2012年01月26日

日本語教師はなぜ英語が話せないか。


photo by computerjoe

 日本語教師というのは基本的に語学学習能力が高いと言われています。さまざまな教授法や学習法についての基本的な知識は持っているのですから、当然と言えば当然でしょう。実際、青年海外協力隊の訓練では、他の職種の候補生に比べてずっと現地語の習得が速いことが多いようです。もともと語学に関心のある人がこの道に入ることもあるでしょうし、学生時代に英語の成績が悪かった人はほとんどいないのではないでしょうか。

 ただ、僕も含めて非英語圏で長く日本語を教えていると、いつの間にか英語を使わなくなってしまい、すっかり錆び付いてしまうことが少なくありません。僕もweblioの簡易測定で英語の語彙力を測ってみたら驚異的に落ちてしまっていて、非常に驚きました。

 で、どうして英語力が落ちてしまているのかというと、非英語圏で日本語を教える人間にとって、英語を使うということはいろんな意味で「負け」なんですよね。

 まず第一に、英語に限らず日本語以外の言語を使うということは、「私は直接法の授業に失敗しました」という敗北宣言になってしまうことが少なくありません。もちろん、直接法が唯一絶対の教え方ではありませんし、媒介語の適度な利用はまったく問題ないどころかむしろ僕は推奨しているぐらいなのですが、現地人教員とのティームティーチングの場合、現地人教員が媒介語を利用して文法などの授業をし、日本人教員が日本語だけで授業をするというようなパターンが非常に多くなります。その場合は、日本人教員は込み入った文法の説明などもしなくて済む上に、もともと日本語だけで授業をすることが求められているのですから、やはり英語や現地語を使ってしまうと、少なくとも僕自身にとては「うまくできなかった」という一つのマーカーになってしまいます。

 次に、今度は学習者の母語でなく英語限定ですが、非英語圏で英語を使うということは「私は現地語の習得に失敗しました」、もしくは「そもそも現地語を習得する意志すらありません」という態度の表明になってしまいます。納得できるレベルまで習得できるかどうかはともかく、学習者の母語を知らないことには、例えば学習者の誤用が母語の干渉なのか、それとも教え方がまずかったのかなども分からず、良い授業につながりません。そもそも、「お前たちの言語など学ぶつもりはない」と態度で示している相手から、日本語を学ぼうという気持ちになれる学習者がどれほどいるのでしょうか。

 最後に、これは時代が変わりつつあるところですが、これまで日本語教育に関しては、日本語で書かれた文献がそれなりに充実していて、しかも英語の文献の入手があまり簡単ではなかったという時代的な背景があります。ただ、もはや紙の時代は終わりつつあり、ネットでは英語の資料が山ほどありますし、それらにアクセスするのは技術的には日本語の文献を読むのとまったく同じ距離にあります。これからの若い日本語教員はたとえ非英語圏でばかり仕事をしていても、一度身につけた英語を錆びつかせることもないのではないでしょうか。

 もちろん、そうすると現地語の習得に障害になってしまうという別の懸念も出てくるのですが、それはまた別の機会に。

【参考】五分(ぐらい)でできる英語の語彙力測定ページ。25問に答えるだけです。

英語の語彙力の測定テスト〜英単語のボキャブラリーレベル計測試験〜 - Weblio
http://uwl.weblio.jp/vocab-index
posted by 村上吉文 at 14:45 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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