2007年03月26日

移動労働者とその家族のための言語政策と日本語教育

日本語教育学会公開シンポジウムに行ってきました。
「移動労働者とその家族のための言語政策と日本語教育」
http://wwwsoc.nii.ac.jp/nkg/news/news2007/news-070325sympo.htm

おもしろかったのは、野山広さん(国立国語研究所)の「オーストラリアはどうして白豪主義から多文化主義へ転換できたのか」という問いに対する塩原良和さん(東京外国語大学)の答えでした。塩原さんによると、以下のような事情によるとのことです。
・オーストラリア政府が理想的な英断を下したというわけではない。
・当時、人口が少ないことで国防も含め多くの問題点が出てきていた。
・そこから人口を毎年2%ずつ増やす(そのうち1%は移民でまかなう)国策が決定された。
・その後の同化主義からの転換も、それではコントロールできなくなってきたからにすぎない。
・それらも、白人がオーストラリアをコントロールするための政策の一つだ。

ここから考えられることは、それなら日本も変われるかもしれないという点です。日本も国防はともかく、労働人口の減少が大きな問題点になっていて、「純血主義で衰退」か「移民を大量に受け入れて復活」かの選択を近いうちに(それも、かなり近いうちに)はっきりさせないといけないところまで来ちゃってますよね。というより、「移民受け入れ以外に選択肢はない」という現実に対して、国民的コンセンサスを作らなくてはいけない時期なのですが、それは白豪主義というかなり人種差別的な概念を持っていた国であっても可能だったわけです。日本だって、そうしなければ国が回らないことがきちんと認識できれば、充分に可能でしょう。

それと、日本語教師に関して明るいニュースは、海外の事例では移民のための語学教育に莫大な国費が投じられているという点です。このシンポジウムで紹介された事例を日本が追うことになるのなら、もう少しきちんとした形で働ける日本語教師が増えるかもしれません。司会の春原先生も日本語教師の労働状況を問題視するコメントをなさっていましたし、ゲストの井上洋さん(経団連)は、「企業も移住労働者の日本語教育に金を出すべきだ」という提言をなさっています。

その井上洋さんに、野山さんが「産業界は日本語教育学会に何を望むか」という問いかけをしていたのも印象的でした。学会側に、まったく分野の違う人に対して公開の場でこういうことを聞ける雰囲気があることを、非常に好意的に私は受け止めています。現実の問題に目を向けない「学術的な」人だけの集まりだったら、存在する意味がありませんし。(そういう意味でも、ここのところメディアで問題視されている養成講座の実態については、もっと早くから警告を発信できていたのではないかと残念でなりません)

なお、私としては、来るべき移民受け入れの時代を前にして、「日本語教育の世界では、受け入れる覚悟がありますよ」と市民に提言することが、今回のテーマに関しては一番大切なことなのではないかと思っています。

シンポジウムの運営に関しては、司会者の春原先生が「議論の入り口に入りそうなところで時間が来てしまって残念」とおっしゃっていましたが、短い時間なので、それは仕方がなかったのかもしれません。しかし、こういった試みをオンラインでやってみたら、もっと面白いのではないかと思うんですよね。このブログだって、毎日(更新しない日でも)数百のページビューがあります。
・より多くの人に発信できる
・議論が時間切れにならない
・議論が記録される
という三点だけでも、すばらしいと思うんですが。論文の発表という形ではなくて、もっとカジュアルに、でも相手の質問に即応できる形式でやれば、「議論」という点では深く、意味のあることができると思います。今回のパネリストだけに発言者を限定したチャットを全世界からROMする、というだけでも面白いと思います。というか、実現するなら私はそのログが読みたい。


ところで野山さんって昔は役人風な印象が強かったんですが、いつの間にかイケメン作家的な風貌になっていてびっくりしました。石田衣良とか。

経団連の井上洋さんのブログはこちら。
http://hiro1957x.cocolog-nifty.com/hibi/
意外な一面がのぞけます。
posted by 村上吉文 at 06:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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