2017年04月25日

【彼らは冒険者だったんだ】

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日もラクダに揺られて灼熱の砂漠を横断していますか?

前回は多様性に対応しようということを書きましたが、僕は皆さんの結果について成功を保証することはできません。というか、「こうしたら必ず成功する」とか言っている人は信用しない方がいいと思います。なぜなら、世界はVUCAだからです。

VUCAというのは、実は僕も最近になってから気がついた言葉なのですが、1990年代から軍事用語としては使用されていたようで、それほど新しい言葉というわけでもないようです。ただ、1990年代に比べれば世界は遥かにVUCAになっているので、もしかしたら再び注目されているのかもしれません。

そのVUCAというのは以下の単語の頭文字から作った略語です。

Volatility 変動性
Uncertainty 不確実性
Complexity 複雑さ
Ambiguity 曖昧さ

これが軍事用語だったころは先の読めない戦場でどのように行動するかという話題で使われていたのかもしれません。しかし、インターネットの発展の結果、僕たち一般市民も「常に変動し不確実で複雑で曖昧な」世界に住むようになりました。その結果、兵士たちだけではなく、僕たち自身も先の読めない状況でどのように行動するかを考えなくてはならなくなりました。

でも、心配しないでください。これからご紹介するように、そういう先の読めない時代に生きていくための指針などはあります。

まず、こうした時代に捨て去らなければならない考え方は、「状況を詳しく調査して分析し、その結果から周到に準備して行動する」という行動原理です。もちろん、世界がシンプルだったころはそれでよかったと思います。しかし、これほど複雑で常に変化し続ける世界では、調査して手に入れたデータは世界の一部しか反映していないし、そのデータもすぐに時代遅れになってしまいます。つまり、どれだけがんばって計画を立てても、うまくいかないようになってしまったのです。

では、成功している人はどうしているのでしょうか。「がんばらないと成功しない」のは事実ですが、しかし、「がんばっても成功しない」人は山ほどいます。同じようにがんばっているのに、どうしてこういう結果がついてしまうのでしょうか。

答えは簡単です。成功した人は宝くじが当たったんです。

僕は自分のことを特別に成功者とも敗残者ともは思っていませんが、ときどき「以前からソーシャルメディアの発展に目をつけていたなんて、先見の明がありますね」とか言われることがあります。曖昧にニコニコしてしまうこともありますが、実は全然違います。ソーシャルメディアが世界を席巻するだろうと予想してソーシャルメディアに興味を持ったのではなく、辺境でばかり仕事をしていたから、同業者らのネットワークに食い込むには、他に選択肢がなかったのです。それが、たまたま想定以上に発展し、Facebookのように世界最大の国家を超える共同体が生まれてしまったのです。正直に言うと、まさかこんなに簡単に市民が接続できる巨大なネットワークで地球が覆われるなんて、思っていませんでした。辺境ではものすごく大切な存在でしたが。

だから、成功した人は宝くじが当たったんだということは実感として想像できます。たまたまやっていたことが注目されたりしただけなんです。

しかし、宝くじに当たる人と当たらない人がいるのは、単に幸運だけではないということもここ数年で感じるようになってきました。

だって、宝くじを買わない人がすごくいるんですよ。当たり前ですが、宝くじに当たることができる人は、宝くじを買った人だけなんです。宝くじに当たる可能性が限りなく低いとしても、その低い可能性にかけない限り、宝くじはあたりません。宝くじを買わない人は宝くじには当たらないのです。

念のために書いておきますが、ここでいう「宝くじ」というのは比喩です。僕はドリームジャンボ宝くじとかLotoとかの宝くじを買ったことはありません。比喩としての「宝くじ」は「賭け」と言い換えてもいいかもしれません。

何で僕がドリームジャンボ宝くじ等をやらないかというと、胴元が利益を取ったあとの残りの掛け金をめぐって争っているだけの、統計的に見れば負けるに決まっている賭けだからです。競馬とかもそうですよね。だからみなさんにお勧めするつもりはありません。

でも、たとえば宝くじが1円で買えて、かつ2人に1人1万円が当たる可能性があったらどうでしょう。2円で2枚を購入すれば1万円が当たる計算になります。もちろん買いますよね。掛け金が5千倍になって帰ってくるんですから、有り金全部つぎ込んで買いますよ。みなさんもそうでしょう。

