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2013年08月07日

ソーシャル・ネットワーキング・アプローチとは

クリエイ
ティブ・コモンズ・ライセンス




このブログではソーシャル・メディアが既存の語学学習観を破壊するというようなことを何度も書いていますが、研究者の間で言われている「ソーシャル・ネットワーキング・アプローチ」というのが僕の考えに重なるところもあるので、今日はここでご紹介しておきたいと思います。

■ これまでのあらすじ
しかし、ソーシャル・ネットワーキング・アプローチ(以降、面倒くさいので「SNA」とします)がどのように位置づけられるかを考えるために、これまでの外国語学習の進化を大雑把に復習してみましょう。

まず最初は情報を輸入するための外国語学習の時代です。例えば江戸時代、日本は鎖国していましたが、唯一オランダからヨーロッパの技術などを説明した本が輸入され、そこから海外の情報を知るためにオランダ語が勉強されていました。いわゆる「蘭学」というやつですよね。

ここではオランダ人と対面して口頭で情報交換する必要などはなかったので、基本的には文字中心の勉強だったのではないかと思いますし、オランダ語で書く必要もなかったので、文字を読んで理解すれば事足りたことと思います。外国語という認識はなかったかもしれませんが、漢文で書かれた論語の勉強などもほぼ同じだったことでしょう。

つまり「わかる」ことが大事だったわけですね。
教授法としては文法訳読法などが中心だったのではないかと思います。

この頃のICTとしては、すずりで墨をするとかそれを紙に書いて大切に保存するようなことが最先端の情報技術だったのかもしれません。

■ オーディオ・リンガルの時代
そして、時代はくだり、日本では第二次大戦後、オーディオ・リンガル(以下、「AL」)が全盛になります。要するに「わかる」だけでは使えないので、口を動かす練習をたくさんしようというわけです。そこで中心になったのが文型練習。僕が中学生の頃はまだオーディオ・リンガルが教育の現場では幅を利かせていて、やはり英語の授業というと空欄のある文型に次々と代入していく練習をしたのをよく覚えています。

教育に関わるICTとしては印刷教材の他に、ウォークマンなども普及し始めていた時代だったので、今でいうモバイル・ラーニングのはしりのようなことも一部の熱心な人はやっていました。

この頃、大学ではLL教室(ランゲージラボ)というのもあって、今思うとかなりAL的な練習もしました。カセットテープですので何度も反復したり、先生が空欄付きの音声を作っておいて、それに代入しては音声で正解を確認するような練習が簡単にできるのですが、やはりカセットテープなのでそれ以上のことはできませんでした。

反復練習などを何度もやるので、喉が枯れたりすることもありました。口を使う練習は確かに多かったですね。

つまり、文法訳読法の時代には「わかる」だけしかできなかったのが、ALの時代には「分かる」だけでなく「言える」までできるようになっていたわけです。

■ コミュニカティブ・アプローチの時代
さて、大学のLL教室ではまだALの匂いがかなり色濃く残っている時代でしたが、教室は少人数制で、すでにALから脱却した授業をうける機会がありました。インフォメーションギャップを含むペアワークや、ロールプレイやディスカッションなどもありました。実を言うと、僕は中学でも高校でも普通の日本人と同じように英語を勉強していたのですが、大学に入ってこうして少人数制の英語の授業に入るまでは、一度も日本人以外と話をした経験などなく、つまり、英語を「使った」のはそれが初めての体験でした。

また、学生時代、僕は英語や日本語の教授法の単位も取っていたのですが、そこではオーディオ・リンガルがいかに古めかしい考えなのかが、何度も強調されていました。そこで言われていたのは、オーディオ・リンガルは確かに「言える」ようにはなるが「話せる」ようにはならない、ということでした。何度も刺激・反復の練習をするので、キューさえ出せば確かにその文型を使って文を組み立てることはできる。たとえば「てください」という文型に「窓を閉める」というキューを出せば「窓を閉めてください」という文を作ることはできる。しかし、寒いのに窓が開けっ放しになっているような実際の場面になると、なぜだか知らないんですが、それが出てこないんですよね。

僕が今勉強しているハンガリー語でも、ときどきそういうことがあります。後になってから「ああいえばよかったのか」と思い出して、なんでそんな簡単なことが思い出せなかったんだろう、と愕然となったりします。

