2018年04月30日

デジタルバッジと学校の解体

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


画像2018 (4).png

冒険家の皆さん、今日も息も絶え絶え、回復の泉にたどり着いていますか?

さてデジタルバッジ関係でまた僕も知らないうちにいくつか動きがあったようなので、備忘録を兼ねてここに共有しておきたいと思います。

まずここまでの復習ですが、デジタルバッジというのはとても幅の広い概念で、例えば「他の学習者を助けた」というような行為について教師が発行するデジタルバッジもあれば、もう少しフォーマルなものとしては、教育機関などが発行する小さな履修証明書のような場合もあります。この場合は、デジタルバッジという言い方の他に、「マイクロクレデンシャル」という言い方をすることもあります。「クレデンシャル」というのは履修証明書というような意味ですから、 マイクロクレデンシャルというのは、文字通り「小さな履修証明書」という意味になりますね。

どうして「マイクロ」という言葉が使われているのかと言うと、そこに記されている内容が大学卒業証明書などに比べてもっと小さい単位だからです。大学卒業証明書などはそれを取得するのに何年もの期間を必要としますし、そこで身につけた能力が必ずしも具体的に記載されているわけではありません。また、企業などから見ると特に必要のない能力を身につけないとそうした証明書がもらえないこともあります。例えば体育などの単位も大学を卒業するためには必要な場合が多いですが、そうした単位を取得できない身体障害者などが企業では役に立たないのかと言うと、多くのホワイトカラーの仕事にとって、そんな必要は全くありません。

こうした動きについて僕は自律学習の面から非常に面白いなと思っていました。このブログに書いたこともありますが、従来の「教師が一種類のテストを作ってそれに学習者が回答する」ような評価の方法では、自律学習のような多様な学習内容が同時に存在するような教室ではうまくいかないからです。しかし、それとは全く別にこうしたデジタルバッジやマイクロクレデンシャルのもたらす世界は、もしかしたら教育機関の存在意義そのものを見直すことになりかねない大きな影響を持っているのではないかと思い始めています。それは、僕がいつもこのブログで紹介しているウィル・リチャードソンの1年ほど前のポッドキャストで、 「大学はリスクなのか」というタイトルの話をしていたのを聞いたからです。

Is College a Risk? The Modern Learners Podcast #21 - Modern Learners
https://modernlearners.com/college-risk-modern-learners-podcast-21/

ここでは大雑把に言ってしまうと、「大学で平均的な人のための平均的な内容を四年間という貴重な時間と、莫大なコストをかけて学ぶのは、 マイクロクレデンシャルなどで自分の勉強したことを証明できる現在、リスクの高い生き方なのではないか」という疑問が提示されていました。

もちろん、大学入試のための日本語を教えている人にはもちろん大学入試に成功したという証拠は役に立つだろうと思いますし、海外で働くビザを取得するために学歴が必要な人などもいらっしゃいますから、学歴が全く必要ないなどと現時点では言うことはできません。 しかし、特定の能力を必要としている組織に雇ってもらうという点では、莫大なコストと貴重な数年間と言う時間を投資することはむしろ危険なのではないかという指摘です。

こうした動きが普及するにつれ、自分が必要とする能力だけを複数の教育機関を利用してそれぞれ別々に勉強する人たちが現れてきました。ただ、次に問題になってきたのが、それらのマイクロクレデンシャルが異なるプラットフォームで作られているということでした。 そのため、ゲームで例えれば、モンスターハンターをクリアしたという証明ならプレイステーションの証明が必要で、スプラトゥーンをクリアしたという証明ならWiiUのデータが必要というような状況が発生していたのです。ゲームのプラットフォームならそれほど数が多くないので困りませんが、現在、Badge Alliance というマイクロクレデンシャル関係の団体には、18ものプラットフォームが登録されています。

ところが、こうした複数のプラットフォームを一つのアカウントで統合しようという動きがここのところ始まっています。例えば、以下の記事では10のマイクロクレデンシャルの発行機関(つまり大学などの教育機関)を抱えている三つのプラットフォームが統合されていることがわかります。

Concentric Sky | Introducing Badgr Pathways
https://www.concentricsky.com/articles/detail/introducing-badgr-pathways

そして、こういうデータ共有の動きが普及すると、いろいろなところで別々に学んだ内容が、たとえばジョージア州教育省などの規定するカリキュラムを満たしていれば高卒の数学の単位として認められたりするわけです。上の例ではバイオテクノロジーの単位の例なども紹介されていますね。

また、たとえばITエンジニアに日本語を教える教師を探している組織が、ヒューマンなどの日本語教師養成講座を修了して、かつデジタルハリウッドなどでプログラミングのコースを修了した人を見つけるようなことも簡単にできるようになるでしょう。

