1997年12月05日

砂の国の日本語教育14

 一昨日ぐらいから、もう十回ぐらい連続の文字化けです(^^;)

 急にアップがなくなったら「きっと回線の状態が悪いんだろう」とお考え下さい。





 あ、それから誤字があったら「きっと文字化けだろう」とお考えください(^^;)





12/03

 こちらに来て思うのは、中東というのは日本で考えていたほど危険な地域ではないということ。そして東アジアというのも、日本で考えていたほど安全な地域ではないということ。 米国の「中東と東アジアの同時二正面作戦の見直し」というニュースを見れば分かるように、東アジアに比べて中東のほうが危険だとは決して言い切れない。

 ルクソール事件と地下鉄サリン事件。 少なくとも、意図した殺害数は後者のほうがはるかに多い。

 大学の食堂でエジプト人の建築学の先生と同席になった。この人によると「山一の倒産はユダヤ人の陰謀」なのだそうだ。しかし意外だったのは、この人だけでなく、日本語のK先生やF先生まで「いや、でも本当はその通りだと思いますよ」と言い出したこと。お二人ともとても日本的な物腰の方なのだが、やはりイスラエルに対してはアラビア人の血が燃えてしまうらしい。 この建築学の先生は、「エジプト人がヒエログリフを忘れてアラビア語を使っているのは恥だ」とも言っていた。俺が「日本人の中には、ヒエログリフが今でもエジプトで使われていると思っている人がいますよ」というと、異常に喜んでいた。



 この国では音楽を聞くのもよくないらしい。授業中に日本の歌を使うと怒られるのか聞いたら、一人は考え込み、一人は「大丈夫です」と言った。とたんに二人の間で「イスラムがどうの」と論争が始まったが、少なくとも、何の問題もないと言うわけではないことは確かなようだ。

 上級生のクラスで「待遇表現」という教科書を使っているが、付属のカセットの中で「おや?」と思うところがあった。「碁」のアクセントが「五」と同じなのだ。俺は「碁の本」は「この本」と同じアクセントだと思っていたので、「しょうがない教科書だな」と思いながらも一応NHKの「発音アクセント辞典」を参照して見た。すると驚いたことに、その教科書通りのアクセントになっていたのだ。

 こいつぁ参った。間違っていたのは俺のほうか。 海外に出ると、学生は他の日本人の発話を聞く機会はほとんどないから、俺がすべての手本になってしまう。アクセント辞典はマメに引くことにしよう。

 日本の大学でいうところの「履修の手引き」とか「講義概要」とかの本がこちらにもあり、ぱらぱらとめくっていたら「Arabization」という必須科目があった。「このコースの目的は、学生にArabizationの概念とその発展を紹介することにある」のだそうだ。

 それから、ここは「言語・翻訳学部」という名前がついているので「__の分野における翻訳」というコースがいくつもあるのだが、「科学の分野」「教育の分野」「文学の分野」「政治の分野」などに並んで「軍事分野における翻訳」なんていうのもある。

 そういえば日本でアラビア語の教材に使われていた、アラブの小学校の古い国語の教科書には、「敵を最後の一人までこの大地から駆逐するまで安心してはいけない」というような文章もあったっけな。

 とはいいつつ、日本で先入観とともに語られる「アラブ人」のイメージに比べれば、こちらの人は、よほどまともでは、ある。

 そうそう、わざわざ「石油化学分野における翻訳」なんていうのが「科学の分野」から独立してあるのも、この国らしいかな。

 一年生のカリキュラムは、「イスラム文化概論」が共通で、あとは各言語の「読解」「LL」「書き方(WRITING)」「発音・会話」「聴解」「語彙(vocaburaly_build_up)」がある。 最後の「語彙」の分野って、日本の俺の知っている現場では、ほとんど学生任せになっていたなあ。でも、具体的にはどんな授業なんだろう。 しかし、考えてみれば試験科目で「語彙」っていうのがあったりするもんな。やっているところでは、きちんとやっているんだろう。俺の勉強不足だ。