そして、そのかわりにキラキラとした輝きを放っていたのが「コミュニカティブ・アプローチ」(以下、「CA」としましょう)です。クラッシェンの「5つの仮説」なんかも教授法の授業で読みましたっけ。

コミュニカティブ・アプローチも研究者によって定義には幅がありますけど、コミュニケーションとは情報差(インフォメーション・ギャップ)を埋めることであり、その能力をつけるには、自分の知らないことを相手に教えてもらうとか、相手の知らないことを教えてあげたりする練習が必要であるという認識が中心にありました。

僕が教授法の勉強をしていた頃は、AL的な考えが必要以上に否定されていて、それに対する反論などもあり、僕が日本語学校の教壇に初めて立ったころには、AL的な練習を「基本練習」として、その後にCA的な「応用練習」をする、というのが基本的な授業のモデルになっていました。もちろん、慣れてくれば基本練習の時から情報差を埋め込んだり、CAの特徴の一つでもある学習者の選択権を尊重する練習を入れることもできます。

また、ロールプレイやペアワークなどにしても、いずれも「場面」をきっちりと設定することが求められ、この場面設定が上手だと、学習者の記憶に残りやすく、かつ学習者が似た場面に遭遇した際に、スムーズにコミュニケーションをとることができるとされていました。ALが「言えるけど話せない」と揶揄されてたのに比べて、CAでは実際に「話せる」というところまで持っていくことができるというわけですね。

細かいことには目をつぶって、ここまでの進歩を簡単にまとめてみると、以下のようになります。

文法訳読法:「わかる」
オーディオ・リンガル:「わかる」「言える」
コミュニカティブ・アプローチ:「わかる」「言える」「話せる」

■ そして時代はソーシャル・ネットワーキング・アプローチへ!
さて、ここからが本題なのですが(長かったな)、今ではCA的な考え方自体も、このソーシャル・ネットワーキングの時代にはだいぶ古めかしい匂いがするようになってきてしまったなあ、と思います。

僕個人の経験では、語学学校とか語学教師の存在自体が「もう要らないんじゃないの?」と思ってしまうことも少なくないのですが、そこまではSNAも主張していないようですので、僕の経験はまた別の記事でもご覧ください。

ここではSNA(ソーシャル・ネットワーキング・アプローチ)に限定して話を進めますが、要するにCAでは練習までしかしないわけじゃないですか。いかに情報差を作ったとしても、そして、いかに上手に場面設定をしたとしても、所詮は練習に過ぎません。

でも、グローバル化がここまで進み、ICTもCAの想定をはるかに超える段階まで発展してしまっている今、それでいいんでしょうか。

上にも書きましたが、大学に入るまで僕は一度も英語を使ったことがありませんでした。もちろん、練習として発音したことはありましたし、ハリウッド映画も聞いて分かるセリフもいくつかはありましたよ。しかし、それらの体験はコミュニケーションではありませんでした。日本人ではない生身の英語話者に宿題の提出期限を確認したり、時には延ばしてくれと頼んだり、そういったことは一切したことがなかったのです。

ありえねー!

今の時代になってから振り返ってみると、本当にありえないですよね。でも、実際に僕は中学でも高校でも英語でコミュニケーションしたことなどなかったし、今でも教室の中に限定すれば、そういった機会を利用としていない教師が多くいます。

しかし、ソーシャル・メディアがここまで発展している以上、学習中の外国語を実際に使うところまでやらないというのは、かなりの無理があります。

SNAの現在のもっとも基本的な文献というと国際文化フォーラムの『外国語学習のめやす』だと思いますが、そこの21ページにはこのように書かれています。

 教室で行うコミュニケーション活動は、学習者にとって意味のある、現実社会に近い場面や状況の中で行うことが求められます。なぜならば言語の重要な機能は、コミュニケーションを通じて社会活動をすることであり、よって現実社会とのつながりの中で学習することが一番効果的だからです。
 そのため、教室内が実社会とつながるように、学習対象言語の話者を教室に連れてきたり、地域や海外から実物を持ってきたり、インターネットや新聞、雑誌の情報にアクセスしたりすることが推奨されます。教室内の学習を教室外とつなげることによって、学習者は地域社会やグローバル社会に実際に触れ、それに参加することができます。
 また学んだ表現が通じ、挨拶が交わせたりすると、感動が生まれ、ナマの文化体験となって、学習者の関心を喚起することにもつながります。
 事情が許せば、積極的に地域社会や学習している言語が使われる国や地域に出かけて行って、母語話者を相手に学んだ言語を使うこともできます。
 現実社会に通用する総合的コミュニケーション能力を育てるためには、教室の中に閉じこもることなく、必然的にコミュニケーションが求められる環境の中で、本物のコミュニケーションをするほうが、学習の動機付けも高まります。