実際の宝くじにはそんなに甘い話はありませんが、最初の話に戻ると、キャリアを築くためのの賭けに関して言えば、その掛け金はどんどん安くなっています。

たとえば日本語教師の例で考えてみましょう。

何か「こういうコースを開発したらうまくいくんじゃないか」というアイデアがあったとします。昔はそのアイデアを実現するには、場所を借りて教室を確保し、教材を印刷し、張り紙を貼って学生を募集するしかありませんでした。

しかし、今では違います。何かのアイデアを思いついたら、オンラインでいくらでも授業ができます。場所代もかかりません。教材の印刷費やコピー代もかかりません。自分で開発したものなら著作権料も要りません。学習者もオンラインのコミュニティで募集すればすぐに集めることができます。もちろんパソコンやネットは必要ですが、みなさん既に持っていますよね。つまり新しい教育方法に賭けてみるための宝くじは、実質的にコストがゼロなのです。

最初にそれを実感したのは2014年の夏です。

ある週末に、急に予定が空いたので、国際交流基金の『まるごと』を使った授業を実践してみたくなったのです。それでFacebookの「The Nihongo Learning Community」で呼びかけて授業を実施してみました。呼びかけたのが8月15日の午前9:25で授業を実施したのが翌日午後3時から4時。そのオンラインのパイロット授業にベトナム、ヨルダン、サウジアラビア、エジプト、日本からの参加がありました。思い立ってから30時間後には授業ができるのです。コストゼロで。

無料テレビ会議システムを 利用した日本語会話 機会の提供.jpg

これは要するに、無料で宝くじが買えるようになったということです。だったら、買わなきゃ損ですよね。だって買わなきゃ当たらないし、値段はただなんですから。そして、このVUCAな世界では何が成功するかなんて人間には分かりっこないんですから。

上記の「まるごと」のあとに、業務として、ヨーロッパの学習者対象で「まるごとA2」の別のオンラインコースのパイロット授業もやりました。これはうまく行けばガンガン攻めるつもりだったのですが、日本で後に「みなと」と呼ばれるようになるもっと本格的なオンラインコースが開発されることになったので、僕の方ではそのパイロットコースだけで終わりました。結果だけ見ればタイミングが悪くて空振りに終わった企画でしたが、ハングアウトで授業するのは教室での授業とほとんど変わらないことなどの多くのノウハウを得ることができました。つまり、失敗でもスタートラインに戻るわけではなく、その経験を通じて学べることはたくさんあるのです。

昨年の夏には、短期集中で日本語を学ぶのではなく日本語の学習方法を学ぶオンラインコースを、以前と同じ「The Nihongo Learning Community」で実験してみました。イラクやブラジル、エジプトなどからの参加者がありました。カザフ在住の日本語教師も1名参加しました。これも業務ではなく、あくまでも僕の個人的な実験でした。

これは何のためかというと、業務としてコソボ向けに行う同じ内容のオンラインコースを実施する前のパイロットコースだったのです。コストはかかりませんから、本番の授業の準備として練習ができるわけです。これもまあ、いろいろあって業務だったら成功とはいえないだろうなあと思うところもあるのですが、少なくとも貴重な経験にはなりました。ここでも、失敗の結果はゼロからのやり直しではなく、少なくとも「どうすると失敗しやすいか」は学ぶことができました。

そしてその後に、内容を改善して、業務としてのコソボ向けのオンラインコースを行いました。相当なニーズがあると見込んでの企画だったのですが、これは実は参加者の回線速度が充分でないことが多く、それほど成功したという感触はありませんでした。でも、週に60分だけ僕の時間がかかっただけですから、それほど大きなものを失ったわけではありません。組織の仕事なので、予算をかけていた仕事が失敗したら次の年は予算がないとかいうこともありますが、もともと予算がゼロなのでそんな心配もありません。何より、そこで作った人間関係が、実際にコソボへ出張して同じ内容のセミナーを行ったときに生きたので、この失敗も「失敗しないよりはずっとマシ」だったのは事実かと思います。

