2013年08月13日

それは人間であり教材ではない。もしくは、使ってから覚える学習法について。

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス


Cliff jumping in Cassis

先日、SNAではまず海の中に放り込んでしまうのだという當作靖彦先生の言葉を紹介しました。僕も同じようなことはよく言っているのですが、そうするとよく聞かされる返事が2つあります。
一つは「だって海なんかないでしょう。外国で勉強しているのなら、母語話者なんていないんだから畳の上で泳ぐまねをするしかないじゃないの」というもの。

これにはもうすでにさんざん書いてきましたが、まさにそのポイントを劇的に変えたのがソーシャル・メディアであり、今は外国にいながら学習言語の話者と朝から晩まで毎日コミュニケーションすることができるのです。文字でも音声でも。

そして、もうひとつよく言われる言葉があります。「仮にそうだとしても、知らない語彙や文法ばかりではコミュニケーションできるはずがないでしょう」というものです。言い方を変えれば「溺死したらどうするんだ」という疑問に聞こえないこともありません。

しかし、ここにも語学学習に対する根の深い誤解があるように思います。こういう批判の底には、
「学習者は教師が手取り足取り指導してやらないと育たない」とか「特定の表現は、まず覚えてからでなければ使うことはできない」という認識があるようです。

また、緻密に計算しつくされた教材へのリスペクトもあるでしょう。特定の文型をなぜその課で提示するのかなどにも深い洞察があり、その背景には先達の言葉に対する偉大な研究や貢献があるのですから、それは理解できます。そして、こうした先人たちの教材を順番通りに丹念になぞっていくのが正しい教育だったのです。

オーディオ・リンガルやコミュニカティブ・アプローチの時代には確かにそうでした。学ぶためのリソースは限られていましたし、普通は学習者の知らない語彙などをまず先生が導入して、フラッシュカードなどで反復練習や代入練習などをして、きちんと頭に入れて口にも出せるようになってからインフォメーション・ギャップや談話構成を含んだ応用練習をして、そのあと教室の外に出て、実際に使ってみるのですよね。

つまり、その時代は
1.頭に入れる
2.練習する
3.使う
という順序が普通だったのです。

しかし、ソーシャル・メディアで語学を学ぶ場合は、これがまったく逆になります。つまり
1.使う
2.練習する
3.頭に入れる
という順序になるのです。

■ 外部の脳を使え!
とは言っても、まだ頭に入っていない表現を何の道具もなしに使うことはできませんよね。僕自身、まだハンガリー語の語彙が100もあるかどうかという時から、リアルタイムの文字チャットなどをしていますが、はっきり言って100語というのは、自分の実力だけで文字チャットをするにはまったく足りない語彙数です。しかし、それでも、補助ツールを使えば文字チャットはそれほど難しくないのです。

どんな補助ツールかというと、いつもここで書いているように、ブラウザ組み込み型辞書や自動翻訳などです。ブラウザ組み込み型辞書というのは、Google Dictionary(http://goo.gl/OLlEQ3)がいちばん有名ですが、日本語学習者の専用ツールとしてはChrome用のrikaikun(http://goo.gl/VHVFc)とか、FireFox用のrikaichan(http://goo.gl/SrI3S)などがあり、日本人の英語学習者用にはweblioからいいものが出ています(http://goo.gl/Erh0N)。

自動翻訳もいろいろありますが、僕がハンガリー語を学ぶときにはGoogle翻訳(http://goo.gl/88avbA)を使っています。マイナーな言語を学ぶときには、多くの言語をサポートしているのでやはりGoogleが頼りになります。

これが、「知らない言葉でもまず使う」ということです。

■ 忘れないために
こうしたツールを使っていれば、少なくとも文字チャットぐらいのスピードではあまり困ることはありません。

しかし、それだけでは僕のような凡人はコミュニケーションだけならできるものの、語学を身につけることはできません。中にはリアルタイムで辞書を使いながらその場でどんどん覚えていってしまって、同じチャットの中でもう自分の物にしてしまって使いこなすようなすごい人もいますが、そういう人はごく特殊な才能のある人達なので、やはり普通は頭に入れるための練習が必要です。そうしないと、どんどん流れていってしまって、結局語学の学習にはならないのです。

