1997年12月27日

砂の国日本語教育21

 問題は今やこちらの手を完全に離れてしまった感じです。

 現場では「九割がた閉鎖」という危機感が漂っていますが、湾岸地域で唯一の日本語コースなので、いろいろと政治的な要素が絡み合っているようです。 とにかく学部長H氏は「キング・ファハド(サウジ国王)が来たって日本語科は閉鎖」などと言っています。しかし、実際には、閉鎖が回避されるには、上から圧力がかかる以外にありえません。

 今も日本の通産大臣がサウジを訪れていますが、国家レベルでは「仲良くやりましょう」という雰囲気ができつつあるようです。僕にとって幸運なのは、ここで日本語科の閉鎖が決まると、もちろん、サウジ政府内にも困る人が出てくることです。

 問題は、その人たちからH氏にどのぐらいの圧力がかかるか、という一点のみです。現場では、解決のために打てる手は、すべて打ち尽くしてしまいました。

 そう言えば、NHKのニュース速報で「サウジからの日本語学生の受け入れの検討も」というのがありました。プレスリリースがあったということは、政府間での合意はできている、と踏んでいるのですが・・・



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 ところで、今回の騒ぎの発端になったH氏の発言のポイントは以下の通りでした。

・閉鎖予定の通告

・その理由:日本側があまりにも協力的ではない。・閉鎖を回避する条件

 これは、日本だったら「友好関係を打ち切る一方的な宣告」という機能を持つと思われても仕方がないと思うのですが、しかし、エジプト人のF先生の話では「あなたが研究室に来たら、私は日本語を教える。来なかったら教えない」というのと同じで、「交渉開始の合図と、条件の提示でしかない」というのです。「同じアラブ人だから分かるけど、日本人には分からないだろう」とも言われましたが、うーむ、これは確かにあまりにも大きな文化の隔たりです。

 ちなみに、もし日本人同士だったら、だいたい以下のような発言になるのではないでしょうか。

・今までの協力に対する謝意の表明

・大学の経営状態の悪化についての説明(これが本当の理由なのです)

・エジプト人教員の給与の負担が大きく、維持が困難になっていることの説明。

・しかし日本語科は維持したいという意思の表明。

・そのために日本側の協力が必要だということ。

 まあ、僕も日本語教師の端くれですから、「文化の違い」は「文化の優劣」ではない、ということぐらいは知っているつもりです。また文化に優劣などつけられるものではない、ということも分かってはいます。しかし、こういう交渉方法を取る文化の中で日本人が暮らすというのも、慣れないうちは容易なことではないんだなあ、と考えてしまうのも、また事実です。
posted by 村上吉文 at 07:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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