2013年09月26日

中東の日本語教育

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


Egypt Sept 2013 Back to School 09
写真「Egypt Sept 2013 Back to School 9」

冒険家の皆さん、こんにちは。

2010年の9月にエジプトに派遣された僕の任期は10月6日に終わることになります。後任はまだ決まっていないので、これからカイロに派遣される将来の後任のためにも、「中東の日本語教育」について大雑把に書いておきたいと思います。

なお、僕は中東研究者ではありません。サウジに2年とエジプトに3年近く住んだことはありますが、それ以上の者ではありませんので、そこのところはお見知りおきください。しかし、大雑把な話というのは、専門の研究者という立場ではできないことも多いので、敢えて専門の研究者でないという立場から書いてみます。

まず最初に中東とはどこなんでしょうか。非常に定義があいまいな言葉ですが、僕が仕事の対象としていたのは、東はイランからは西はモロッコまで、北はトルコから南はスーダンまでと、幅広い地域でした。これは職場によっても違い、たとえばJICAなどはスーダンは中東には含まれないと聞いています。

これらの地域について第一に把握しておかなければならないことは、この地域の多様性です。アラビア語話者が一番多いとは言っても、トルコ語話者、ペルシャ語話者、ヘブライ語話者などがこの地域に住んでいます。しかも、これらはそれぞれの国や地域で最も中心的な言語に過ぎず、ベルベル語などのもっとマイナーな言語もたくさんあります。

モロッコのように第一外国語がフランス語のところもあり、英語がすべての地域で通じるということもなく、中東の日本語教育関係者の間での共通語としては日本語以外に存在しないのが現状です。繰り返しになりますが、アラビア語はトルコやイランやイスラエルなどでは主要言語ではありません。

また、宗教に関してももっとも多いのはもちろんイスラム教ですが、伝統的にずっとキリスト教やユダヤ教を信じている人もいます。サウジアラビアのように宗教色の強い国もあれば、ある程度は政教分離の進んでいる国もあります。トルコやエジプトのようにイスラム主義を強めようとする勢力と、世俗的な勢力が対決しているところもあります。

政治的にも、絶対王政で国政選挙などない国もあれば、民主制度の発展している国もあります。ついでに言うと、せっかく民主的に大統領を選んでおきながら軍事クーデターによる政権交代を国民が歓迎するような国もあります。

このように「中東とは〜である」と断言しまうと、何を言っても嘘になってしまうのですが、それでは一つ一つの国について知るしかなく、中東という地域を知るにはあまりにも不親切なので、切り口を2つほど紹介してみたいと思います。

■ 資源国かどうか
一つはその国が資源国かどうかということです。資源があると豊かになるからですが、一般的な豊かさの指標であるGDPとは違います。みんなが一生懸命働いて高いGDPを達成しているのと、もともと地面に埋まっている資源を外国人が探して、外国人が掘って、外国人が売って、その権利としてお金を得ているのでは、社会が全く違うのです。

どう違うかというと、その国の国籍を持っていれば、働かなくても食べていけるということが一番の違いかと思われます。「お金がなくて困っている」と感じている人は実はサウジにもいるのですが、非産油国のホームレスのように飢えに苦しんでいたり、公園の寒空の下でこごえて朝になったら息をしていなかった、などという悲しいことは産油国の国民ではありえません。

また、産油国では富を権力者が人より多く取っても、まだそれ以外にもまわす余裕があるので、「パンをよこせ!」という民衆革命が起きることもありません。したがって、王様は今でも王様のままです。

以下に、中東各国の石油生産量のリストをご紹介します。天然ガスは入っていません。

サウジアラビア 350.25
アラブ首長国連邦 116.8
カタール 108.72
クウェート 105.94
イラク 93.83
アルジェリア 70.57
イラン 67.42
リビア 61
オマーン 36.29
バーレーン 17.17
エジプト 11.17
トルコ 7.71
イエメン 5.1
チュニジア 2.83
スーダン 1.77
モロッコ 0.74
イスラエル 0
ヨルダン 0
アフガニスタン 0
レバノン 0

単位:10億USドル
「世界の原油輸出額ランキング」
http://ecodb.net/ranking/imf_txgo.html

ここでは便宜的に年間500億USドル以上の石油生産量のある国を「産油国」としておきましょう。
これらの地域の日本語教育では、もし必要があれば、教材を購入したり、日本人教師を日本から招いたりするのに経済的な理由で困ることは、あまりありません。また、インフラが整備されていることが多いので、インターネットで日本のアニメなどを知り、そこから日本語学習に入ってくる人たちも多くいます。ただし、働かなくても食べていけるので、アジアのように就職のために日本語を学ぼうというニーズはそれほど高くありません。

具体的な数字は10月19日の海外日本語教育学会でご紹介する予定ですが、国際交流基金の日本語教育国別情報に乗っている学習動機の中で仕事に関するものと、アニメや漫画に関するものを、産油国と非産油国で比較してみると、明らかに産油国はアニメや漫画に関する動機が高く、仕事に関する動機が低い一方、非産油国はアニメや漫画に関する動機は低く、仕事に関する動機が高いという傾向が見て取れます。(就職に関係のある高等教育と学校外のみで比較)

