2015年05月17日

日本語学習の目的は課題達成能力の獲得だけなのか

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


Smiling Swimmer
(余暇を楽しむ親子 オーストラリア、Michael Coghlan)

冒険家の皆さん、今日も敵に追われて吊橋を走り抜けていますか?

さて、自律学習の分野で著名な青木直子先生が、紙の本でなくキンドル限定のたいへん貴重な本を出版していらっしゃいますので、ご紹介します。それほど量は多くないのですが、中身は基本的なところを中心にとても分かりやすく書かれています。タイトルは『外国語学習アドバイジング プロのアドバイスであなただけの学習プランをデザインする』で、自律学習のクラスを指導した経験がない語学教師、あるいは自分自身で自律的に外国語を勉強したいと思っている人は、この本を読むためだけにでもキンドル端末を購入する価値があるといえます。スマホを持っている人は、もちろん無料でキンドルアプリを入れれば、この本を読むことができます。なお、本自体は有料で、現在506円です。

一点だけ留意しておくべきことがあるとすれば、この本は語学学習を通して何らかの課題達成能力を身につけることを目標にしていることが前提になっています。そして、そういう目標を持っている人にとっては、これは大変すぐれたガイドブックになるでしょう。ハンガリーに来る前の、あるいは来たばかりのころのハンガリー語学習者としての僕にとっても、大変有効なアドバイスになったのは間違いありません。

ただ、どうも最近はそれとはちょっと違う動機で日本語を勉強している人も増えているようですので、そういう人には別のアドバイジングの本が必要かとも思います。
それに関しては以前、以下のエントリーで書いたことがありますので、ここでは詳しく書きませんが、要するに「楽しいから勉強しているだけなのでは?」ということです。

むらログ: まず目標ありきのコースデザインは正しいのか。
http://mongolia.seesaa.net/article/406191765.html

上記のエントリーを書いた時にはまだ読んでいなかったのですが、このブログにも何度か登場する瀬尾さんたちがもうちょっと詳しくインタビューして発表にまとめているので、ここでも予稿集に載っている文章をご紹介しておきたいと思います。

「余暇活動と消費としての日本語学習 ―カナダ・フランス・ポーランド・香港における事例をもとに― 」久保田竜子 瀬尾匡輝 鬼頭夕佳 佐野香織 山口悠希子 米本和弘
http://www.japanese-edu.org.hk/sympo/upload/manuscript/20121017115355.pdf

「多様化する日本語学習における教育目標・学習目的・評価を探る ―余暇活動と消費としての外国語学習の視点から―」
http://www.jp.cajle.info/wp-content/uploads/2013/10/Yonemoto_CAJLE2013-Proceedings.pdf

タイトルだけ見ても方向性はだいたい分かるかと思いますが、ここでは何らかの能力を身につけるための「投資」としての日本語学習ではなく、その正反対の「消費」としての余暇活動と見ている学習者に焦点が当てられています。

こういう学習者は、実際に僕の回りでもよく見ます。例えば、僕の担当している自律学習のコースで、たとえば冒頭に上げた青木先生の自律学習の教科書などに書かれてあるとおりの方法で、目標となる能力を考えましょうと言っても、あまりピンと来ない学習者がいるのです。というか、僕のクラスでは、そういう学習者がほとんどです。そして、その能力獲得を目指した学習計画を立てても、実際の自律学習の時間では、その計画通りに勉強しません。もちろん、自律学習での学習計画は頻繁に変更していいものなので、必ずしも杓子定規に計画通りに進める必要もないのですが、見ていると「計画が無理なこととが分かったから変更する」とか「もっとよい学習方法が見つかったから変更する」というのではないのです。

どういう変更が多いかというと、実際はむしろ、「今日は疲れているので会話だけにしたい」というようなことが多かったのです。これは学習計画に入っている「能力投資」系の学習計画から、まさに「余暇活動」系の学習への変更ということもできます。

これらの観察から、僕自身も、少なくとも僕の自律学習のクラスに参加している学習者たちの多くは、余暇活動として日本語学習を楽しみにきているのではないかと考えるようになりました。

そこで、現在第4期目に入っている自律学習コースでは、第3期目から学習計画を単に「どのデジタルバッジをいくつほしいですか」という形に変更しました。現場で見た印象としては、能力ベースの目標を立てさせて、それに沿った学習計画を作らせるという従来の自律学習の方法に比べて、学習者の表情は明らかに「困っていない」ように見えました。実際に、ほしいバッジを選んで、その脇にある空欄にほしい数を記入するだけですから、やり方も簡単なわけです。