 しかし、日本の英語教育でも(少なくとも俺が学生だったころは)「語彙」なんていう授業はなかったような気がする。だいたい先生が単語リストを配って「はい、これ宿題ね。_曜日の授業までに覚えて来て」というようなパターンばっかりだった。



 三年生の作文の授業。 こちらに来る前にニフティ掲示板で「サウジと文通したい人」を募集しておいたので、文通を使ってみる。三年生の学生は二人とも外国に手紙を書くのは初めてだと言う。「ここに貼る切手は日本の切手ですか」という質問にはちょっと驚いた。 しかし、一人はEメールのアドレスを持っているので、結局メールでの文通をすることになった。もちろん、彼のWINDOWSはアラビア語バージョンなので日本語のフォントは使えないが、なんと手書きで書いたものをスキャナーで読み込んで画像データにして送ると言うのだ。

 こんなこと、モンゴルにいたときはとても考えられなかった。そもそも「インターネット」という言葉自体、知らなかったもんな。



 ところで、彼の手紙の中に「サウジから送ってほしいものがあったら書いてください」という一文があった。日本語の文法としては直すことはないが、しかし、気になって、「私だったら初めての手紙には書かない」とコメントした。別に乞食じゃないんだから、「何か欲しいか」なんて聞く必要はないと思う。 しかし、日本からモンゴルに来た手紙の中にも、こういう不用意な発言が多かったなあ。言われる立場になってみて、改めて思うよ。



12/5

 サウジ人のアリーに連れられて、街のスークに行ってみた。「スーク」というのは辞書には「市場」と載っているが、何のことはない、規模だけ大きい普通の商店街である。「市場」にあたるモンゴル語は「ザハ」だが、ウランバートルのザハは「慣れないうちは近づいてはいけない」と言われるほど危険な香りに満ちた所だったので、ここのスークにはちょっとがっかり。

 電気屋さんのテレビの前を通りかかって、突然アリーが興奮しはじめた。「今日はワールドカップの組み合わせが決まる日だ! 食堂に行ってテレビを見よう!」

 そして入ったのが、アラブの大衆食堂。アリーは店員にアラビア語で「チャンネル2!チャンネル2」と言っている(らしい)。そして店員がチャンネルを変えている間、近くのテーブルの客に「今日はワールドカップの抽選会だぞ」と説明している(らしい。これもアラビア語なので推測)。 しかし、結果はご存知の通り、サウジはデンマークやフランスや南アフリカという強豪ひしめくグループに入ってしまい、アリーは少なからずショックを受けてしまったようだった。

「日本はアルゼンチンとクロアチアとジャマイカか。アルゼンチンさえくだせば、決勝まで行けるよ」という彼の声は、どことなく力がなかった。



 ところで、そのアラビア料理の大衆食堂では、大発見があった。

 この店は、本当にアラビア人しか来ないようで、店にはスプーンがあるだけでナイフもフォークもなかった。で、料理は大きなチキン。スプーン一本でさばける物ではない。

 ちょっと抵抗を感じながらも、両手の指を使って食べることにした。 まず人差し指と親指で間接のそばの部分から肉をはがそうとすると、



  ぺろりん



と、皮がむける。口に運んでみると、意外と美味しい。そして次にむき出しになった肉そのものを千切ってみる。敢えて擬態語を使ってみると



  みりょっ



という感じである。これは多分、一般的な日本人には、なかなか馴染みのない感覚だろう。思っていたほど油っぽくなく、それでいて柔らかな感覚。 これが、「でりしゃす」なのだ。 何というか、本当に「おいしい」という触感なのである。おいしさというのは、決して舌だけで味わう物ではないのだということを、俺は知らなかった。

 それを、この国の人たちは、何百年も前から知っていたのだろう。

 「お箸の国の人だもの」って、確かに日本の食文化は誇るに足る物だろうが、しかし、少なくとも寿司を指でつまむだけでは、このおいしさは味わえない。寿司の触感と、焼いたチキンを指で裂くときの触感では、残念ながらチキンに軍配が上がると思う。

 なかなかこの国もあなどれないな。
posted by 村上吉文 at 07:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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