2017年04月14日

多様性に対応しよう! 日本語教師の収入を上げるための一提案


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日もダンジョンで宝箱を見つけてウハウハしてますか?

さて、ここ数日、行動中心アプローチと文型シラバスの違いについてネット上で多様な発言がされていますが、今日はちょっと視点を変えてお金に関する面から考えてみたいと思います。

ツイッターなどでは若い日本語教師のみなさんからかなりブラックな日本語学校の話も聞こえてきますが、その一方でこんな投稿もあります。



こうした見返りに応えるには、自分の強みを生かさなければなりません。そして、そのために必要なのが相手の行動を中心に考えるということではないかと思います。

まず、相手の行動を中心に考えるアプローチは文型などの言語知識を中心にしたアプローチではありません。これは言い換えると世の中の誰にでも役に立つコースが開講しにくいということでもあります。なぜなら言語は普遍的ですが、行動は個人によってかなり多様だからです。

たとえば、毎日仕事ばかりする人もいれば、家事を中心にする人もいるし、勉強が中心の人もいるでしょう。しかし、言語的に見れば、以下のように使われる文型は共通しているものも少なくないでしょう。

「さっきの会議の資料、クラウドにアップロードしておいてくれない?」(行動は仕事)
「この大根、もうちょっと安くしてくれない?」(行動は家事)
「宿題の答え、見せてくれない?」(行動は勉強)

ですから、文型シラバスなら「〜てくれない?」を教えるだけで、これらの場面で使われる文型を扱うことができるわけですね。文型に限らず、上記の例文中の「さっき」「この」「やすい」「答え」などの語彙も、ビジネスマン、主婦(もしくは主夫)、学生の誰にとっても同じ意味です。というか、「やすい」の意味が人によって「高い」だったりしたら、コミュニケーションが成立しません。

行動中心アプローチでない文型シラバスなどの考え方だと、考え方の出発点が上記のように言語(語彙や漢字や文型)なので、日本語という同じ言語を扱う以上、どの教科書も基本的には同じ内容になります。扱う範囲や提出順が違うぐらいです。関西弁や古文などの教科書でなければ、日本語という言語そのものは同じだからです。

しかし、行動中心アプローチでは、そうは行きません。というのも、言語と違って、行動は非常に多様だからです。上記のように仕事をする人、家事をする人、勉強する人、など全部違いますよね。多様であるということは、みんなで同じ教材ではなく、個別的なアプローチ(文脈化)が必要になってくるということでもあります。

こうした時代には、若い日本語教師たちにも大きな機会が訪れます。なぜなら、言語が中心にあるアプローチでは日本語とその教え方だけで勝負が着いてしまったのですが、行動中心アプローチではそれに加えて学習者の行動を知らないと適切な支援が行えず、逆に言えばあなたと同じ行動、もしくはあなたがよく知っている行動をする学習者にとってあなたは最強の教師になりうるし、ネット時代には適切な情報発信さえしていれば、そういう学習者と結びつくのは簡単だからです。

そこで考えてほしいのは、他の日本語教師にとっては未知の領域で、あなたが知っていることは何かということです。「そんなの当たり前だろう」と思う人も多いかもしれません。マーケティングでいうランチェスター戦略なんかでも特殊な分野に特化することの必要性が説かれたりしますよね。でも、実は僕がそういうことを言うと、驚く人が多いんです。僕の周りにも空手の黒帯の人とか、もと証券マンとか、多彩なキャリアの日本語教師がいるのですが、「それを強みにしては?」というと「そんなこと考えたこともなかった」と言われます。これは本当にもったいない。なぜなら、行動中心主義の時代には多様な日本語教師が個別的なニーズに応えることになるからです。

たとえば空手の道場で「もっと脇を締めて」とか「もっと腰を落として」みたいなことを言われるのか言われないのか、ふつうの日本語教師では分かりませんよね。しかし、空手を習っている日本語学習者には、先生からの日本語の指導を理解する必要はあるでしょう。実際、僕の娘と妻はハンガリーで剣道を習っていましたが、先生のハンガリー語が分からなくて、英語の分かる人に指導してもらっていたことがあります。僕自身も剣道をやっていたことがあるので分かりますが、「だめ出し」をされて先生が見本を見せてくれても、言語化されないと自分とどう違うのかが分からないということは頻繁にあります。たぶん、ほぼすべての武道やスポーツでそういうことはあるのではないかと思います。

証券マンに関しては、その仕事自体を僕は全く知らないので、想像もつきません。つまり、証券マンだった日本語教師は、そういうニーズのある学習者に対して、僕よりはるかに価値のある日本語教師になることができます。

