2007年05月09日

IT化と日本語力の低下

産経新聞に「大丈夫か日本語」というシリーズが掲載されていたようです。

ですが、ちょっと「本当にそうなのかな」と思うこともあるので、いくつか書いておきます。
まず最初に、最近の大学生の日本語レベルが低いということについて。
小野教授は「『(大学)全入時代』が到来し、外国人留学生と同等か、それ以下の日本語力しかない学生が出てきた。言葉の意味を学生に確認しながらでないと講義が進められない大学も少なくない。テスト利用校の急増ぶりに、大学側の危機感が表れている」と語った。
早期の英語教育の必要性を指摘する声が少なくない。だが、その是非を論ずる前に、母国語である日本語力の低下を深刻に受け止めた方がよいかもしれない。
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/070430/gkk070430000.htm
前半の部分は私も賛成します。大学全入時代になれば、大学生の平均レベルは下がる。当然です。しかし、このことをどうして「日本語力の低下」として嘆かなくてはならないのでしょうか。単に日本語力の低い人も大学に入れるようになったというだけの話で、むしろ喜ばしいことなのではないでしょうか。

次に、「中」編のメールと日本語力の相関について。
「短文化」も加速している。田中研究室に在籍していた立川結花さんが平成17年、大学生の携帯メール約400件を分析したところ、1件平均の文字数は約30字で、5年前の調査結果の3分の1にまで減っていた。「相手に悪く思われないためには、30秒以内に返信するのが暗黙のルール。送受信の頻度は上がり、極端な場合、1文字だけのメールがやり取りされることもある」(田中教授)のが実情だ。http://www.sankei.co.jp/kyouiku/kyouiku/070501/kik070501000.htm
長い文章を書けなくなっているのなら日本語力の低下と言ってもいいかもしれませんが、文中にもあるとおり携帯メールは急いで返事することが多いので、短文化していくことはごく自然なことではないかと思います。それまでは短い文章を送信するという文化が浸透してなかったので、以前は長かったのでしょう。いずれにせよ、冗長な文章が望ましいわけはないので、短文化=日本語力の低下とは言えないはずです。
 独立行政法人メディア教育開発センターは昨年、大学生約1200人の1日平均の携帯メール送受信回数と日本語の基礎学力の相関関係を調べた。「中学レベル」と判定された学生の平均が1日約32回だったのに対し、「高1レベル」は約27回、「高3レベル」は約15回。送受信回数が多い学生ほど日本語テストの点数が低いという結果が出た。
 「言葉足らずなやりとりなので、送受信回数は増える。結果として、読書などの時間が削られ、語彙力の低下を招いているのではないか」
 調査を取りまとめた小野博教授(コミュニケーション科学)の分析だ。
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/kyouiku/070501/kik070501000.htm
ここで挙げられているデータから分かるのは「相関関係がある」ということだけです。マスコミのこの手の記事では、新しい技術などに関して「こういうマイナスの現象と相関関係がある。この技術のせいでこんなマイナス現象が起きたんだ!」とヒステリックなキャンペーンが繰り広げられることが多いですが、「AとBに相関関係がある」ことは必ずしも「AがBの原因だ」ということを意味しているわけではありません。「BがAの原因である」ときもありますし、まったく別のCが原因になって、ともにAとBを引き起こしているときもあります。

この記事でも、メールが原因で日本語力が下がる結果につながるという因果関係は何も証明されていません。逆に「勉強しない人ほど暇つぶしにメールを送信している」という可能性もありますし、私にはむしろその方が自然に感じられます。

しかし、この「中」編は以下のように結んでいます。
IT化の流れはいや応なしに進む。新時代に対応した日本語教育はどうあるべきか。明確な答えは、まだ見えてこない。(海老沢類)
取材した教授だけでなく、記者自身の意見としても、IT化が日本語力の低下を招いているという因果関係を認識しているようです。しかし、繰り返しますが客観的な根拠は何も示されていません。

(大学生の日本語力を嘆く前に、まずプロである新聞記者が、きちんとした論理的な日本語を書くべきなのではないでしょうか。)

私自身も、手書きが少なくなってから手書きが苦手になってきました。しかし、それで苦労したのは、過渡期の比較的短い期間だけでした。今では板書の変わりにほとんどパワーポイントを使っていますので。

また、どんな生物でも、進化すれば一つの機能を失うようになっているものだと聞いたことがあります。人間も、車の運転ができる都会人は、馬の乗り方が下手になるでしょう。しかし、それって「退化」なのでしょうか。

