2014年10月27日

「子供のタブレット利用に賛成? 反対?」

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日も悪党に捕まって灼熱の砂漠にラクダもなしに放置されていますか?

さて、先日「子供のタブレット利用に賛成? 反対?」というアンケートがyahoo!で行われていました。
http://polls.dailynews.yahoo.co.jp/other/12202/result

反対の人のほうが賛成の2倍ぐらいあるのですが、反対の人はタブレットについてかなり誤解があるようです。反対している人に返信してまでコメントする気はないのですが、このブログの読者にもそういう誤解をしている人がいるかもしれませんので、そういう人たちのために、ここでタブレットに関する誤解に関して一言書いておきたいと思います。

本題のアンケートですが、上のリンクを見ていただければ「反対」の人の意見はご覧になれます。しかし、ここでも少しご紹介しながら誤解を指摘してみたいと思います。

まず「インターネットは有害」という意見。たとえば川崎市総合文化センターの赤星快人さんは「悪質な人物や情報にダイレクトで接触してしまう事による重大な悪影響について何の警戒もしない馬鹿な連中だけが子供達にこんな物を買い与える。」とお書きになっています。もちろん、子供を犯罪者にわざわざ紹介してやるような真似は必要ありませんよね。ただし、タブレット=インターネットではありませんし、インターネット=犯罪者でもありません。たとえば、子供に使わせるアプリを入れる時だけネットに接続して、それ以外の時は切っておくだけでも、子どもたちを有害情報などから守ることもできます。美しい詩でも哲学でも、読ませたいものだけ入れておくということもできますね。インターネットは紙と同じで、ポルノのような有害情報もあれば、役に立つものもあります。

あと、なぜか漢字が書けなくなるという意見もありますが、これも漢字学習アプリを入れれば紙よりずっと楽しくなり、学習時間は自然に長くなります。うちは「書き取り漢字FREE」というアプリを入れていますが、指で10インチの画面いっぱいに大きく書くことができ、正誤判定をしてくれます。紙の宿題では帰宅後に書いてから翌日先生に添削してもらって自分の手元に戻るまでに一日近くかかってしますが、アプリならその場で採点してくれるので、学習効果も高いのではないでしょうか。たぶん、デジタル機器はキーボードしか使わないという誤解があるのかもしれませんが、タブレットはタッチパネルですので、手書きも自由にできます。

次に、紙の教科書などと同じ問題を指摘している批判もあります。たとえば宮澤有子さんという方は「あくまでも私は、「匂い・触る・聞く」などの実体験をさせたほうがいいのかな、と。手間ひまやお金がかかりますが・・・。」と書いていますが、それが原因でタブレットを使わせないのでしら、同じように紙の教科書も与えるべきではないことになってしまいます。もし、紙の本などを子供に与えることを許容できるのでしたら、タブレットも問題ないでしょう。なお、宮澤さんがご指摘のうちの「匂い・触る・聞く」のうち、「聞く」は紙では無理ですがタブレットでは可能なので、どちらかを禁止するのなら、むしろ紙を禁止しなければなりません。

また、情操教育ができないという誤解もあるようです。
「人間の基礎教育の現場に持ち込みは反対です。人間の基礎さえ知らずに成長していくことの恐ろしさは最近の犯罪だけで沢山です。人生はゲームではないのです。」(萩野猛夫さん)
「人間としての倫理観も覚えない内に機械ばかりに教育を頼った結果がどうなるかを考えると、正直ゾっとします。」(植西浩一さん)
別にタブレットを使ったら「人間の基礎」「人間としての倫理観」が勉強できなくなるというわけではありませんし、ここではその根拠も提示されていません。「最近の犯罪」を犯す者が子供だった時にはタブレットはなかったので、因果関係がないことも明らかですよね。
もしかしたら、このお二方はタブレットを使うと人間の先生がいなくなるとか、人間とのコミュニケーションができなくなるとか誤解していらっしゃるのかもしれませんが、今のところは少なくとも高校まではそのような動きはないので、「基礎教育」や「人間としての倫理観も覚えない内」に関しては杞憂でしょう。大学などの高等教育になるとMOOCなどによって本当に教員と接する機会のない教育環境が出現しつつありますが、一方で、もともと教員のいない辺境などで学ぶ若者たちにとってはこれは革命であり、福音であることも忘れてはなりません。
いずれにせよ、紙の本で感動できるようにタブレットで号泣することもありますし、むしろ、感性を揺さぶる力は動画や音声のあるタブレットのほうが文字と絵だけの本よりずっと強いので、情操教育にも大きな効果があるのは間違いありません。(その分、親や教師が有害なコンテンツばかり見せていたら問題も大きいでしょうけど)