では、どのようにその強みを生かせばいいのでしょうか。

僕がまずお勧めしたいのは、その分野での自分の行動を箇条書きに羅列してみることです。

たとえばこのブログの読者と共通な分野が他にないので、とりあえず仮に日本語教師の現場について考えてみます。日本語教師にもいろいろなパターンの仕事があるかと思いますが、たとえば以下のようなものです。

【定例的なもの】
前の先生の引継メモを読む。もしくは電話で引継を受ける。
家で授業の準備をする。
学校に出勤する。
同僚の先生方と挨拶する。
教材のプリントをコピーする。(僕は面倒なのでしませんが)
教室に行く。
廊下で学生と雑談する。
授業の開始から終わりまでの指示や質問など。
職員室に戻る。
出席簿に記入したり、共有の教材を所定の場所に戻したりする。
次の先生に引き継ぎメモを書いたり電話したりする。
同僚の先生方に帰宅の挨拶をする。
家で小テストの採点をする。
採点結果をエクセルに入力する。

【毎週ではないが定例的なもの】
来学期の勤務可能な曜日と時間と希望するコマ数を主任に聞かれて答える。
新しい時間表を主任から渡されて読む。
出席簿記入や成績の基準、クラスの方針などを主任から聞いたり、自分で作成したりする。
テストを作るために同じクラスを担当している先生と話し合う。
テストを実施する。
採点する。
成績を算出する。
成績のデータを主任に提出する。

【例外的なもの】
体調を崩したときに休講する旨を主任に伝える。
代講できるかの打診を主任から受けて、スケジュールを確認して返答する。
休講する先生からそのクラスの注意点などを電話かメールで聞く。


もちろん、日本語教師はすでに日本語が話せるのでこうしたことを習ったり教えたりするというのは現実的ではありません。あくまでも行動を箇条書きにするという例です。

こういう行動のリストは、実際に日本語教育の経験がない人にはたぶん作れないでしょう。それは、僕が証券マンの行動リストを作れないことと同じ。つまり、他の人には作れないのです。

さて、次にこれらの行動のうちで、目標言語を使うものだけを残して、あとは削除します。何も残らなかったら、行動中心アプローチでは、その人はその行動に関してはその言語を習う必要がないということです。言語中心の文型シラバスだったら山ほど習うべき文型は教科書に載っていますが。

その他の例としては、ソーシャルメディアで日本語を使うための行動のリストとして、こんなものを作ってみたことがあります。

冒険家メソッドのシラバス
https://goo.gl/vqsvVC

僕たち教師の仕事は、残った行動のうちで、日本語を使えば目的を達成できる部分を支援することです。もちろん、会話が必要でなければ読み書きだけでもまったくかまいませんし、その逆の場合もあるでしょう。繰り返しますが、言語の普遍性に比べると行動は個別的なので。

ところで、よく「学習者は会話の必要がなく、その課で教えなければならない文型を使った会話をする機会がなくなってしまうから行動中心アプローチはだめ」という批判を見ますが、これは「文型シラバスでタスク練習をすること」を、行動中心アプローチと混同している典型的な例です。文型積み上げ方式ではその課で扱う文型を教えないと次の課が教えられませんから、その課の目的の文型を使わないタスクでは困りますよね。でも、シラバスが文型積み上げではない場合は、必要でない文型を使わなくても次の課で困るようなことはありません。だから行動に使わない文型は教える必要がないのです。

繰り返しますが、行動を支援する語学教師の場合は、言語学の授業ではないので必要な語彙や文法を使って、目的が達成できればいいのです。行動中心アプローチで語彙や文法などの言語知識を教えるときも、それらについて知識を増やすのが目的ではないので、他にどのような場面で応用できるかを教える必要はありません。

たとえば自動車教習所で「ハンドル」という言葉を習うとして、「インターネットの交流サイトで自分のニックネームのことも『ハンドル』ということがあります」とかって教えませんよね。なぜなら自動車を運転するためにそんな知識は必要ないからです。

また、料理教室で「『包丁』はもともと『台所で働く男性』という意味ですよ。『丁』は、もともとそこで働く男性という意味で、他に『園丁』とか『馬丁』という言葉もあります」とも教えませんよね。なぜならそんな知識がなくても料理はできるからです。(もちろん言語学の授業ならそれがあってもいいでしょう)

行動中心アプローチへの批判として、「出てくる文型が多すぎるから大変」というのもよくありますが、これも文型シラバスのつもりで「他の行動のときも応用できるようにしなければ」と思ってしまうからではないでしょうか。しかし、行動がシラバスの中心になっているときは、他の行動で使う語彙や文型などはその行動を勉強するときに扱うので、そういうことはしなくてもいいのです。

