2006年10月24日

異文化としての子供

 子供は異文化だって言いますけど、最近はこんなことがありました。
 二歳の娘をうまく寝かしつけられず、「何が原因で泣くのか分からないんだ」と妻に相談した時のことです。妻がいうには、そんなことを考える必要はなく、適当に「え、プーさんないの? 困ったねー」と問題をこしらえて、「あ、ここにあったよー」とぬいぐるみを渡すと、それで落ち着くんだそうです。
 大人の男から見たら「そんなばかな」の世界ですよね。クライアントに何か不満があったら、まず不満の原因を特定し、その原因を除去しなければならないのがオトナのジョーシキってもんです。
 それで、そのときは半信半疑だったのですが、しばらくした晩、また半泣き状態の娘に「え、わんわんいないの? こまったねー」と言ってみたのです。すると、何と「うん」とうなずくじゃないですか。いや、だって足元に転がってるんですよ、その犬のぬいぐるみ。それで、関係ないところを探す振りをして「あれー、ないなー」と言いながら、近くのぬいぐるみを「あ、あったー!」と拾い上げると娘は・・・嬉しそうに笑ったのです! そして、安心した顔で寝付きました。
 もう、本当に「そんなバナナ」の世界ですよ。だって、何か原因があって半泣きだったわけでしょ? その原因はどこ行っちゃったんですか? それまでは、いつも娘が半泣きになると「どうしたの?」と聞くしかなく、まだ二歳の娘はそれにきちんと答えることもできませんから、結局大泣きに発展させてしまって、父親としては途方にくれるばかりでした。それが、こんなナンチャッテな方法で解決できるなんて・・・。
 子供って、ビジネスライクな論理だけの世界で生きているわけではないんですねー。でも、頭では「オトナの論理だけで考えちゃいけないんだ」と分かってはいても、なかなか本当の異文化として対応するのは難しいもんです。
 これに懲りて、子供の世界は子供の世界として、ありのままに受け入れていきたいものだと思いました。

・・・とは言いつつ、これって「オトナとコドモの違い」じゃなくて「男と女の違い」じゃないのかなあ、と思ったりするんですがそんなことを公言すると怒られるのでこの辺で。スタコラ。
タグ:育児
posted by 村上吉文 at 19:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 4行日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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