 国際交流基金 日本語教育国別情報 2011年度
 http://www.jpf.go.jp/j/japanese/survey/country/2011/index.html#m_east

経済的には問題があまりない産油国ですが、しかし、それでスムーズに日本語教育が発展しているかというと、実はそうでもありません。というのも、こういった地域では女性が日本語を学びたいと思っていることが多いのですが、宗教的に厳格な地域が多く、女性は学ぶ機会が限られていたり、あるいは男性教師から学ぶことができないことがあるのです。女性教員が教えようにも、女性の一人旅自体ができなかったり、女性の運転が認められていなかったりするので、組織的なサポートが必要になります。

一方、非産油国では、経済的にそれほど余裕がないので、日本語学習はJICAの協力隊や国際交流基金からの派遣者などが中心になります。また、通信インフラが未整備な場合が少なくなく、ネットから日本語学習に入ってくる層があまり厚くありません。学習ニーズは日本のサブカルを理解したいといったものよりも、収入に直結するようなものが多くなります。

しかし、非産油国では不労所得の富の分配がないので、権力者はあまり好き勝手なことができません。そのため、ある程度は統治のルールなどが分かりやすく、日本人が協力しやすい環境にあるとは言えます。


■ 政情が安定しているかどうか
資源国かどうかとは別に、政情が安定しているかも、この地域の日本語教育を考える上で、大きなポイントです。

基本的に、政情不安な国は日本人が国外退避などになってしまうので、現地の先生が育っているかどうかで日本語教育が続けられるかどうかが決まります。エジプトは協力隊も基金専門家も派遣が中断したままの状態ですが、カイロ大学を始め、現地の優秀な先生方が今でも日本語教育を続けています。また、個人の立場でエジプトに行っている日本人も活躍しています。

イエメンもそれまで長く現地の日本語教育を支えてきた日本人とイエメン人の夫婦が退避してしまいましたが、その代わりに別の教員が最近、日本語教室を再開しました。

一方で、シリアのようにまだ現地の先生が多くなかった場合は、日本語教育が再開できるめどは立っていません。もちろん、シリアの場合は政情不安の度合いが他の国とは全く違って、そもそも現地の教育自体が危機に瀕している状況なので、仮にエジプトほどの日本語教育の歴史があったとしても、再開はできていないかもしれませんが。

政情不安が続くイラクやリビアからは、フェスブックやLang-8などでほそぼそと日本語学習者の発信がありますが、やはり主体的に日本語を学ぶ余裕はなく、日本からも協力隊員やJF専門家を呼ぶ事ができる状況でもなさそうです。まずは暴力の停止と国の復興が当面の目標ということになるのでしょう。

ただし、政情不安の国の中でも、ある程度ネットインフラの整備が進んでいる産油国では、上記のようにネットで日本語を学ぶことはできるので、こうしたニーズを捕まえて日本語のオンラインスクールなどを紹介することができれば、下地を整えておくことはできます。いつか、国が安定した時に、その人たちが中心になって日本語教育の花が開くことになるかもしれません。

とは言っても、中東の全域が政情不安であるわけではありません。UAE、クウェイト、カタール、サウジアラビアなどはまったく平和です。これは上にも書きましたが、資源による富の分配があるので、「パンをよこせ!」という民衆の革命が起きないからというのが大きな理由かもしれません。

しかし、中にはモロッコやヨルダン、レバノン、トルコのように、それほど資源に恵まれていないのに政治的に安定している国々もあります。レバノンは内戦中のシリアとの関係が強いので、門外漢の僕には今後どうなるのか分かりませんが、少なくともモロッコ、ヨルダン、トルコなどから近いうちに日本語教育関係者が退避するようなことになるとは思えません。

そして、今もっとも日本語教育の可能性があるのも、実はこの地域なのではないかと思います。数日前にアンカラの平川JF専門家に聞いた話では、それまで2クラスだった初級が今学期は3クラスでスタートしたという話でした。また、モロッコでもここ2年余りの主な課題は学習者の増加に供給側がついていけないことですし、ヨルダンでも新しい日本センターの開設などが進んでいます。

以上をまとめてみると、こんなふうになります。

非産油国で政情不安な国。
かなり厳しい状況。ネットでの支援も難しい。

産油国で政情不安な国。
組織的には難しいが、ネットなどで自律的な学習を支援することはできる。

産油国で政情が安定している国。
アニメ鑑賞などのニーズが高く、宗教的な問題を乗り越えれば大いに発展する可能性あり。

非産油国で政情が安定している国。
就職などのニーズが高く、そのための学習機会もある。
現状ではこの地域の日本語教育のエース的存在。

なお、「中東」という表現はアラビア語でもそのまま
「الشرق الأوسط」
と使われていることもあり、ここでもそのまま使ってはいますが、もともとはそれ以外の場所を基準にした呼び方です。日本を中国から見て「日の出ずる所」とする例もあるように、必ずしもそれが蔑称になるわけではありませんが、例えば南モンゴル地域を「内蒙古」と呼ぶ場合はそういった呼称を望まない人が多くいることには留意しておきたいと思います。

そして冒険は続く。
posted by 村上吉文 at 15:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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