2007年05月02日

フラット化する世界

トーマス・フリードマンの『フラット化する世界(上)』を読みました。なかなか刺激的な本です。梅田望夫さんの「ウェブ進化論」に興奮した人なら、まちがいなくワクワクドキドキの世界を体験できます。

「フラット化」というのは、最初は競技場の比喩として登場するので、本文の前半を読んでいるうちはイメージがピンと来ませんでした。「平らな競技場? もともと競技場は平らだし」とか。この辺では「障害がない」「誰もが競争に参加できる」という意味で使われているようです。が、後半で意味されているのは、要するに組織のフラット化のように使われる「フラット化」ですね。

原題は"The world is flat."で、「世界は平らだ」ですね。まあ、その経緯を考察しているので邦題では「フラット化する世界」になっているのでしょう。

世界がフラット化した原因をフリードマンは10個あげていて、それは以下の通りです。

「ベルリンの壁の崩壊と、創造性の新時代」
「インターネットの普及と、接続の新時代」
「共同作業を可能にした新しいソフトウェア」
「アップローディング:コミュニティの力を利用する」
「アウトソーシング:Y2Kとインドの目覚め」
「オフショアリング:中国のWTO加盟」
「サプライチェーン:ウォルマートはなぜ強いのか」
「インソーシング:UPSの新しいビジネス」
「インフォーミング:知りたいことはグーグルに聞け」
「ステロイド:新テクノロジーがさらに加速する」

この中で最後の「ステロイド」に違和感を持つ人もいるでしょう。というか私はそうでしたが、読んでみると、「副作用が懸念されている」というニュアンスではなく、筋肉増強剤としてのステロイドで、しかもそれは比喩です。もっと小さな技術革新の集まりが、筋肉増強剤のように作用し、それまでの九つの要因をさらに加速しているということでした。

上記10要因のうち「ベルリンの壁の崩壊と、創造性の新時代」「インターネットの普及と、接続の新時代」については、こうして人のブログを見ている人にとってはそれほど目新しいことではないでしょう。「アップローディング:コミュニティの力を利用する」は、ここで私が何度も書いているwikiなどが典型でしょうし、「アウトソーシング:Y2Kとインドの目覚め」「オフショアリング:中国のWTO加盟」は、まさにその現場で働く人たちに特化した日本語のクラスを私がやっていたことなどもあり(場所はインドでも中国でもありませんでしたが)、「そうそう」という感じでした。

私にとって非常に勉強になったというか、知らなかったので驚いたことは、「インソーシング:UPSの新しいビジネス」の部分です。UPSという運送会社の名前ぐらいは聞いたことがありましたが、例えばこの会社は修理用の東芝のノートパソコンを受け取ったら、東芝に送らず、自社の作業場で修理するのだそうです。修理工はすべて東芝の審査に合格しているということですが、東芝から見れば単純なアウトソーシングではなく、お客様から預かった自社製品を、「自社をまったく経由せずに」お客様の元に戻すわけですね。この例だとそれほど驚くに当たらないような感じもありますが、小さなピザ屋さんの配達を請け負ったり、要するに顧客はロジスティックス部門を第三者であるUPSに丸投げしてしまっているわけです。そこまで他社に依存してしまって大丈夫なのかちょっと心配ですが。「シンクロナイズド・コマーシャル・ソリューションズ」というらしいです。

10の要因のうち、三つ目の「共同作業を可能にした新しいソフトウェア」というのは、体験したことがないからか、よく分かりませんでした。この章の中核がワークフロー・ソフトウェアというものなのですが、SAPのR/3のような、いわゆるERPのことなのでしょうか。・・・と思ってちょっと検索してみたら、日本ユニシスのStaffwareというのが一番有名らしいです。しかし、私のような門外漢には、ERPシステムの方がずっとスゴイように見えます。
参考:日本ユニシスstaffware「導入のメリット」
http://www.unisys.co.jp/staffware/whatwfl.html#merit

というような検索が気軽にできることが、要因9番目の「インフォーミング:知りたいことはグーグルに聞け」に書いてあります。面白かったのは米国の国務大臣だったコリン・パウエルの秘書の例で、パウエルが全部自分で調べてしまうので、情報を提供するという業務はほとんどないのだとか。

