2015年04月26日

気持ちを伝えるのは手書き文字ではなく笑顔

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日も人喰い植物のツタを半月刀で斬り落としていますか。

さて、私事ですが、一週間前に無事に48回めの誕生日を迎えました。おかげさまで沢山の人にお祝いのメッセージをいたきました。みなさま、ありがとうございました。普段はいろいろな内容の情報交換がありますが、これほど共通した内容を、まとまった量でしかも多様なチャンネルを通していただくことはないので、考えたことがあります。

と言っても非常に当たり前すぎる内容なのですが、要するにこういうことです。

音声でのメッセージ:
場所と時間を相手と共有している人が使う。昔は電話という音声コミュニケーション手段もあったが、今回は電話で誕生祝いを伝えてくれた人はゼロ。要するに音声はすべて家庭や職場での対面でのコミュニケーションです。

デジタルな文字のメッセージ:
場所を相手と共有していない人が使う。時間を共有している場合は文字チャットでもお祝いをいただきました。

手書き文字のメッセージ:
相手と場所を共有しているが、時間を共有していない人が使う。例えば昼休みが終わって職場に帰ってきたら同僚からのメッセージが机の上においてあるとか。

手書きのメッセージをいただいた時に思ったのですが、これは職場だったので、後から顔を合わせた時にお礼を言いました。あらためてその時にも「おめでとうございます」と言われたのですが、比べてみると、やっぱり気持ちが伝わるのは手書きよりも笑顔なんですよね。当たり前ですけど。

手書き文字にも感情を込めることは可能ですが、やはり実際の笑顔の力にはかないません。たとえば本当は怒っているのに楽しそうな字を書くことはいくらでも可能ですが、対面でそういった感情を隠すのは比較にならないほど大変ですよね。それは対面ではそれだけ感情が伝わりやすいからです。

ということは、やはり「電子的な文字では気持ちがこもらないから手書き文字を教えるべき」という主張はちょっと違うんじゃないでしょうか。手書きであろうと電子的な文字であろうと、それが文字であるかぎり、そこに気持ちを込めることには非常に大きな限界があります。そして、それが手書きであるか、電子的な文字であるかはあまり違いはありません。

つまり、メッセージに心を込めるなら、以下のようにコミュニケーションするのが現代人なのではないかと思います。

時間と場所を共有できれば実際に対面して、目と目を合わせて口頭でメッセージを伝える。
場所を共有できなくても時間を共有できればスカイプやハングアウトや facetimeやappear.inで会う。(古風な人は電話する)
時間も場所も共有できなければビデオメッセージで録画を送る。(古風な人は留守電に録音)

これらのどれもが、手書き文字よりもずっと心のこもったメッセージを伝えることができると、少なくとも僕には思えます。

さて、インターネット元年と言われた1995年からもう20年も経つのに、いまだに日本語教育の世界では手書きが主流です。「心をこめることができないからデジタルな文字は教えない」と言っている人は、単に変化を恐れて現実から目をそむけているだけなのではないでしょうか。しかし、もうそろそろ現実を受け入れるべき時期です。もし本気で「メッセージに心を込めよう」と思っているのなら、手書きの文字を教えるのに何十時間も費やすのではなく、音声や動画などで笑顔を直接伝えられる手段の使い方を教えるべきです。デジタルな文字によるコミュニケーションを教えることは、人間から心の交流を奪うことではないのですから。

そして冒険は続く。

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posted by 村上吉文 at 22:10 | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加

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