

冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?
さて、今日は自律学習に関するよくある誤解に基づく批判について書いてみたいと思います。なお研究者の間では「オートノミー」という言葉がよく使われますが、この外来語自体を知らない人にも読んでいただきたいと思いますので、今日の記事の中では、代わりに「自律性」という言葉を使いたいと思います。 また、 「自律学習」というのは学習者が自分で学習の目的や方法を決めて取り組むクラス形式の学習活動のことです。「自律的な学習」というのは一斉授業なども含め、一部でも学習者の自律性を重視した学習活動のことです。
今日触れてみたいのは、「自律学習は全く自律的ではない」という批判です。なぜなら、「自律学習をしなさい」と教師が指示しているからです。
これについては、正しい部分とそうでない部分があります。正確に言うと、学習者にとって違います。
もともと自律性を確立している学習者にとっては、教師に指示されたからといっても強制されて自律学習に取り組むわけではないので、自律的ではないという批判は当たりません。一方、自律的ではない学習者にとっては、確かに自律学習はそれほど自律的な学習ではありません。やりたくもないのに教師に指示されて渋々やるのは、全く自律的ではありませんよね。
しかし、だからといって自律学習が矛盾しているというわけではありません。なぜなら、自律学習というのは自律的な学習者が自律的に学習する学習方法であるというだけではなく、 自律的ではない学習者に自律性を身につけてもらうための学習方法でもあるからです。 例えば「日本語学習」と言った時に、ある程度日本語ができる人が日本語だけを使って学ぶ方法だけではなく、日本語を全く話せない人が媒介語を使って日本語を学ぶ場合もありますよね。自律学習も同じようにまだ自律性を身につけてない人に自律性を身につけてもらうという側面もあるのです。その場合は当然、自律性を少しずつ高くしていくステップが必要ですから、教師による決定や指示が必要な場合ももちろんあります。
こうした誤解の背後には、人間の自律性について、生涯不変の性格か何かのように認識していることもあるようです。確かに、先生に指導されることなく自分で自律性を身につけて自律的に学んでいくことができるようになる人もいます。しかし、段階を経て少しずつ自律性を与えられて身につけた人もいます。そして、教師の支援によって「自律性は育てることができる」というのが、多少なりとも学習者の自律性に関心のある教師たちの間の一致した考えではないかと思います。
例えば学習者の自律性に関する研究の日本における第一人者である青木直子先生は、以下のように書いています。少し長いですが引用します。
「欧州評議会 (Council of Europe) の仕事のもう一つの流れは学習者オートノミーの実践である。先に 20 世紀のヨーロッパの歴史に言及したが、ここでも歴史の影響が色濃く見いだされる。ファシズムやスターリニズムの台頭を防げなかったのは、市民によるチェック機能が働かなかったからだという反省をもとに、責任ある市民を育てるためには、教育においてオートノミーを育てることが不可欠であるという認識が生まれた。60年代の終わり頃からナンシー大学 (Châlon, 1970) などで先駆的な試みが行われるようになったが、学習者オートノミーは長い間、一部の教師たちのローカルな実践でしかなかった。しかし、1990 年代に入って爆発的な広がりを見せ、 アジアや南米など、ヨーロッパ以外でも学習者オートノミーを育てるための実践をする人たちが出てきた。また、ヨーロッパでも外国語教育のナショナルカリキュラムの中にオートノミーを育てると明記する国が出てきた。」青木直子「学習者オートノミー概論」授業がかわる CEFR と学習者オートノミー 2009 年フランス日本語教師会研修会(太字は村上による)
http://aejf.asso.fr/files/Actes_Kenshukai/2009_actes/2009P61Aoki.pdf
なお、この論文には、「4. 学習者オートノミーについてのよくある誤解」で他にも色々な自律的な学習に関する誤解について説明をしているので、 疑問を持っていらっしゃる方は一度目を通しておくと参考になるのではないかと思います。
具体的な自律的な学習の実践例としては、上記の論文では青木先生は以下の五つの方法を紹介しています。
1.「素手」と呼ばれる特に道具などを何も必要としない方法。(教師は質問をするだけ)
2.ポートフォリオなどを使って、評価の面から自律性を高める方法。
3. セルフ・アクセス・センターのようにリソースを提供して学習者に自律的に学んでもらう方法。
4. タンデム学習のように目標言語の話者をリソースとして利用する方法。
5. 教師の介入が全くない「勝手」と呼ばれる方法。
ではどのようにすれば学習者の自律性を育てることができるのでしょうか。
この点についてイギリスのブリティッシュ・カウンシルという公的団体が「学習者の自律性を促すには」という資料で以下のように五つの例を挙げています。
1. 学習者に自律性とその価値について話す。
2. 学習者が自律的に振る舞うように励ます。
3. 自らの学習について学習者自身に振り返りをしてもらう。
4. 自律性を促進する活動をクラスで行う。
5. 自律性を促進する活動をクラス外でプロモートする。
このように学習者の自律性は教師の関わりによって育てることができますし、探してみるとその具体的な方法もいくつも無料で公開されています。また、今日ご紹介した青木先生の論文にも触れられていますが、学習者の自律性を育てることは21世紀に教育に関わる全ての人間にとって必要な目標だと思っています。今日のこの記事によって、少しでも自律学習に関するアレルギーのようなものがなくなり、前向きに取り組んでくれる人が増えてくれることを祈っています。
そして冒険は続く。
【参考資料】
「学習者オートノミー概論」青木直子(大阪大学)
http://aejf.asso.fr/files/Actes_Kenshukai/2009_actes/2009P61Aoki.pdf
Learner Autonomy - Encouraging Learner Autonomy
https://premierskillsenglish.britishcouncil.org/sites/default/files/learning/1877/downloads/learnerautonomy-howtopromote.pdf
中田 賀之 「自分で学んでいける生徒を育てる―学習者オートノミーへの挑戦」 https://amzn.to/2F49yCx
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