しかし、実際に学習者の記録を見てみると、単に記入方法が簡単だったというだけではなく、選ばれたバッジの種類も、ちょっと想定とは違っていることに気が付きました。「能力ベースの目標」ではなく、「過程」に焦点が当たっていることも少なくないのです。以下に、実際のデータをご紹介します。数字はクラスの集計で、1人で「このバッジを3つほしい」というように書いている学習者もいますので、学習者数ではありません。

19 アニメ
17 ポートフォリオ
11 漢字
10 文法
9 語彙リスト
9 Anki
9 武道
8 忍者
6 学習計画
5 映画
5 会話
4 マンガ
4 料理
3 写真
3 美術
3 敬語
3 発表
3 MOOC
2 ラノベ
2 読書
2 聴解
1 作文
1 ゲーム
1 侍
1 本の共有
1 アプリ
1 手工芸
0 ひらがな
0 かたかな
0 初めての投稿
0 初めてのコメント
0 初めての質問
0 初めての回答
0 初めてのアンケート
0 初めての日本人の友だち
0 初めての日本人グループ
0 Lang-8
0 クイズレット
0 ウィキペディア
0 Youtube
0 感想
0 Jポップ
0 文学
0 ビジネス
0 音声
0 自己分析
0 学習計画改善
0 自己評価
0 成果物
0 ハングアウト
0 チャット
0 スカイプ
0 リンク、URL
0 支援・サポート
0 書き取り
0 録音
0 アフレコ
0 音読
0 シャドーイング
0 日本語能力試験

「漢字」「会話」などは能力ベースに見えないこともないかと思いますが、「ポートフォリオ」「語彙リスト」「Anki」(語彙や漢字を学ぶためのアプリ)、「学習計画」などの、明らかに能力ベースではなく学習過程に関連したバッジも多く選ばれていることが分かります。そして、「アニメ」などに関しても、実際に彼らがやっているのは、「アニメが理解できるようになるためにアニメ用語集で語彙を勉強する」というような能力ベースの目標を達成するための学習活動ではなく、「アニメについて会話をした」「アニメを聞いて聴解の勉強をした」などの場合がほとんどなのです。

ここでも、日本語学習の過程を楽しんでいるのであって、目標を達成するために能力投資をしているのではないという背景が見えてくるのではないかと思います。

そこで考えなくてはならないことの一つは上記のリンクで瀬尾匡輝さんが疑問を呈している「「コミュニケーションを目指さない」からといって、従来の訳読法やオーディオリンガル・メソッドといった伝統的な教授法でもいいのでしょうか。」という点です。

オーディオリンガル・メソッドに関しては、機械的な練習が中心で楽しくないので、まず余暇活動にはふさわしくありませんよね。問題外です。

しかし、再考しなければならないのは文法訳読法です。以前、以下のエントリーで詳しく書きましたが、語学を利用した余暇活動としては「その言語で書かれた本を読む」「その言語で話される映画を見る」というのはかなり中心的な位置を占めるのではないでしょうか。

むらログ: それはコンテンツであり、教科書ではない。もしくは文法訳読法とCBIについて。
http://mongolia.seesaa.net/article/371995229.html

つまり、余暇活動としての日本語学習の場合、楽しめるコンテンツを選ぶ限りにおいては、文法訳読法というのは選択肢の一つとして考慮してもいいのではないかと思います。たぶん、映画で英語を勉強する「超字幕」シリーズとかも、勉強のためというより娯楽として購入している人がいるんじゃないかと思います。少なくとも、僕はそうでした。

特に日本語学習の場合は、アニメやマンガなどのコンテンツから入ってきた人も多くいますので、文法訳読法を見なおしてみてもいいのではないかと思います。というより、以下の様なビデオを見ていると、むしろこちらが中心になってくるのではないかと思えてくるぐらいです。



このビデオが投稿されたのはたった一週間前ですが、すでに8667回の再生回数になっています。中東欧で一番日本語学習者の多いポーランドでも3985人ですから、その2倍以上の人がこのビデオを見た計算になるわけです。

最後に、誤解してほしくないのですが、従来の能力投資としての語学学習のクラスにおいては、課題達成能力を目標において、評価などもそれに沿って行うのがベストであることは言うまでもありません。文型や語彙や漢字を教えるだけでは課題達成能力がつきませんから、そうした授業の改善のためには能力記述文(CDS)を軸にしたコースデザインが必須です。僕がここで申し上げているのは、従来の能力投資としての語学学習とは別に、消費としての語学学習を行う層が出現していて、そこでは別なアプローチが必要であるということです。

そして冒険は続く。

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posted by 村上吉文 at 23:08 | TrackBack(0) | 日本語hacks! | このエントリーをはてなブックマークに追加

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