2015年09月23日

日本語はLGBTに優しいか。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


Rainbow Picture

冒険家の皆さん、今日も虹の根元にある金のカップを探して旅していますか?

さて、先日ご紹介したFacebookの「日本語」グループでたびたび出てくる話題なのですが、女性で「僕」を使いたがる人がときどきいるんですよね。

ご存じの通り「僕」は基本的には男性が使う人称代名詞のわけですが、このように性差が人称代名詞などに現れる言語というのはいくつもあります。たとえば英語は「He」「She」や「Mr.」「Ms.」の違いがありますし、ヨーロッパ系の言語はほとんどそうなのではないでしょうか。

(と書くと地元からハンガリー語は「ő」一つで「彼」と「彼女」だろ、と突っ込まれそうですが、ハンガリー語はアジア系ってことで)

まあ、少なくとも僕が初歩だけかじったフランス語やスペイン語や、ヨーロッパじゃありませんがアラビア語やベトナム語なども、ハンガリー語とモンゴル語を除いてみんな「彼」「彼女」の区別があります。

ところが、ハンガリー語とモンゴル語も含めて、僕がかじった言語はなぜかみんな一人称だけは男女の区別がないんですよね。(ベトナム語は「兄」「姉」という性差のある一般名詞が人称代名詞っぽく使われることもありますが、明らかな一人称の代名詞としては性差のない「tôi」だけです)

さて、こうして考えてみると、日本語以外の多くの言語で一人称で性差がないということは、たとえばLGBTの人が自分で認識するジェンダーを人称代名詞で表明することができないことになりますよね。その一方で、二人称で性差がある場合は、「男であるあなたは」「女であるあなたは」と言われ続けることになります。そして、三人称で性差がある場合は、自分のいないところで「男であるあの人は」「女であるあの人は」と常に他人が自分の性差を決めて発言することになります。繰り返しますが、その間、人称代名詞を使って「男である自分は」「女である自分は」と自分から主張することはできないわけです。

それに比べて日本語では、「僕」「俺」などと一人称の人称代名詞に性差が明らかなものがありますから、人称代名詞を使って自分の性に関する認識を表明し続けることができます。逆に「あなた」「彼」「彼女」のような二人称や三人称の代名詞はむしろ名前や職業で表現されることが多いですから、他の人から勝手に自分の性を決めつけられてしまうことが少ないわけです。人称代名詞で自分の性について触れたくない場合は、大人であれば「私」のようなあまり性差がない表現もできます。

もちろん、日本は同性婚などを始めとして、LGBTの人たちの権利が世界の他の国より認められているとは言いません。が、少なくとも日本語の人称代名詞は他の国の言語に比べて、LGBTの人たちに優しいということはできるのではないでしょうか。

そして冒険は続く。

【参考リンク】
Facebookグループ「日本語」
https://www.facebook.com/groups/The.Nihongo.Learning.Community/

【コメントはソーシャル・メディア上の記事別ページヘどうぞ!】
https://twitter.com/Midogonpapa/status/646513545513947136
https://plus.google.com/+YoshifumiMURAKAMI/posts/4yupotLJKpu
https://www.facebook.com/murakami.yoshifumi/posts/10207273220170795

2015/09/23 5:04
タイトルの一部が「LBGT」になっていたので「LGBT」に直しました。
posted by 村上吉文 at 11:18 | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事へのトラックバック