2014年09月19日

映画一本の翻訳を終えて

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス




冒険家の皆さん、今日もさらわれたお姫様をさがして魔宮に忍び込んでいますか?

さて、CBI(Content-based Instruction 内容重視の語学教育)の例として、お気に入りのハンガリー映画『szabadság szerelem』の翻訳を続けてきたのですが、先日、ようやく終わりましたので、感想などを書いてみたいと思います。

まず最初に声を大にして言いたいのは、もし学習者が望むなら、機械翻訳をどんどん使わせるべきだということです。ここでのポイントは「もし学習者が望むなら」というところです。

というのも、僕自身の経験でも、ある程度読めるようになってくると、わざわざ機械翻訳を通すのが面倒くさくなってくるからです。それよりは、知らない単語だけ調べて、あとは自分で読んだほうが早いです。

もちろんこれは学習者のその時のレベルだけによるものではありません。僕も現状では映画のセリフなら、機械翻訳より、まずは自分で推測して済ませるか、あるいは知らない単語だけ辞書を使うほうが楽なんですが、新聞記事ぐらいになるとハンガリー語のレベルも高いし映画のように映像から想像することもできないので、まだ全然わかりません。ですから、その場合は機械翻訳を通さないと内容が理解できません。

それで、よくある誤解は、「機械翻訳なんか使ったら学習活動にならない」「楽だから語学が身につかない」というものです。これは全然違います。

その第一の理由は、現状では機械翻訳の精度はそれほど高くないという点です。ハンガリー語から日本語にしてみると、たとえば、僕の一番好きなシーンを、機械翻訳が訳したものと、僕が翻訳したもので比較してみます。それぞれの文で、上が機械翻訳、下が僕の翻訳です。

家庭では、すべてが失われます。
祖国では全て失われてしまった。

あなたが今ここにいるとjátszanotokする必要はなぜしかし、それはある。
しかし、だからこそ、お前たちはここで今プレーしなければならないんだ。

私たちは、世界に示す必要があります
世界に見せなくてはならない。

ハンガリーを完全に克服することができない。
ハンガリーは完全に打ち負かされてしまうことは絶対にないのだと。

あなたが家か来るそして、それはあなたのビジネスだ。
その後、国へ帰るか帰らないかはお前たちが考えろ。

あなたが食べる前にしかし、それはオリンピックに勝った!
だがその前に、お前たちはこのオリンピックで勝つんだ!

だけではなく、自分の操作を行います。
お前たちのためだけじゃない。

ホームに戻る。
祖国のためだ。

彼らはそれに値する。
祖国にはそれだけの価値がある。

ご覧のとおり、分かるところもありますが、機械翻訳を通しても、かなりの解読が必要です。
そして、仮にうまく翻訳されているところでも、それぞれの単語がどういう意味か分かっていないと、別の文脈ではそれぞれの表現が使えません。つまり、それぞれの単語を辞書で調べるような作業が結局は必要になります。実を言うと、最初の頃は機械翻訳を使っても5行を翻訳するのに1時間かかったりもしていました。これはCBIではときどき学習者のレベルに合っていないコンテンツに遭遇する可能性もあるからです。

機械翻訳を通したほうがいいもう一つの理由は、それが誤解をチェックしてくれる機能もあるからです。たとえば上の翻訳でも、僕が「お前たちが考えろ」としたところが機械翻訳では「あなたのビジネスだ」になっています。まあ、「俺は知らない。好きなようにしろ」というニュアンスかと思いますが。実はこれは僕のほうが間違っていて、「ビジネス」と「考える」にあたるハンガリー語がよく似ていて、それを混同していたからです。この部分はすでに映画の後半で、僕は機械翻訳をほとんど使わなくなっていたので、このブログを書くために機械翻訳を通してみるまで、気がついていませんでした。でも、もっと初歩の段階だったら、機械翻訳を通すことにより、気がついていたはずです。

そして、機械翻訳を使うべき最も大きな理由は、機械翻訳を使わなければ意味が分からないことがよくあるからです。辞書を使っても、多くの語彙は多義で、辞書に載っているうちのどの意味かはすぐには分かりません。しかし、自動翻訳にかけると、少なくともGoogleのようなビッグデータ型の機械翻訳であれば、前後の脈絡から適切な意味を示してくれることがあります。同じ辞書をひくにしても、こうして意味が想像できた上で調べるのと、全く暗中模索で調べるのでは学習効率がまったく違います。

と言っても、CBIで勉強する場合、機械翻訳を通したうえで、自分で辞書を引いても、まだ分からないところは残ります。そういうとき、組織に属さない冒険家にも強力な仲間がいます。そう、ソーシャル・メディアです。

僕の場合は、まずはFacebookの自分のタイムラインで、ハンガリー関係の人に自分の翻訳をシェアしていました。そうすると、大変ありがたいことに、ハンガリー語に堪能な日本人や、日本語学習中のハンガリー人が、僕の間違っている部分についてコメントしてくれるのです。一応、外部には公開していなかったので固有名詞はあげませんが、KさんとHさんというお二人には特に大変お世話になりました。

でも、そうすると、「村上さんは人脈があるからいいよね-」とか言われるので言っておきますが、まず、その人脈を作るのがソーシャル・メディアなのです。少なくとも、先に述べたお二人のうちのHさんの方は、ハンガリー語を学び始めるまで会ったこともなく、お名前も知りませんでした。そのあと、もっと広い方面でお世話になることになったので今では「ソーシャル・メディアだけのつながり」ではありませんが、最初にハンガリー語についてコメントを頂いていたころは、それ以上のつながりはなかったのです。

しかし、中には積極的にそういうつながりを一対一で作っていくのが苦手な人もいるでしょう。そういう場合は専門のグループがあります。Facebookでも、ハンガリー語と日本語の学習者がお互いに交流するグループもありますし、ハンガリー語に関する質問を英語で受付けているグループもあります。日本語学習者でしたら、もちろん「The Nihongo Learning Community」( https://www.facebook.com/groups/The.Nihongo.Learning.Community/ )などで同じことができますよね。

自分のタイムラインに書くのは、自分では気づいていなかった間違いを指摘してもらうにはとてもいいのですが、やはり、こちらから質問するには向いていません。皆さんが忙しい時には相手の目に届かないこともあるからです。その点、こうした専門の学習グループなら、知らない相手でも疑問に答えてもらうことができます。

いずれにせよ、機械翻訳が使えるようになってきたのも、ソーシャル・メディアが発展してきたのもここ数年のことにすぎないので、今ご自分で外国語を勉強していない日本語教師にとっては、こうした大きな変化を肌で感じる機会は非常に少ないのではないかと思います。そして、それは当然、学習者のポテンシャルを引き出すには、非常に不利なことにつながってしまいます。実際に「機械翻訳なんて使うな!」と言っている人の中には、そういう自ら学ぼうとする態度の見られない人が少なくありません。大切なのは機械翻訳やソーシャル・メディアにできることとできないことをきちんと見分けて、それらをどう使えば学習者の利益につながるかを考えることではないかと思います。語学学習というのは非常に時間のかかるものですから、使えるものは何でも使って、できるだけ高いレベルに学習者の能力を伸ばすのが、教師の使命なのではないでしょうか。

そして冒険は続く。

(自分のブログなのになぜかコメントが拒否されるので、できればFacebookツイッターなどにコメントをお願いします)
posted by 村上吉文 at 16:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本語hacks! | このエントリーをはてなブックマークに追加
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