2006年10月24日

赤石朱里ちゃんを救う会をめぐって

赤石朱里ちゃんという3才の女の子が重い病気にかかってしまって、心臓移植しないと命が助からないそうです。ご両親たちが目標金額一億円の募金活動をしています。

 テレビの報道
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=soci&NWID=2006102301000548
 救う会HP
http://www7a.biglobe.ne.jp/~syuriheartsos/
実は、この子は私と同じ市内に住んでいて、家の近くは車で何度か通ったこともあります。心臓移植に一億円も必要なのは、日本では子供の臓器移植が認められていないため、アメリカやカナダに行って移植しなければならないためです。今までにも、募金活動で集められた資金で渡米し、助かった命があるそうです。

ただ、これらの運動には、実は大きな問題点があり、今までも厳しく指摘されてきました。その一つは会計が不明朗なケースがあったこと。これは、今度の場合にも該当するかどうか分かりません。そしてもう一つが、その募金で救われる命が増えることにはならない、ということです。つまり、どれだけお金を積んでもドナーの数が増えるわけではないので、朱里ちゃんが移植をしなければ他の命が助かり、朱里ちゃんが移植をすれば、他の命が助からないということになってしまうのです。言い換えると、この募金は救われる命を変更するだけで、より多くの命を救うことにはならないのです。

この問題を解決するには、日本でも子供臓器移植ができるように臓器移植法を変えなくてはなりません。そして、その運動こそが本当に命を救うことになるはずですが、そういった運動はあまり盛り上がっていません。本当に命を救いたいのなら、募金活動に応えるよりも、臓器移植法の改正に努力するべきなのではないか、という指摘もあります。

私たちはどうすればいいのでしょうか。

私の結論を先に言ってしまうと、それでも私は朱里ちゃんを救う会にわずかながら寄付をしました。理由は二つあります。

一つは、朱里ちゃんの顔を見てしまったからです。うちの娘とほとんど同じ年で、何の罪もない子供です。この子を死なせたくないと、私は思ってしまいました。それが、誰か別の命を救えなくすることだとは分かっていても、知らない誰かよりは、同じ市内に住むこの子を助けたい。はっきり言えば、身内びいきです。それは宗教的な善とは全くかけ離れた行為だと分かっています。それでも力になりたかった。

もう一つは、ネット上の誹謗中傷です。
たとえばこういうもの。
つーか、これだけ批判されてて、教訓もクソもないな。
サイトすらあげてないし、詳細も全く解らん。
どうなのよ?あれだけ言うてるのに、まだ解らんか?
 【死ぬ死ぬ詐欺リターンズ?】
 http://blog.audi-junkie.com/?eid=480562

2ちゃんねるでは、もうスレッドが五つも立っています。現時点で一番新しい発言は以下の通りです。
733 娘の局部写真とビデオを売り、母親は売春して金を稼げばどうかな
(伏せ字にしますが、選択して反転させると見えます)
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1161668121/

2ちゃんねるに一定の役割があるのは事実だと思います。しかし、自分の娘を失おうとしている人たちにこんな言葉を投げつけるのは、いくら何でも間違っています。こういう人たちがいる限り、被害者を支えようとするのは間違ったことではないはずです。今回、私が寄付したのは、そういった意味合いもあります。

もう一つ、RSSリーダーで「赤石朱里」を含むブログを回ってみて、驚いたことがあります。それは、上記のような救う会に対する批判を、ほとんどの支持者が知らないらしい、ということです。この絶望的な距離は、いったいどうすれば埋まるのでしょうか。
posted by 村上吉文 at 23:06 | Comment(24) | TrackBack(1) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
ここはどこ?
Posted by オレ at 2006年10月24日 23:43
レスのアンカーはどうやるんだ?
「赤石朱里ちゃんを救う会をめぐって」を書いた奴はええこと言ってるね
Posted by at 2006年10月24日 23:52
>posted by みどごんパパ
まぁ間違ったことではねーが程遠い距離を埋める手段として2ちゃんを敵に回すのは正しくないね。
命の重さを考えてみませんか?
Posted by at 2006年10月25日 00:02
こんばんは

>日本では子供の臓器移植が認められていない
メディアでもそうなんだけど、この間違った言い回しはやめて欲しい・・・
子供の臓器移植は認められています。
心臓なんかは体のサイズで移植厳しいから数例しかないけど。
認められていないのは15歳未満の脳死臓器提供。ドナーになって提供すること。
提供認めらるようになってもドナーがいなければどうにもなりません。
募金する人にはかわいそうだけで思考停止するのではなく、
ドナーの気持ちと体を受け取る手伝いをするのだから、
提供出来る立場になった場合の事もよく考えて欲しいですよね。
絶望的な距離埋まるといいですね。
Posted by ゆっち at 2006年10月25日 01:30
ゆっちさん、匿名のみなさん、コメントをありがとうございました。