中には、タブレットの本質的な力を理解されたうえでの批判もあり、広島県福山市の壬生紀代さんは「社会格差を生みます。」とお書きになっています。これは僕も同感で、たいへん問題だと思います。タブレットを始めとするデジタル機器の学習効果は非常に高いので、タブレットを与えられた子どもと、そうでない子供の間に恐ろしい社会格差が生まれてしまうのは事実でしょう。しかし、僕の子どもや、僕の教室の学習者だけに使わせないことで、その格差をなくすことはできません。単に新たな敗者を生むだけです。したがって、教育機関や親が子供にタブレットを禁止することが正しいとは僕には思えません。

このアンケートでは反対者の半分ぐらいの数で賛成している人がいるのですが、読んでみる限り、賛成している人は明らかに自分でも実際にタブレットを使っているらしいということです。そして、反対している人の中には残念ながらタブレットをあまりよくご存じではないように見受けられる人も少なくありません。よくご存じでない方が子供にタブレットを与えてしまうと有害情報に毒されてしまうという懸念は理解できないこともないのですが、しかし、それも誤解である可能性もあります。ご関心のある方は例えば以下の講演などをご覧ください。忙しい人でも文字起こしの日本語訳がありますので、すぐに目を通せますよ。

TED日本語 - スガタ・ミトラ:「自己学習にまつわる新しい試み」
http://digitalcast.jp/v/12178/#

とは言っても、親のコントロールもなしに子供にタブレットを渡すのがいいかというと、僕の場合は、やっぱりある程度のルールは決めています。

うちではどうしているかというと、1台のタブレットを二人の子どもと親二人の家族全員で使っているので、結果的に制限時間付きです。また使っていい時間でも学校の宿題が終わっていない時は読書も含めて遊んではいけないことになっているので、タブレットも使ってはいけないことになっています。中でもYouTubeはテレビよりはマシかとは思いますが、かなり受動的に刺激を受け続けることになって頭を使わないままに時間が過ぎてしまいそうなので、1日に30分以上は見ないことに決めています。しかし、宿題が終わっていれば、九九や漢字の学習アプリは制限時間以外でも使わせていますし、むしろこちらがやって見せて関心を持たせることもあります。ゲームのような効果音が入っているので親がやっていると自然に見に来ます。最近は将棋をタブレットで一緒にやることもあります。

ということで、タブレットに関しては、もしネットが怖いのだったらネットにアクセスしないようにして使わせればいいし、人間とのコミュニケーションがなくなるということが不安なのだったら、人間とのコミュニケーションのために使えばいいのです。タブレットも道具に過ぎませんので、他のあらゆる道具と同じように、賢く使えば役に立ちますし、そうできなければ役に立ちません。

実際、普通にタブレットを使っている人間にとっては、「タブレットを使わせるな」というのは「自分はタブレットが賢く使えない」と告白しているように見えてしまうのです。子どもたちがタブレットに触れるのはもはや避けようがないので、まずは、親や教育者が積極的に自分自身で使っていきながら、子どもたちにとって何が有益なのかを学んでいくことが大切なのではないでしょうか。

そして冒険は続く。

(自分のブログなのになぜかコメントが拒否されるので、できればGoogle+Facebookツイッターなどにコメントをお願いします)
posted by 村上吉文 at 05:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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