊する。
雇い入れられた時に健康診断を受ける
一年以内ごとに一回健康診断を受ける
有害業務についている場合、特殊健康診断を一定期間ごとに受ける
来日後1年以内に2ヶ月以上の座学の講習を受けなかったらそれを要求する
以下の危険有害業務に従事するときは 特別教育を受ける
1.クレーン ( つり上げ荷重5トン未満のもの )、移動式クレーン ( つり上げ荷重1トン未満のもの ) の運転
2.玉掛け作業 ( つり上げ荷重1トン未満のクレーン、 移動式クレーンに係るもの )
3.フォークリフト等荷役運搬機械 (最大荷重1トン未満のもの)の運転
4.動力プレスの金型等の取り付け、取り外し、調整
5.アーク溶接
外部にSOSを発信する
労働基準監督署
厚生労働省のウェブサイトで全国の都道府県の労働基準監督署の所在地を調べる
労働基準監督署で「相談ではなく申告に来た」と伝える
労働基準監督署に顕名申告する
労働基準監督署に匿名申告する
労働基準監督署に会社の違法状態を立証する記録や証拠を持っていく
労働基準監督署で会社が改善する見込みがないことを示す
労働基準監督署で労災を申請する
入国管理局
時間外労働の内職を指示されたら入国管理庁に連絡することができる。
賃金の不払いがあった場合は入国管理庁に知らせる。
割増賃金の不払いがあった場合は入国管理庁に知らせる。
最低賃金額未満の支払いがあった場合は入国管理庁に知らせる。
セクハラについては各都道府県に設置されている労働局へ申告する
労働組合に加入する
記者会見で世間に公表する
マスメディアに取り上げてもらう
合同労組に加わる
映像を動画サイトで配信する
メディアを使って会社にプレッシャーをかける
地方裁判所で労働審判に申し立てる
労働審判の調停案や審判を読んで和解するか民事裁判で争うかを考える
労働審判の申し立てから40日以内に詳細な申立書を行政書士などに頼んで作成してもらう
ユニオンで相談する
ユニオンなり労働関係のNPOに相談に行きその勉強会に出席する。
そこで友人や知人を作る。
posseやユニオンサポートセンターに電話して信頼できるユニオンを紹介してもらう
家から通える距離にあるユニオンを探す
複数のユニオンを回って自分に合っているところを見つける
自分に合わないユニオンには脱退届けを出して辞める
弁護士に相談する
日本労働弁護団の電話相談で相談をする
弁護士会が運営している法律相談センターに予約して法律相談を受けてもらう(ただし有料)
日本労働弁護団やブラック企業被害対策弁護団の無料電話相談窓口で相談する
日本労働弁護団の無料電話相談を受ける
ブラック企業被害対策弁護団で相談を受ける
法テラスの無料面談で相談を受ける
法テラスで相談する
法テラスの弁護士報酬の費用を建て替え制度を利用する
特定社会保険労務士に労働審判の申告書作成や斡旋の代理を依頼する
NPO法人「労働者を守る会」の月一回の無料相談に行く
各都道府県労働局や全国の労働基監督所に設置された総合労働相談センターを訪ねる
労働者健康福祉機構による未払い賃金建て替え払い制度を利用する
不当労働行為の問題を都道府県の労働委員会に申し立てをする
各都道府県の労働局の紛争調整委員会に対し斡旋の申請をする
申告する内容を事前に整理して資料を作る
労働相談の窓口で信頼できるものとそうでないものを区別する
複数の労働相談窓口で意見を聞く
労働局で斡旋を依頼する
労働審判制度を利用する
労働組合で同じ状況に身を置く同世代の若者とのネットワークに参加する
同じようなトラブルに悩んでいる人の話を聞いて自分の経験を語る
おかしいとか辛いとか思ったらすぐに専門家に相談する
都道府県労働局及び労働基準監督署に設置している「外国人労働者相談コーナー」で相談する
「外国人労働者向け相談ダイヤル」で相談する
辞める
辞める準備をする
「あと1年は続けられない」と思ったら他の方法を考え始める
会社を辞めるか、会社に残って働き方を変えるかを考える
会社と交渉するか、しないで辞めるかを決める
会社の就業規則を確認して、何日前に退職を申し出るかを確認する
就業規則がわからないときは民法で決まっている14日前に予告して退職する
会社側が違法行為をしているときは「明日から行きません」と予告して辞める
「14日後に辞めます。明日から14日間は有給休暇を取ります」と言って辞める
引継ぎが終わるまで働けと言われても辞める
繁忙期が過ぎるまで働けと言われても辞める
有給休暇を全部消化してからやめる
退職届を書く
退職日の2週間前に退職届を出す
内容証明郵便で退職届を送る
電子メールで退職届を送って記録を残しておく
「やめてもいいか」を聞くのではなく、「辞めます」「退職します」とはっきり書く
「退職願い」ではなく「退職届」を書く
辞表を書くように強いられたら拒否する
本当に自己都合退職ではない時は辞表を書かない
退職後
退職後に電話やメールをしつこくよこしてくる場合に「今後の連絡はすべて文書にしてください」と通告する
予告した退職日が来たら出社しない
その他
民事訴訟にするか仮処分にするか労働審判にするかを決める
その会社の強みと弱みを考える
合意書に「お互いに不利益な言動行動を取らない」という条項を入れる
技能検定基礎2級などに合格する。
労働基準監督局に提出してある就業規則を確認する(労働者が10人以上いる場合)
寄宿舎規則を読む。
寄宿舎の警報装置、消火装置、避難階段を確認する
労災保険に加入しているか確認する
生活保護を申請する
ハローワークに申し出て雇用保険に加入する
生活保護の利用を検討する際にはポストやNPO法人「もやい」などの支援団体に事前に相談をしておく
心ある日本語教師のみなさんが、こうした行動ができるようになるような日本語を移民の皆さんに教えてくれることを祈っています。
そして冒険は続く。
【参考資料】
改正入管法が可決、成立 外国人労働者の受け入れ拡大:朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASLD774W1LD7UTFK033.html
改正入管法成立 外国人就労拡大へ課題は多い : 社説 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20181208-OYT1T50130.html
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むらログ: ブラック企業と戦うための行動リスト その1
http://mongolia.seesaa.net/article/462464678.html
むらログ: ブラック企業と戦うための行動リスト その2
http://mongolia.seesaa.net/article/462762092.html
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