ですので、文字チャットなどでひと通りの会話が終わったら、そこで終わりにしないで、自分が使った表現を振り返り、記録しておく必要があります。これをしないと文字チャットなどでのコミュニケーションは補助ツールがあればできるものの、会話などはできるようになりません。

どのように記録するかは人によりますので、好みの方法を選べばいいと思いますが、復習がしやすいものを選ぶといいと思います。デジタルでもアナログでも、覚えたい語彙とその訳がワープロソフトや紙などのページにずらっと並んでいる種類の記録はあまり復習しやすいとはいえませんので、僕はおすすめしません。

また、もしクラスなどでこうした方法を指導する場合は、学習者がある程度ITツールなどに慣れている場合がほとんどだと思いますので、モバイルなどでも使えるようにクラウドサービスを使うように指導するのがいいのではないかと思います。

僕がハンガリー語を学ぶために個人的に使っているのはクイズレットというオンラインサービスです。(http://quizlet.com) 僕がまとめているフラッシュカードは、今、1000語を少し超えたところです(http://goo.gl/Xf5A6u)。このリンクをご覧になればわかると思いますが、写真を入れることができるので、記憶の手がかりにしやすく、効果的です。このクイズレットについてはまた日を改めてご紹介したいと思いますが、非常に多機能なのに無料なので、お勧めです。パソコンで編集してスマホで復習するような使い方も簡単です。

また、僕がアラビア語を勉強している時に使っていたのはANKIというサービスです。(http://ankiweb.net) これはクイズレットほど多機能ではありませんが、エビングハウスの忘却曲線などの記憶に関する研究結果を取り込んでいて、「忘れた頃に復習させてくれる」というところがたいへん素晴らしいです。クイズレットなどには「ランダムに出題する」という機能はあるのですが、ANKIは復習タイミングを「いつ登録したか」「前回は正しく思い出せたか」「正しく思い出せたとして、簡単に思い出せたか、それとも思い出すのが大変だったか」などのデータに基づいて計算し、その計算に基づいてタイミングを選んで出題してくれます。登録してから日が浅いうちや、間違えた回数が多い語彙ほど、短い間隔で復習できるようになっているのです。逆に、一年前に登録して前日簡単に思い出せたような単語は、翌日の復習時間の時には出題されません。

この他に、Googleドライブ(https://drive.google.com)のオンライン表計算ソフトもあとで自由にデータを加工したりする人にはお勧めです。

Google系では、Google翻訳(http://goo.gl/88avbA)そのものにも実は星のマークをクリックするとお気に入りとして記録しておく機能があります。これはフラッシュカード化したりする機能はついていないものの、Google翻訳をチャットの時に常用する人にとっては、その場でどんどん記録していけるので便利ですね。また、スピーカーのボタンを押すと人工音声で読み上げてくれるのも便利でしょう。そして、保存したデータをダウンロードしてエクセルや前述のGoogleドライブ表計算ソフトなどで加工したりすることもできます。

このように、リアルタイムで翻訳する補助ツールと、それを記録して練習する補助ツールにはすでにいろいろな種類がありますから、こうしたツールが豊富に存在している現代においては、「語学はまず頭に入れてから練習して、その後に使う」という順番はもはや常識ではありません。繰り返しますが、ソーシャル・メディアを使った語学学習の世界では、「まず使ってみて、役に立ったら練習して覚える」というのが一般的な順番になるのです。

「SNAでは畳の上で水泳の練習などしないで、まず海に放り込む」という方法に僕も賛成ですが、「海に放り込んだら溺死したりするのではないか」という「ひよわな学習者」のイメージがあまりないのもその理由の一つかもしれません。現代の学習者は、ICTを使わない教員が想像するよりも、はるかに強力な武器で武装している「つよい学習者」です。確かに、もし外国語の学習が初めてだったりしたら、今日ご紹介したような補助ツールの存在を学習者に知らせてやる必要はあるかもしれません。しかし、そうした「救命胴衣」に類するものさえあれば、溺死することなどないのです。「海とは何か」とか畳の上で講釈なんかしている暇があったら、どんどん海に放り込んで、実際に海を体験させてやりましょう。
posted by 村上吉文 at 09:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本語hacks! | このエントリーをはてなブックマークに追加
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