>ゆっちさん
脳死でない移植は子供でも認められているのですね。勉強になりました。

この「絶望的な距離」を埋めるためにトラックバックをいくつか送ったのですが、今のところまだ反応がありません。何かありました、このブログでご報告させていただきます。
Posted by 管理人 at 2006年10月25日 07:20
コメント733は載せるべきではない気がします。
2chに載っていた事だとしても、より多く人の目にさらされるかもしれない場所です。

犯罪被害者は加害者に一度傷つけられた後、何に傷つけられおびえるかご存知ですか?
それにまつわり、周りやマスコミの目、風評などにの2次被害です。
あなたは善意のつもりかと思いますが、女性の目から見ると正直いたたまれません。

特に思春期のお子様が大勢みえるご家庭です。
ストーカー等の心配もあるかも知れず、性については敏感になっているやもしれません。
このような発言は書かれた者も見る者もつらいので、できれば削除していただけますようよろしくお願いします。

あなたの意見を綴るためのブログであるのに削除依頼などという失礼な事を書き込んで申し訳ありません。
でも、どうしても見過ごしてはおけませんでした・・・
Posted by at 2006年10月25日 11:27
ご意見ありがとうございます。
なかなか難しい問題ですので、ちょっと考えてみます。
Posted by 管理人 at 2006年10月25日 20:54
私は「かわいそう、困っている人がいるから少しでも手助けしよう」そういう単純な気持ちでわずかばかりの寄付を行いました。
こういう運動が起こっている背景、意味もちゃんと見つめなければなりませんね。
Posted by tarocat46 at 2006年10月26日 20:01
子供でも臓器提供ができるようになったら、どうなると思いますか?

ある日わが子が交通事故にあい、意識不明の重態に。頭が真っ白になっているところに、「この子はもうすぐ脳死になります。なったら臓器を提供していただけますか」と医者から言われる。

何がなんだかわからないままに親がOKすると、医者とレシピエントは子供が脳死になるのをまだかまだかと待ちわび、やがて「脳死判定」。まだ温かい体から、臓器が取り出される…。

しかも、子供は脳死になってもわずかながら助かる可能性があるのに、です。

臓器提供の負の側面も、きちんと見ていただきたいです。
Posted by しろ at 2006年10月27日 11:43
管理人さん。
ドナーに関して少しはご自分で調べたらどうでしょうか。

臓器提供する側の事はどうでもいい。
移植を受ける患者だけが助かればいい。
自分の知っている患者だけが助かれば、他の患者はどうでもいい。

貴方をはじめ支持者からは、こういった考えが透けて見えるのが不快です。
Posted by まお at 2006年10月27日 14:36
まおさん。
私ははっきり「身内びいきだ」だと書いていますから、「透けて見える」というのは違うと思いますが、いかがですか。


Posted by 管理人 at 2006年10月27日 16:01
身内びいきとドナーを無視することは違いますよ。
Posted by まお at 2006年10月27日 23:16
しろさん

脳死は不可逆的な状態だから「死」という言葉が使われているんですよ。

>子供は脳死になってもわずかながら助かる可能性があるのに

…医学的に全く根拠がありません。

Posted by うーんと at 2006年10月27日 23:32
まおさん。
コメントありがとうございます。
今回の件に関しては、ドナーを無視することは身内の移植待ちの患者をひいきにすることだから、身内びいきに該当しませんか?

うーんとさん
本当に難しい問題だと思いますが、こんな記事もあるようです。
「脳死」の乳児、判定6日後呼吸戻る 近畿大病院
http://www.lifestudies.org/jp/ishokuho.htm
Posted by 管理人 at 2006年10月28日 05:53
たびたびすみません。

脳死は不可逆的だといいますが、子供の場合はまれに、脳死判定後の可塑性も指摘されています。「わずかながら助かる可能性もある」というのは、そういう意味で申し上げました。