以下、目に付いたところを引用しておきます。

まず、非常に残念なのが57ページのこの部分。
戦時中の中国に対する行為を、日本政府は未だに公式に謝罪していない
言うまでもなく、日本は既に何度も公式に謝罪しています。いちおう、ウィキペディアの記事にURLを張っておきます。
ウィキペディア「日本の戦争謝罪発言一覧」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%88%A6%E4%BA%89%E8%AC%9D%E7%BD%AA%E7%99%BA%E8%A8%80%E4%B8%80%E8%A6%A7
ピューリツァー章を三度も受賞しているジャーナリストですらこんな認識だというのは、暗澹たる思いですね。しかも、フリードマン自身が「本書の執筆のために利用している」と書いている英語版のウィキペディアにだって、きちんとリストアップされています。
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_war_apology_statements_issued_by_Japan
「このぐらいは読んでから書けよ」というのが、正直な感想です。
ちなみに、ジャーナリストであるフリードマンは、ジャーナリストではないブロガー(ブログの書き手)に対して、「ちゃんと検証してから送信ボタンを押せ」というようなことも本書で書いていましたが、この例でもよく分かるように、ろくな検証をしていないのはジャーナリズムの側もまったく同じなわけです。

以下、日本語教師にとっても興味深い事例をご紹介します。

66ページ
一年生に読み方を教えている妻のアンから、アメリカの児童や親がいまやインドのオンライン家庭教師を使っているという記事のことを教えられた

68ページ
オンライン家庭教師ビジネスが開始されたのは三年足らず前だが、もう数千人のインド人家庭教師が、アメリカの生徒に数学、科学、国語を教えている。料金は一時間に15ドルから20ドルで、アメリカの家庭教師40ドルから100ドルという料金を比べると格段に安い。

175ページ
アメリカのほとんどのハイスクールで生徒がウェブサイトを使って教師のランク付けをしていると知ったときには、誇張がすぎていると思った。しかし、RateMyTeachers.comの存在を知った。アメリカとカナダのミドルスクールとハイスクール四万校で、教師90万人以上が、600万人以上の投票によってランク付けされている

381ページ
IMF調査局長のラグラム・ラジャンは、インドの学生がインターネットを使ってシンガポールその他の国の生徒に教えるという、きわめて革新的なインドの教育産業ヘイマスの役員を務めている。生徒は幼稚園児から高校三年生までで、数学や化学の様々な概念を教える最適な方法を組み立てるために、インド人、イギリス人、中国人の専門家も雇われている。ヘイマスはシンガポールの学校ばかりか、いまではアメリカの学校とも協力して、数学と化学を担当する教員向けの授業計画、パワーポイントのプレゼンテーション、オンライン教材一式、その他の教材を供給している。

世界がフラット化するということについて、自分の業界に近いところでも、ここまで進んでいるというのは驚きでもありますね。

内容とは別の視点ですが、本書は隠し味としてちょっとしたユーモアが随所にちりばめていて、長い割にはあまり肩が凝りません。たとえば、日本の西友と、巨大小売店チェーンのウォルマートの提携について触れた部分の最後に、ウォルマートが鮮魚の売り方だけは西友から教わらなければならなかったという事例を挙げ、こうしめくくっています。
ウォルマートに時間を与えてほしい。近い将来、われわれはウォルマートのスシを目にするはずだ。誰か、マグロにそれを警告した方がいい。(238ページ)


さて、個人的な感想は、これだけ強力で便利なツールが普及している今、それを使うか使わないかで、人間の能力は何百倍も違ってしまうだろうな、ということです。私が全速力で走ってもモーリス・グリーン(五輪メダリスト)には絶対に勝てませんが、乗り物を使えば、全速力で走るグリーンを追い抜くのは簡単なのですから。要するに、新幹線に乗るか全速力で走るかの違いが、「移動」でなく「知的生産」の分野で起こりつつあるのだと思います。
 それと、このブログで何度も取り上げているweb2.0という概念が、本書で取り上げられているグローバリゼーション3.0という概念と非常に近いということですね。もし、仕事でインターネットを多用しているからといっても、それはもはや時代遅れなweb1.0やグローバリゼーション2.0的な仕事術かもしれませんし、ましてや、そういうツールに最初から興味がないのであれば、勝ち目はありません。

本書の下巻はまだ読んでいませんが、簡単な書評によると、下巻ではそういった内容が中心になるようです。
フラット化する世界で安定した経済生活を手に入れる為には、『無敵の個人(無敵の民)』にならなければならないとトーマス・フリードマンは『フラット化する世界・下巻』で述べているが、無敵の個人というのは端的には『代替不可能な仕事をする個人』のことであり、具体的には『アウトソーシング・デジタル化・オートメーション化の影響を受けない仕事をする個人』のことである。http://charm.at.webry.info/200701/article_4.html


なお、著者のフリードマンは3度もピューリツァー賞を受賞している著名なジャーナリストですが、「フリードマンによると」などといきなり引用されている場合は、ほとんどが経済思想家のミルトン・フリードマンのことです。
posted by 村上吉文 at 04:59 | Comment(0) | TrackBack(1) | 書評 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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フラット化する世界
Excerpt: <p>書評記事ですが「フラット化する」ということの意味と、その世界で生き残るための「無敵の個人」=「代替不可能な仕事をする個人」とは、について考えさせられる。</p>
Weblog: BookDAQ.jp
Tracked: 2007-05-02 05:53