それにしても、日本のテレビや新聞は、どうしてこんなにITが嫌いなのでしょうね。

しかしながら、私はIT時代こそ、言葉の重要性が増していると思います。このあたりも産経の記事とは正反対の認識ですね。記事では、以下のように書いています。
「昔と違って電話やメールがあれば隣近所で協力し合わなくても生きていける。無理にコミュニケーションする必要がないから、知らない言葉に出くわしても『あの人の話わからない』で済ませればいい。そんな環境の変化も影響しているのではないか」
(国語作文教育研究所。所長の宮川俊彦)
私は逆に、電話やメールは言葉こそが重要なのだと考えます。なぜなら、「隣近所で協力し合わなければ生きていけなかった時代」は、協力し合う人間がすべて目の前にいたからです。言葉以外に、表情や身振り、しぐさなどの多様なコミュニケーション手段がありました。また、長い付き合いの歴史がありますので、それまでの行動パターンからお互いの反応が予想できます。その時代こそ、「あうんの呼吸」なるものが重宝され、「沈黙は金」として言葉が無視されていた時代なのではないでしょうか。

一方、ITの恩恵により、私たちはほとんど会ったことのない人とも共同作業ができるようになりました。しかも、コミュニケーション手段は言語が中心です。そこでは「言わなくても分かってほしい」などという甘えは許されませんし、相手を説得できるのは論理に他なりません。ITの時代だからこそ、言葉を使わなければならないのではないでしょうか。このあたり、小渕首相の時代の軍事力ではない「言力」を育てろといった「21世紀日本の構想」を思い出します。
言力政治(ワード・ポリティクス)の強化
今日急速に重要性を高めているのは、言語を武器とする言力政治(ワード・ポリティクス)であり、その内容は、情報力、構想力、提案能力、表現力などである。言力政治に対応しうる能力を持つ個人が、政治家をはじめ各分野で輩出されることが重要である。そのためには、情報公開の促進、官民人事交流、官民合同チームによる政権毎の外交戦略の考案、重大事件についての報告書作成の慣行化などが必要である。http://www.kantei.go.jp/jp/21century/houkokusyo/0120yousi.html

そういう時代なのに、教育の方がどうもイマイチです。記事にある取り組み例を列挙します。
絵を言葉だけで説明したり、1つの言葉をもとに連想を広げて俳句を作ったりして日本語の感覚を磨いていく=伊丹小学校
授業では、俳句や古典、詩、落語、創作劇といった日本語の題材を取り上げ、音読や暗唱を通してことばの美しさやおもしろさを学ばせる。
中でも最も重視するのは語彙(ごい)の習得だ。小学校の授業は古典を中心に据えている。例えば、小学2年生の教科書には、李白の漢詩「静夜思」や論語を原文のまま掲載している。「音読して作品本来のリズムを体感してもらう。たとえ意味はわからなくても、幼いうちから多くの文字に触れることが、後々の語彙力アップにつながる」(区教委の小島茂・教育指導課長)という理由からだ。

こういった文学鑑賞系の授業では、倫理や感性を学ぶことを学ぶことはできるかもしれませんが、「21世紀日本の構想」で言われている「情報力、構想力、提案能力、表現力」などは、とうてい育成できないでしょう。

しかし、中に一つだけ明るい兆しが見えていました。
 2年前から授業の中で語彙力の習得と並行し、問いに対して結論から話すことを徹底させたところ、予想以上の成果が上がったという。
 「これまで『単語しゃべり』ばかりしていた子供たちが、理由を明確にして最後までしっかりと話せるようになった」と山田昌子校長は話す。

本当の日本語力を育成するには、こういったコミュニケーション能力の育成が必要なのであって、「美しい日本語を楽しむ」などといった悠長な余裕は、もはやないのではないかと思います。

自戒を込めて。



参考

【大丈夫か日本語・上】大学なのに…中学生レベル6割!?(海老沢類)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/070430/gkk070430000.htm
【大丈夫か日本語−中】メール使う人ほど日本語力低い?(海老沢類)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/kyouiku/070501/kik070501000.htm
【大丈夫か日本語−下】高校生の感想文に「ヤバイ」並ぶ(海老沢類)
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/070502/gkk070502001.htm

2007/6/24追記
三年前にも産経は似たような記事を書いていて、そこでもかなりあくどい情報操作がなされていたようです。
http://oak.zero.ad.jp/bee/sansuu/okasii/okasii.html
posted by 村上吉文 at 08:55 | Comment(0) | TrackBack(1) | ことば | このエントリーをはてなブックマークに追加
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IT化と日本語力の低下
Excerpt: <p>「IT時代こそ、言葉の重要性が増している」という筆者に同感。産経新聞の記事は強引すぎますね。</p>
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Tracked: 2007-05-09 09:36