また、臓器提供の意思があるとわかったとたん、救命から「臓器採取のための脳死判定」へと医療措置が変えられてしまうという現実もあります。
「ドナーカードを持っていると緊急救命措置がずさんになる」というのは、医療関係者なら大体知っていることなのです。このような現実の中で、子供の臓器提供を認めるというのはどうなんでしょう。
Posted by しろ at 2006年10月30日 17:10
しろさん、こんにちは。
情報提供ありがとうございます。
「助かる可能性」というと、一時的に自発呼吸が戻るというレベルだけでなく、意識も戻るように受け取る人もいるのではないかと思いますが、その辺の例は何かご存じですか?
私の調べた範囲では、脳死と判定されて意識が戻ったような例は見つかっていません。
Posted by 管理人 at 2006年10月30日 18:31
お返事ありがとうございます。
私もお返事いただいて思い出しましたが、
つい最近、米国やカナダで脳死判定された日本人3人が意識を回復したニュースが記憶に新しいところです。下記をご参照ください。

http://www.arsvi.com/0p/ot2006.htm#0726
Posted by しろ at 2006年10月31日 16:04
しろさん、ありがとうとざいました。
ご紹介のニュースは、日本の脳死判定基準を満たす例ではありませんが、そういうこともあるということですね。それにしても自発呼吸のある時点で「死んだ」なんていう医者が、アメリカやカナダにはいるんですね。

Posted by 管理人 at 2006年10月31日 16:12
はじめまして。私も同市内在住です。娘の通う中学の生徒さんの妹さんが朱里ちゃんだったことで、募金をしました。はずかしながら、今まで臓器移植について真剣に考えたことはなかったのですが、朱里ちゃんのことで、世の中には色々な意見のあることを知りました。心ないことを平気で言う人もいて、やりきれない思いです。移植は賛否両論あって当然だと思います。もし我が子が移植をすれば助かるとなれば、希望するでしょう。でも、反対に臓器提供を求められたら…アメリカドラマ『ER』でこういう場面を観たことを思い出しました。我が子に死が訪れることを受け入れられないときに、ドナー提供を頼む医師。最後には、我が子が他の子供の体で生きるならとOKするのです。非難も中傷も沢山あると思いますが、私は元気になってほしいと願っています。
Posted by vivi at 2006年11月01日 18:53
自分の大切な人が意識不明>自発呼吸無しの状態に陥り、
担当医より「この状態からの回復は・・・」
と云われて、「あーそーですか、じゃ、しょーがないですねぇ」
「じゃあ、使える臓器はどーぞ、とりだしちゃって下さい」

俺は言えなかったがな・・・。
最後の最後まで気が付くのを、意識が戻るのを願ったさね。

そんな目に遭うまでは「いーじゃん、あげちゃえば」「俺ならあげちゃうけどなぁ」等と無責任に言ってたが・・・
今は無理だわ。
人間、ホントに自分の身に降りかかってこないと本当のトコはわからないモンだ、と思ったよ。

現実とドラマは違うぜよ・・・。
Posted by at 2006年11月03日 13:34
自分の大切な人が意識不明>自発呼吸無しの状態に陥り、
担当医より「この状態からの回復は・・・」
と云われて、「あーそーですか、じゃ、しょーがないですねぇ」
「じゃあ、使える臓器はどーぞ、とりだしちゃって下さい」

俺は言えなかったがな・・・。
最後の最後まで気が付くのを、意識が戻るのを願ったさね。

そんな目に遭うまでは「いーじゃん、あげちゃえば」「俺ならあげちゃうけどなぁ」等と無責任に言ってたが・・・
今は無理だわ。
人間、ホントに自分の身に降りかかってこないと本当のトコはわからないモンだ、と思ったよ。

現実とドラマは違うぜよ・・・。
Posted by 最低な亭主 at 2006年11月03日 13:37
間違って二度送りしちまいました。
単純なミスです。
いやがらせではありません。
申し訳ない。。。
Posted by 最低な亭主 at 2006年11月03日 13:42
まおさん

>臓器提供する側の事はどうでもいい。
>移植を受ける患者だけが助かればいい。
>自分の知っている患者だけが助かれば、他の患者はどうでもいい。

あなたのおっしゃってる事も充分理解できます。
しかし、逆に心臓移植しか生きる手段がない朱里ちゃんの側にも立って考えてみてください。

私にはどちらが正しいかは判断しかねますが、
軽はずみに片方だけをせめる問題ではないと思います。

「君の立場になれば君が正しい、僕の立場になれば僕が正しい。」

これは私がモットーとしている言葉です。
すこし論点がずれましたが…。
Posted by ミホ at 2006年11月08日 23:57
ホンノウノママニウゴクノガケツゾク。リロンテキニカタレド タニンゴトニスギズ。トウジシャニナレバコソ シンノワレヲミル。
Posted by 阿修羅 at 2006年11月29日 15:48
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カナダでの心臓移植に望みをかける。(赤石朱里ちゃんを助けて)
Excerpt: 赤石朱里ちゃんを助けてこの記事を募金が集まるまでTOPにおく事にしました。よろしくお願い致します。
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Tracked: 2006-10-26 10:11