2016年12月11日

あなたは日本語の分かるオートマトンを育てあげたいのですか?

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日もノルウェー・リッジバックのひなに餌をやろうとしてあごひげを燃やされていますか?

さて、数日前にこんなことをTwitterにポストしたら、意外と多くの人に読まれたようです。


フォロワーが三千人弱のアカウントで26RT、お気に入りが70(このブログ記事執筆時点)というのは、けっこう多い方なんじゃないかと思います。

同じ内容をFacebookにも書いたところ、多くの人にコメントしていただけました。
https://www.facebook.com/murakami.yoshifumi/posts/10210807885375216

ただ、140文字で書けることには限界があるので、ちょっと補足しておきたいと思います。
まず、宿題のすべてが悪いと思っているわけではありません。僕が悪いと思っているのは、クラス全員が同じ宿題を教師の決定のもとで行うことです。内容だけでなく、フォーマットが同じであるだけでも、著しく自律性は損なわれます。たとえば自分がやったことを紙に書き込まなければならない場合、上記のような「アニメを見ているところのセルフィー(自撮り)」なんか無理ですよね。

数日前には、こんなツイートも投稿していました。


実は僕もサウジアラビアに引っ越したばかりの時に、普通にコーランが読める人たちばかりと同じクラスでアラビア語を勉強したこともありますし、いわゆる「落ちこぼれ」の辛さはよく分かります。@sakoume17さんも察しているとおり、その無力感とかはハンパないです。

で、こうした諸悪の根源は何かというと、一斉授業です。これだけ世界が多様化しているのに、みんなが同じ内容を同じ進度で一斉に勉強するというモデルは、もうとうの昔に破綻しています。@sakoume17さんの教室だけでなく、世界中で崩壊しています。これだけ多くの犠牲者を出しているのですから、僕たちはもうそろそろ一斉授業を卒業してもいいのではないでしょうか。

じゃあ、どうすればいいのか。

もちろん、教育の専門家たる教員が一人ひとりに最適な学習計画を作ってあげれればいいのですが、そういう訓練を受けた教員はあまりいませんし、そもそも一斉授業の片手間にできる仕事量ではありません。でも、学習者自身が決めれば、少なくとも進度に合わない優秀すぎる学習者や、ついてこられない学習者にとっては、よほど有益な時間になるはずです。

大事なので繰り返したいと思いますが、学習者にとって大切なのは「自分で決める」ということです。どうしても決められない学習者が多い場合は、読む、聞く、話す、聞く、見る(映画など)のどれか一つなどと選択肢を作ってあげてもいいかもしれません。決められない学習者の場合は産出よりも受容のほうが簡単でしょうから、「読む」「聞く」「見る」の三択にしてもいいかもしれません。最近は「聞く」だけの媒体はポッドキャストなどちょっとハードルが高い物が多いでしょうから「読む」「見る」の二択でもいいかもしれません。繰り返しますが、まずは二択でもいいので自分で決めることが大事です。一択ではだめなんです。

ところで、慣れていない場合は、何を見るか探すだけで1時間もかかってしまうこともあるでしょう。それは、もしかしたら教師が宿題プリントを配布するより非効率に見えるかもしれません。しかし、それは違います。なぜなら、その時学習者は自分で学習リソースを探すという非常に貴重な体験をしているのですから。それは与えられたプリントをこなすより、長期的な目で見れば、遥かに有意義な時間のはずです。たとえば自分の好きなゲームの実況をしているYouTubeチャンネルを見つけるかもしれません。僕から見るとあまりにもおバカっぽくって学習者にはとても勧める気にならないチャンネルでも、毎日更新されて確実に学習者の理解できるインプットになっているのなら、それでいいのです。少しずつでも走らなければ長く走れるようにならないのと同じで、簡単なものからでも決断をする練習をしないと、自分で決められるようにはならないでしょう。

そのとき、教師にとっていちばん大切なことは、同じことの言い換えになりますが、学習者自身に決めさせるということです。もっとはっきり言うと、許可して邪魔しないということです。

もちろん、自律学習における教師の役割はもっと多岐にわたります(興味のある人は参考文献の梅田さんの論文などをどうぞ)が、いちばん大事なのは「学習者に決めさせる」ということです。それだけで落ちこぼれは落ちこぼれでなくなります。みんなが自分のペースで勉強できる教室には、落ちこぼれなんかいないんです。

しかし、そのために一斉授業を今すぐやめるのは、学校や地域によっては難しいかもしれません。だからこそ、まずは学校外の学習時間に注目し、教師の決定する画一的な宿題から再検討すべきなのではないかと思います。

僕がTwitterでフォローしているWill Richardson氏やGeorge Couros氏がよく引用しているブログで、確か今回もGeorge Couros氏から知ったと思うのですが、「あなたの子供は宿題をするべきではない。それをやめさせるための方法はここにある」というタイトルのものがあります。その記事では保護者が自分の子供の先生に提出すべき手紙の内容が共有されていて、自分の子供とその先生の名前を記入するだけで手紙が完成します。

主な内容は
・宿題の効果を支持する証拠がない。
・家族で過ごすべき時間がなくなる。
・その時間はプロジェクトワークなどに当てるべきだ。
・子供が学校嫌いになる。
・家庭の事情はいろいろなので宿題で評価されるのは不公平だ。
・親が見て充分だと思ったら(未完了でも)サインして提出させる。
などです。そして、2冊の出版物を含む参考文献も上げられています。

もしかしたら画一的な宿題にも一定の効果はあると思う人もいるかもしれません。
しかし、そこには「学習者が自分で決めるという選択肢や機会を奪っている」という非常に強い副作用があることを忘れてはなりません。大事なので繰り返しますが、全部教師が決めてしまったら、決められない学習者はさらにものごとを決められなくなります。

あなたが育てたいのは日本語の分かるオートマトンですか? それとも、あなたから卒業していける自律した人間ですか?

そして冒険は続く。

【参考資料】
むらログ: トップを解放せよ!
http://mongolia.seesaa.net/article/398383943.html

むらログ: 知識ありきではなく、文脈ありきで行こう!
http://mongolia.seesaa.net/article/441233637.html

梅田康子「学習者の自律性を重視した 日本語教育コースにおける教師の役割」
https://aichiu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=146&file_id=22&file_no=1

Your Kid Should Not Do Homework and Here is How to Stop It : Stager-to-Go
http://stager.tv/blog/?p=3880

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posted by 村上吉文 at 02:47 | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加

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