2014年05月14日

観光ガイドと教師

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


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冒険家の皆さん、今日も世界冒険家協会に年次レポートを送っていますか?

さて、元日本語教師で今は観光ガイドに転身された友人の篠山美智子さんの話によると、皇居前の楠木正成の像を「家康」と紹介している某国のツアーガイドさんがいらしたんだとか。
実は前々からツアーガイドと教師って似ているところがあるなあ、と思っていたので、これを機会にちょっと書いておきたいと思います。

似ているのは、そのサービスのユーザーとの間に情報量の格差があることが前提になっていて、それを埋めることが業務の一部、時には中心だったり、全てだったりすることです。いわゆる教師は学生の知らない文法や漢字を教え、ツアーガイドは観光客の不案内な観光地を案内します。対価を支払ったサービスが終了した時点で、その情報の格差が少なくなっていることが望まれます。

もう一つは、ツアーも授業も団体行動だということです。観光地でよく見る、団体客がツアーガイドを取り囲んで話を聞いている風景、あれって教室で学習者に話している教師とよく似ていますよね。

僕は海外でツアーに参加することも多いので、エジプトの観光地で英語でエジプト神話の解説を聞くようなことも多いんですが、そうすると、途中から分からなくなってしまうことも少なくありません。でも、「すみません、分からないのでもう一度お願いします」とか言い出せないのも、教室の中とよく似ています。

それで、面倒くさくなって自分で歩き回ろうにも、団体行動なのであまり勝手なことはできません。その間に置いて行かれたりすると困りますから。

簡単にまとめてみると、団体旅行と一斉授業の間には以下の共通点があります。
・ユーザーとの間に情報格差があることが前提
・サービスが個別化されていない

しかし、どれもここ数年の間のICTの変化で、劇的に変化しています。その例として皇居前の楠木正成像について考えてみましょう。

冒頭の画像のように、GPS機能のついたスマホを持っていれば、楠木正成像の前でGoogleマップを広げるだけで、それが「楠正成像」であることが分かります。

そして、それが誰の像なのか分かった段階で、それを検索してみることも簡単です。楠正成の欄をwikipediaで見てみると、日本語や英語はもちろん、中国語、韓国語、インドネシア語など16言語でも書かれています。Simple Englishの版もあるので、日本の高校生ぐらいの英語力があれば母語が何であれ、「幕府をつくった人間」ではなく「幕府と戦った人間」であることは分かるでしょう。
また、ブラウザに音声読み上げ機能を入れておけば、いちいち目で文章を追う必要もありません。僕はパソコン用のものしか使っていませんが、おそらくスマホ用のもあるでしょうし、仮に今はなくてもすぐにできるでしょう。特に音声読上げ機能とか入れていなくてもChromeにはすでに音声検索がついていますから、マイクのボタンをタップして「楠正成」と言うだけで「楠正成はウィキペディアでは鎌倉末期から南北朝の武将。」などと音声で答えてくれます。

つまり、楠正成の像を見せて「家康」とか言うようなガイドよりは、現時点でもICTの方がずっとマシであることはもはや疑いようがありません。にも関わらず、まだそういうツアーガイドが絶滅していないのは、単純にスマホを持っていない(あるいは使わない)客がいるからです。これってようするに情報弱者に悪徳業者がたかっているという構図そのままですよね。しかし、あと何年かしたら優秀なツアーガイドか、あるいは機械に淘汰されてしまうでしょう。

今でも団体旅行が存在するのも同じ理由です。一人のガイドが複数の観光客を連れて行くほうが経済的だからです。言い換えると、今までは情報のリソースがユーザーの数に比べて少なかったわけです。しかし、観光客の一家族に一台ぐらいスマホが普及すれば、団体でなく個別化して自分の好きなペースで観光地を回れるようになります。地図上に自分の位置が表示されるので迷子になることもありません。

実際に僕もエジプトやハンガリーに来てから道に迷ったことがありません。また、街で面白そうなものを見た時は、もし時間があればその場でGoogleマップでそれが何かを見て、面白そうだったらウィキペディアを読みます。おかげで、ハンガリーは歴史的な人物の像を設置したり、名前を道路につけたりするので、ハンガリーの歴史の、たとえば坂本龍馬級の有名人なら何となくイメージできるようになりました。最初は全然興味がなかったんですけどね。

こうしたことは、スマホでGoogleマップが使えるようになるまでには考えられなかったことです。紙の地図では自分がどこにいるかは分かりませんから、こういうことはお金を払って、ガイドさんについて町を回らなければできなかったのです。

これは逆に言うと、案内を生業としていた人たちにとっては、それまでは考えられなかった危機にあると言ってもいいのではないでしょうか。

もちろん、篠山さんのようなレベルの高い人にとってはむしろ好機かもしれませんが(なにしろICTの時代は "Winner takes all." の時代でもあるので)、楠正成と家康の区別もできないガイドさんには、あまり明るい未来が待っているとは考えられません。

さて、今日の記事の最初に、ツアーガイドは語学教師と似ていると書きました。その理由は情報の格差を利用していることと、個別化がされていないからです。しかし、ここまで見てきたように、この2つはまさにICTが得意とすることです。

「言われていれば観光ガイドはスマホで充分かも」と思った語学教師の皆さん、もしかしたら、僕たちの足元も同じように崩れかけているのかもしれませんよ。

そして、冒険は続く。
posted by 村上吉文 at 11:05 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
かつて添乗員なのに、無理矢理現地でガイドをさせられていたころ、私はICT以下のガイドでした。確実に。

今はICTと仲良くしながら価値ある教師になりたいです。そのための冒険は続く・・・。
Posted by 中山裕子 at 2014年05月16日 06:34
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