 以上の文章は『外国語学習のめやす』のキーコンセプトである3×3+3(3領域×3能力+3連携)の中の「連携」の一つ、「教室外の人・モノ・情報との連携」という部分なのですが、それ以外にも、もう一つ注目すべきところは「3能力」の部分です。ここにも、CAとの違いがよく現れているからです。

■ SNAで獲得すべき新たな能力とは
さきほど、外国語学習法の歴史的な発展を以下のようにまとめました。

文法訳読法:「わかる」
オーディオ・リンガル:「わかる」「言える」
コミュニカティブ・アプローチ:「わかる」「言える」「話せる」

すでに、CAでも能力は「わかる」「言える」「話せる」と3つあるわけですが、SNAでいう3能力というのは、「わかる」「できる」「つながる」なのです。つまり、ALとの比較のためにCAの部分で書いた「言える」「話せる」が「できる」に統合されていて、さらに「つながる」が求められているのです。

これを上に紹介した流れに沿って整理するなら、SNAは以下のように位置づけることができます。

文法訳読法:
「わかる」
オーディオ・リンガル:
「わかる」「言える」
コミュニカティブ・アプローチ:
「わかる」「言える」「話せる」
ソーシャル・ネットワーキング・アプローチ:
「わかる」「言える」「話せる」「つながる」

もちろん、今はインターネットだけではなくて人間の移動もグローバルになっていますから、「つながる」ためにはパソコンを使う方法だけに限定する必要はまったくなく、この本にもいろいろな例が出ていますが、たとえば90ページと91ページの授業モデルには「SKYPEを使って有効校のクラスと交流しよう」というのが紹介されています。

つまり、授業はいつか来るかもしれない本当のコミュニケーションのための練習の場なのではなく、授業の中に実際のコミュニケーションまでを組み込んでしまっているのです。それがSNAにおいて「つながる」まで入っている意味であり、CAがキラキラと輝いていた時代には想定さえされていなかった、現代だからこそ実現可能な学習方法なのです。

もちろん、いきなりスカイプなんて無理だというレベルの学習者もいるでしょう。しかし、ここでは日本で英語を学ぶ中学生の例で考えてみますが、たとえばFlickrなどの写真共有サイトで「#prayforjapan」(日本のために祈ろう)のタグを検索して(検索すら難しければ検索結果のURLを共有して)、好きな写真に「Thank you. I am Japanese.」とコメントするだけでも、立派なコミュニケーションになります。最近の英語の教科書はよく知りませんけど、写真を見るだけだから読解の能力も必要ないわけで、これぐらいだったら中学一年の一学期にも充分に可能ですよね。

このように、学習者のレベルに合わせても、本当のコミュニケーションというのはできるので、日本の英語学習だけでなく、外国人対象の日本語学習の分野でも、もっともっとSNAが取り入れられていったらうれしいですね。

さて、最後に一つ念のため書いておきますが、この「ソーシャル・ネットワーキング・アプローチ」という言葉は、今日ご紹介した『外国語学習のめやす』の作成の中心になった當作靖彦先生の命名であると僕は認識しています。そして、當作先生ご自身が「SNAの基本理念は『外国語学習のめやす』に書いてある」とおっしゃってはいますが、この本自体には「ソーシャル・ネットワーキング・アプローチ」という言葉は出てきていません。というより、こうした考えを一言で表すための言葉が出てこないのです。もしかしたら、出版のあとに命名されたのかもしれませんね。

 いずれにせよ、今回ご紹介したように、文法訳読法からオーディオ・リンガル、そしてコミュニカティブ・アプローチへと学習観が変遷してきた歴史の上に、新たにSNAの時代がやってきたわけです。コミュニカティブ・アプローチの時代には時代的制約から実現できなかったSNAの可能性にまだ気がついていない人は、ぜひともご自分でソーシャル・メディアを使って新しく語学を学んでみるなり、あるいはこの『外国語学習のめやす』を読んでみるなりして、学習者の皆さんに、より効果的で、より高い学習動機を維持することのできる学習方法を提供していただきたいと思います。
posted by 村上吉文 at 15:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日本語hacks! | このエントリーをはてなブックマークに追加
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