何が言いたいかというと、僕たちは宝くじを買うべきだということです。ロシアンルーレットみたいに6回やったら必ず死ぬような確率じゃないんです。宝くじなんだからどうせほとんどハズレですが、当たりを買うまで買い続ければいいんです。だって無料なんですから。いや、ハズレからも学ぶことができる以上、無料というより、むしろハズレくじでも買えば儲かるようなものではありませんか。

今や、コストはほとんどゼロで、色々なコースを試すことができる時代です。そして賭けに負けても、そこから必ず得られるものはあります。それを次に生かせばいいのです。

大切なのは詳細なデータを取って綿密な計画を練り周到な準備をすることではありません。コストをかけずにどんどん新しい試みを続けるのです。簡単に言えば、「備えあれば憂いなし」の時代から「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる」の時代になったと言ってもいいかもしれません。

さて、こんなことをなぜ書いているのかというと、昨日、『仕事は楽しいかね』を読んだからです。まあ、有名な本ですから知っている人も多いでしょうが、これ面白いですよ。抽象的な話ではなく、嵐の夜の空港での対話です。大人なら一日で読めるでしょう。Amazonの読み放題サービスを使っている人は実質的に無料で読めます。

この本には僕が普段感じていたことが見事に言語化されているので、以下にいくつか引用してみます。

Location 325
きみは、最初に陸にあがった魚は 長期にわたる目標を持っていたと思うかね? 「もしかしたら、その魚はこう考えただろうか。『ぼくが陸にあがれたら、いつの日か脚を使って歩く陸生の魚が生まれるかもしれないし、やがては、その陸生の魚が車に乗ってショッピングモールに出かけ、シナボンに入ってシナモンロールを食べたりコーヒーを飲んだりするようになるかもしれない』

Location 355
遊び感覚でいろいろやって、成り行きを見守る

Location 402
頭にたたき込んでおいてほしい。何度となく表≠出すコインの投げ手は、何度となく投げているのだということを。そして、チャンスの数が十分にあれば、チャンスはきみの友人になるのだということを。

Location 698
たえず試し¢アけていくことなのだろう、と。  それから彼は、他人を凌ぐ人物になるための二つのルールを示してくれた。 「一つは、 適切な時≠ニか完璧な機会≠ネんてものはないということ。  これは〈この場で〉〈ただちに〉始めるということだ。

Location 704
一か八かの賭けをしないなら、チャンスなど一つもない。

Location 735
完璧とは、ダメになる過程の第一段階≠チてことだ。

Location 744
何かをやってみて、それがろくでもないアイデアだとわかったとき、きみはもとの場所に戻ることは絶対にない。必ず、何かを学ぶからだ。学ぶべきことが何もなかった場合は、その前にしていたことに高い価値をおくべきだってこと。そういう意味で僕は、試してみることに失敗はないというのは真実だと思っている。  

Location 969
チャレンジの中でも一番大切なのは、心を開くことだ。だけど一度開いてしまえば、あとはそこにいろんなアイデアが流れ込んでくる。

Location 1057
つまり結論は、『何もするな、そうすれば素晴らしいアイデアがやってくるだろう』じゃない。『〈あらゆること〉をしろ。素晴らしいアイデアは、どこからやってくるかわからないのだから』ですね。

Location 1211
オルニーはアイデアの流れに飛び込んだんだ。まずはとにかく始めること。どのアイデアが最終的に実を結んで、どのアイデアが実を結ばないか、確かめる方法なんてないんだから。できるかぎりいろんなことをとにかくやってみること。そうすれば、そのアイデアがまた別のアイデアを引き寄せる。始めさえすれば、新しいアイデアのほうからきみのもとへ近づいて、飛びついてくるんだ。

Location 1314
さっき話した人たちはだれ一人、立派なビジョンを持って、それに向かって突き進んでいたわけじゃない。彼らはみんな、目標設定者でも計画立案者でもなかった。彼らは冒険者だったんだ


そして冒険は続く。

【参考資料】
「仕事は楽しいかね?」http://amzn.to/2oXBBNO

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posted by 村上吉文 at 09:11 | TrackBack(0) | 書評 | このエントリーをはてなブックマークに追加

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