2018年02月15日

日本語学習者の思考力は低いのか

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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cブラックジャックによろしく:佐藤秀峰


冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

さて、昨年秋にバンクーバーでソーシャルメディアで日本語を学ぶ方法について英語でプレゼンをしたことをこのブログでご紹介しました。参考文献のところにリンク貼ってあります。このときのブログにも書きましたが、まず英語のプレゼンを作り、その後で僕が英語のスクリプトを書き、それをネイティブチェックしてもらうというプロセスで準備をしました。

それとは別に、ほとんど同じような内容で、カナダに来る前の昨年の4月、東京で日本語のプレゼンをしたことがあります。このときの内容は、有料のセミナーだったので公開はしていないのですが、今見比べてみると、英語でやったプレゼンと比べて、内容がずっと豊かで、発想も視野も広いということがわかります。でもたぶん準備時間は、英語のプレゼンのほうがはるかに長かったのではないでしょうか。英語だから時間がかかったということだけではなく、内容について検討する時間も英語のほうがずっと長かったのではないかと思っています。

それにもかかわらず、英語でやると内容が貧困になってしまうことに、我ながら驚きを禁じえません。

念のために書いておくと、表現力が違うのではなく、内容そのものが全く違うレベルなのです。こうした現象は有名なことですので、話としてはもちろん聞いたことがあったのですが、自分で経験してみると、その歴然とした違いに改めて驚いてしまいます。

これに類したことは、これまでも何度か感じたことがありました。例えば2つのイベントの日時を混同してしまったり、英語で会議に出ているときにはなぜか思い出せなかったことが、会議が終わって日本語で考え始めるとすぐに思い出せるとか、そういうことが非常に頻繁にあるのです。もちろん僕は日本語でももともと不注意な人間ではあるのですが、英語になるとそれがさらに輪をかけて不注意になってしまうようなところがあります。

【高野陽太郎さんの外国語副作用という研究】
こうした現象は僕がよくこのブログでも紹介する白井恭弘さんの本などでも紹介されているのでご存じの方も多いかと思いますが、東京大学の高野陽太郎さんによる研究が有名です。高野さんの研究では「外国語副作用」という名前で呼ばれています。簡単に言うと、人が外国語で話す時は思考力がある程度低下してしまうという現象があるのです。高野陽太郎さんご自身のウェブページで実験の方法やその結果等についても詳しく紹介されていますので、詳しいことは参考文献のリンクを開いてご確認ください。

どうしてこのようなことが起きるのかと言うと、母語に比べて外国語を話すときはより多くの頭の中のリソースを使ってしまうからです。母語で話しているときは、少なくとも物心がついた大人であれば、文法等はもう既に自動化されていて何も考えずに話すことができるわけですが、外国語に関しては意識的にリソースを割いて考えなければならないので、その分、話している内容等に関しては使えるリソースが減ってしまうのです。

これは本当に大雑把に言ってしまうと、学習者が外国語で話しているときは文字通りよそ事を考えながら話をしているという事でもあります。

こうした思考力の低下は、その外国語に習熟するにつれて影響が減っていきます。つまり、初級レベルの場合はかなり多くのリソースを割かなければいけないので、思考力の低下はより大きくなってしまうということになります。

【学習者は馬鹿じゃない】
さて、どうして僕がこのようなことを改めて書いているのかというと、実は日本語教師の中にもこういうことを知らない人がいるのではないかと思うことがあるからです。

というのも、学習者の一見愚かな振る舞いに対して、頭が悪いとか注意力が足りないというようなことを上から目線で話しているような人をかなり頻繁に見かけるからです。そして、残念なことにそのようなことを言う人の中には、自分では外国語学習をほとんど経験していないような人が含まれます。(少なくとも仕事で使うレベルぐらいまで外国語を勉強している人はそういうことはあまり言わないように思っています)

しかし、僕自身の経験からも、そして高野陽太郎さんの研究結果から考えても、そうした学習者の姿を見て安易にその学習者の知的レベルなどを判断する事は慎まなければならないのではないでしょうか。つまり、実際に目の前でその学習者によるいかにも愚かな振る舞いを見たとしても、それがその人本来の知的レベルを示していると判断するのは間違っているのです。

日本語教師の皆さんであれば、日本語の表現力が低いことがその人の知性の低さを示しているわけではないことは誰でもよく知っていることでしょう。しかし、語学力だけではなく、思考力そのものが外国語を話しているときは低下してしまっているということも留意して欲しいのです。

確かに日本の国内で日本人がしていることに比べて、日本語学習者がしていることは平均的に見れば知的レベルが低いように見えてしまうでしょう。しかしそれは、日本語を母語とする人と違って彼らは外国語で話すという余計な負担を自分の頭にかけていることによって、思考のリソースを消費しているからなのです。決して彼らが愚かだから愚かに見えることをしているわけではないのです。日本国内では、外国人より日本人の方が頭が良いように見えるのは実際その通りなのですが、そのように見えるのは日本人が優れた民族だからなのではなく、母語を使っているときはそうでない時よりも多くのリソースを思考のために使うことができるからなのです。

そして冒険は続く。

【参考資料】
高野陽太郎 外国語副作用
http://folse.info/main-accomplishments/folse/

教師のための英語podcastとチャット
http://mongolia.seesaa.net/article/454696443.html

むらログ: 日本語教師なら必読! 『「集団主義」という錯覚』
http://mongolia.seesaa.net/article/118874722.html
今日のテーマとは関係ありませんが、高野陽太郎さんのこの本も非常に面白いです。

【コメントはソーシャル・メディア上の記事別ページヘどうぞ!】
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posted by 村上吉文 at 12:22 | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加