さらに大事なのがそのあとの評価です。その行動に必要な語彙や漢字や文型を覚えたかをテストする必要はなく、その行動がとれたかを評価します。たとえば「もっと脇を締めて」と言われて脇を締められるかとか、そういうことです。間違っても
「この場合の『しめる』の漢字は何ですか。1.占める 2.締める 3.閉める 4.絞める」
などという行動に関係ない試験をしてはなりません。
イラスト付きの試験で
「正しいものはどれですか。1.わきをしめる 2.こしをおとす 3.くびをおこす」
なども実際に平仮名で指示を受けることがない場合はまず不適切でしょう。

さて、冒頭にも書きましたが、学習者の行動から発想する語学教育の世界では、誰もが価格競争にさらされて同じ授業をすることは重要ではなく、むしろどれだけ他の人と違うことができるかが問われます。理由は上記の行動の個別性と、後述するネットワークの発展です。

では、日本語教育しか知らない人はどうすればいいのでしょうか。そんな人もあまりいないかとは思いますが、専門性はすごく高いのにそれ以外のことにはいっさい興味がない人がいたら? あるいは自分の経験のない分野で日本語のコースを開発することになってしまったら?

実は僕が2008年に出版した『しごとの日本語 IT業務編』という教科書がまさにそうで、僕はIT業界で働いたことなどまったくありませんでした。しかし、モンゴルでITの指導をしていたJICAの専門家から「日本で活躍するモンゴル人ITエンジニアを育てる」というプロジェクトへの協力を依頼され、そのIT専門家のIBMなどでの現場の話を通して、ITエンジニアがどういう行動をとるのかをリスト化し、それを日本語の教材にすることができたのです。

こういう仕事の場合は、パートナーが日本語教育のことを分かっている必要はありません。というより、日本語教育とITエンジニアというまったく違った専門性を持つ人たちとの仕事というのは、相手から学べることもたくさんあり、少なくとも僕にとっては非常に有益で楽しい経験でした。もし自分の知らない世界で行動する日本語の非母語話者を支援することになったら、そういう経験をしてみるのも悪くないと思いますよ。

さて、こうしたことはインターネット以前の世界ではあまり可能性はありませんでした。なぜなら、そうしたニーズは世界中に散在していて、教室に来てもらうことができなかったからです。しかし、今ではGoogleハングアウトやZOOM、スカイプなどのツールが発達していて、世界に散在するニーズを集約して一人の教師が応えることができるのです。

無料のリソースがこれだけ大量にあふれている現在、他の人と同じ授業しかしない語学教師の仕事の単価が上昇していくことは考えにくいでしょう。たとえばネイティブキャンプというオンライン英会話スクールがありますが、ここは一ヶ月使い放題で5000円。平日だけでも午前と午後に1時間ずつ勉強すれば1時間あたり125円にすぎません。教師の取り分はもっと少ないはずです。

でも、たとえば僕はもうすぐカナダのある州の教育省で仕事をすることになっているのですが、もしここでの行動リストができていて、そこで使う英語が学べるのでしたら、1時間125円の20倍ぐらい出してもまったく損ではないと思っています。30倍だって喜んでお金を払いますよ。

逆に言うと、特定の文脈下での行動を支援できる教員が、その特定の行動を必要としている非母語話者とつながることができれば、ずっと高い見返りを期待することができるのではないでしょうか。

かつ、教える側から見れば、自分の得意範囲でプレーすることができます。僕は道路工事現場や引っ越し屋さんで働いたことはあっても、コンビニで働いたことはありません。そういう人間がコンビニで働く店員の日本語の支援をするには、大量の予習をしなければならず、準備時間も含めれば結果的に低賃金になってしまいます。しかし、自分の強みだけ生かせれば、同じ授業料でも大量の勉強が必要ないので結果的に多くのコマをこなすことができるはずです。そして、そのほうが学習者にも喜んでもらえるでしょう。

いかがでしょうか。文型を中心に誰もが同じ内容を教えるレッドオーシャンで価格競争にさらされる道と、学習者の行動を支援することを中心にしたブルーオーシャンで学習者の高い満足とそれなりの経済的な見返りも得られる道。あなたが目指したいのはどちらですか?

そして冒険は続く。

【参考資料】
『みんなの日本語』、あるいは文型シラバスは時代遅れなのか? - Togetterまとめ
https://togetter.com/li/1096274#c3636438

しごとの日本語 IT業務編
http://amzn.to/2oF89hq

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posted by 村上吉文 at 10:39 | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加

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