こうした社会では、特定の教育機関に所属することの意味はほとんどなくなります。信州大学のように学長が自ら「スマホやめますか、それとも信州大学をやめますか」と新入生に迫るような場合は、その大学にいることよりもスマホを選択することが簡単にできるようになるでしょう。黒染め強要などのばかばかしい制度も生徒たちのほうが置き去りしにしてしまうでしょう。だってそんな学校に行かなくても高卒の単位は取れるのですから。

ただ、心配なのはこうした動きに対応している日本の教育機関がほとんどないことです。中嶌康二・藤島真美・合田美子らによる「米国におけるオンラインコース向けデジタルバッジに関する事例調査と国内での活用の検討」という2016年の論文では、

「日本国内の教育現場への導入は,放送大学 MOOC「NIHONGO Starter(にほんご にゅうもん)において,修了者にデジタルバッジを付与するという事例があるが,オープンバッジのスタイルで実施している他の事例は見当たらない.」


ということですから、少なくとも2016年の時点では日本語教育以外の世界では全くデジタルバッジは使われていなかったということになります。僕自身はこの「Nihongo Starter」はリアルタイムで見ていたので、「日本にもようやくデジタルバッジが普及し始めているのかな」と思っていたのですが、実は日本では最先端の事例だったんですね。(ちなみにこのコースのコンテンツは国際交流基金が開発しています。)

こうしたデジタルバッジについて、学習者の視点からは「ポートフォリオとして学習内容を自分で振り返る」「次に何を勉強するかを考える」「就職活動の時に企業に見せる」などのことができるようになります。

一方で人材を採用する企業からは、「こうしたことをすでに学習した人を採用する」という方向でも使うことができるだろうと思いますし、すでに採用した人について「これからこうした能力を身につけてほしい」という指示をすることにも使えるでしょう。例えば海外の企業で日本に ITエンジニアを派遣するような場合は、 「ITエンジニアのための日本語」というバッジや、「コンビニで買い物をするための日本語」というようなバッジをオンラインでとった社員を派遣するというような事例も考えられるでしょう。 もちろん、この二つのコースが別の教育機関によって提供されていることもあるはずです。また、各種の教育機関の提供する教育コンサルタントが、「あなたの夢を実現するには、この学校のこの授業と、あの学校のあの授業を取るといいですよ」とカリキュラムをデザインするようなこともできるようになるでしょう。

このように、広い意味でのデジタルバッジや、もう少し狭い意味でのマイクロクレデンシャルなどの動きは、従来の意味での教育機関の枠組みを解体しようとしています。 こうした変化に対応し、自分たちも積極的にデジタルバッジを発行していこうという教育機関は生き残ると思いますが、そうでない教育機関は解体されてそれでお終いになってしまうのでしょう。今、日本の教育機関でそのような動きがほとんど見られないことに、僕は大きな危機感を持っています。

そして冒険は続く。

【参考資料】
むらログ: デジタルバッジ
http://mongolia.seesaa.net/article/404911319.html

むらログ: 宝箱システム 多様性の中の評価
http://mongolia.seesaa.net/article/454841589.html
(自律学習コースにおけるデジタルバッジを利用した評価方法について書いています)

Is College a Risk? The Modern Learners Podcast #21 - Modern Learners
https://modernlearners.com/college-risk-modern-learners-podcast-21/

Digital Badge Credentials + the Future of Pathways – Verses Education – Medium
https://medium.com/verses-education/digital-badge-credentials-the-future-of-pathways-88092b99c742

Concentric Sky | Introducing Badgr Pathways
https://www.concentricsky.com/articles/detail/introducing-badgr-pathways

Badge Alliance ≫ Badge Issuing Platforms
http://www.badgealliance.org/badge-issuing-platforms/
(18のデジタルバッジのプラットフォームを見ることができます)

中嶌 康二・藤島 真美・合田 美子(2016)「米国におけるオンラインコース向けデジタルバッジに関する 事例調査と国内での活用の検討」
http://kyotenh26.gsis.kumamoto-u.ac.jp/wp-content/uploads/sites/5/2015/05/3f6625749c07049555e82f891e863ac9.pdf

【コメントはソーシャル・メディア上の記事別ページヘどうぞ!】
https://www.facebook.com/MurakamiTheAdventurer/posts/2057596561194818
https://plus.google.com/+YoshifumiMURAKAMI/posts/5NeUT87Lpoz
https://twitter.com/Midogonpapa/status/990932653753876480

【電子書籍「むらログ」シリーズを購入して外国にルーツを持つ子どもたちを支援しよう!】
2014年以降のこのブログの内容はKindle本にもまとめられています。2018年中にこちらの本をご購入になると、その収益は全額が「外国にルーツを持つ子どもと若者のための日本語教育・学習支援事業」を実施しているNPO法人青少年自律援助センターに寄贈されます。電子書籍はスマートフォンのアプリでも読むことができます。
http://amzn.to/2mfh46q
posted by 村上吉文 at 21:20 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加