2007年06月21日

「永遠のベータ版」と日本語教育

「ITエンジニアのための日本語を教えていたことがあって・・・」と言うと、ときどき「えー、私には絶対無理。だって、ITの知識で太刀打ちできるはずがない」なんていう反応を得ることがあります。

今まで、どうしてそんな反応が返ってくるのか、私にはよく分かりませんでした。そんなこと、当たり前すぎるぐらい当たり前だからです。私だって、ここで紹介している通り、JavaScriptでもメソッドをいくつか知っているだけだし、それだってエンジニアに教える仕事が終わってから最近勉強しただけです。

それで最近思い当たることがあったんですが、そういう反応をする人たちって、もしかしたら「教師たる者、全人格で学生に勝(まさ)っていなければならない」とか思っているんじゃないかなあ。

それはそれで、もし実現可能なら素晴らしい心意気ですが、少なくとも「ITエンジニア対象」などの領域では考えるべきではないと思います。教師が学生に勝っていなければならないのは、唯一、自分の専門である日本語教育の領域だけでいいのではないでしょうか。

そもそも、エンジニア自身、日本語教師からプログラミングを学ぼうなんて思っていませんでしたし、例えば彼らが日本語教育のプログラムを組むとしても、「日本語教育の領域でもお客様を凌駕する知識をもっていなくてはならない」なんて思っていないでしょう。

エンジニアには「人格的に上に立たなくては」なんていう態度がないのに、日本語教師にはときどき見受けられるのには、なぜなんでしょうか。

まあ、それなりの正当な理由はないわけでもないでしょう。特に、子供が対象の現場では、教師は親でもあり裁判官でもあり精神科医でもなければならなかったりします。僕も二十代の頃に、そんな器でもないのにそんな役割を負わされて重圧を感じていたこともありますからよく分かります(その意味で、「教師のセルフディスエンパワーメント」とか言うのは、ちょっと責任放棄に近い印象があります)。

しかし、特定の専門性の高い人と「仕事の日本語」を扱うときは、その仕事の面では相手が先生であり、日本語に関しては自分が先生であるということで充分ではないかと思います。

それと、もう一つ考えられるのは、「教師は完璧でなければならない」という勘違い。そう、これは明らかに勘違いです。「教師は完璧に近づこうと努力しなければならない」なら大きな間違いとは思いませんが、「完璧ではなければならない」というのは、少なくとも成人対象なら絶対に間違っていると思います。

というのも、「完璧でなければならない」と信じ込んでいると、「その仕事は完璧にやる自信がないので受けられません」ということになってしまうからです。そして、ちょっとでも専門性の高い仕事になると、誰も受け手が現れず、学習者は放置されたままになります。

しかし、これが本当に学習者のためになるのでしょうか。

完璧にできれば、もちろん完璧にできないよりずっと学習者のためになります。しかし、そんな選択肢はめったにありません。誰もが「完璧じゃないから」といって尻込みしていたら、結果的に「ガイドが一人もない」という選択肢しか与えられない学習者を大量に生み出すことになります。一方、「完璧ではないかもしれないが挑戦してみる」という語学教師がもっと多ければ、学習者はガイドを得ることができます。

語学学習という厳しい山道を登っていく時に、「完璧ではないにしろ、ガイドがいる」という状態と、「一人もガイドがいない」という状況では大きく違います。どちらがいいかは火を見るよりも明らかですよね。もちろん、自分がどのぐらいのサービスを保障できるかは、前もって合意しておかなければならないと思いますけど。

web2.0のキーワードの一つに「永遠のベータ版」というのがあります。これは「常に進化しつづける」という意味で使われるときもありますが、「多少バグがあっても公開してから直す」というニュアンスもあります。

私も、「先生、このロールカードに従うと、○○というプラットフォームの上で△△を走らせることになりますが、△△は××というプラットフォームでしか動かないんですよ」なんてことを言われたことがあります。しかし、それで何の問題があるというのでしょうか。ここで彼らが身につけるべきことは日本語であって、特定のアプリケーションの動作環境ではないからです。そもそも、日本語教師が変な例を出したとしても、それで「そうか、△△は○○でも動くのか」なんて誤解は、エンジニアならしません。彼らだって、プロですからね。

そうやって、お互いに相手の専門性に敬意を示し、信頼する。それが、二つの専門性が出会うときの醍醐味であると私は感じています。あの仕事、楽しかったなあ。



「むらログ」内の関連するエントリー:ウェブ2.0関連
日本語のオンライン授業 [2007/02/15 05:52]
http://mongolia.seesaa.net/article/33707956.html

辺境とはロングテールである [2007/02/18 20:29]
http://mongolia.seesaa.net/article/34054039.html

日本語を学ぶ三つのメリット [2007/02/20 06:45]
http://mongolia.seesaa.net/article/34173154.html

wikiこそ「ウェブ2.0と日本語教育」の本命 [2007/02/24 06:57]
http://mongolia.seesaa.net/article/34537709.html

wikiはオンライン添削にも役立つ [2007/03/03 16:59]
http://mongolia.seesaa.net/article/35129965.html

ネット上の素材をオンラインに使った授業 [2007/03/19 07:49]
http://mongolia.seesaa.net/article/36332976.html

ウィクショナリー [2007/03/24 07:26]
http://mongolia.seesaa.net/article/36711299.html

wikiは授業の改善にも有効! [2007/03/28 06:46]
http://mongolia.seesaa.net/article/37053034.html

日本語教育進化論 [2007/03/29 07:09]
http://mongolia.seesaa.net/article/37138706.html

web2.0を一言で言うと [2007/04/03 08:35]
http://mongolia.seesaa.net/article/37614108.html

wikiが使えたら・・・ [2007/04/28 05:59]
http://mongolia.seesaa.net/article/40234126.html

映画日本語教材の作り方 [2007/05/01 08:17]
http://mongolia.seesaa.net/article/40487700.html

フラット化する世界 [2007/05/02 04:59]
http://mongolia.seesaa.net/article/40568087.html

フラット化する世界は孤立環境下の日本語学習者を救うか。 [2007/05/20 05:40]
http://mongolia.seesaa.net/article/42300448.html



関連するエントリー:エンジニア関連
日本語自習サイト
http://mongolia.seesaa.net/article/29969178.html

語学教育もオフショアの時代へ
http://mongolia.seesaa.net/article/30569305.html

日本語を学ぶ三つのメリット
http://mongolia.seesaa.net/article/34173154.html

超簡単! javascriptで漢字学習
http://mongolia.seesaa.net/article/42497114.html
posted by 村上吉文 at 04:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック