2011年10月17日

偏見を持ってしまいそうなとき

先日、道を歩いていたら突然、隣のビルの窓から液体を浴びせられました。幸い匂いや色などはついていない水のようなものでしたが、実はそういう経験は前にもあり、その時は隣にいた別人が被害を受けました。その液体は明らかにコーヒーで、なぜかコーヒー豆のかすも混じっていました。二回とも広範囲にわたって液体が落ちてきたので、ビルのかなり高い階の窓から、特に誰かを狙って浴びせたのではないものと思われます。

もちろん、こういうことをされるのはあまり気持ちのいい体験ではありません。まあ、僕も普通の男ですから「ったく、エジプトって国は・・・」とか思ってしまいます。

しかし、考えてみれば当然ですが、一年いて二回しか経験していないということは、「ほとんどのエジプト人はそんなことはしない」と考えるのが妥当です。だって、全員がそんなことをしていたらビルの脇を通るときは全員傘でもさして自己防衛しなくてはなりませんが、そんな人は見たことがありませんからね。ですから「だからエジプト人は」と一括りに考えるのは明らかな間違いです。

では、どうして自分はどういう風に思ってしまったんでしょう。あるいは、人はどういう時にこうした偏見を持ちやすいのか。ちょっと考えてみました。


まず、自分が被害者であり、加害者が特定できないとき。今回も高いビルの下でしたし、前にも描いたように相当高い階の窓から降ってきたようなので、どの窓なのかも分からず、もちろん下を向いてニヤニヤしている奴が窓から顔を出しているわけでもないので、怒りのぶつけようがありません。それで、手っ取り早く「エジプト人」でまとめて毒づくわけですね。

もうひとつ考えられることは、自分の属する集団がそれをしない時です。僕は日本に三十年ぐらいは住んでいたことがありますが、その間に一度もビルの上からお茶などをかけられたことはありません。こういう時はやっぱり、自分の属していない方の集団の構成員は全員がそういうことをすると考えてしまいやすいように思います。

似たようなことをスキー場で感じたこともあります。これは日本の話ですが、前の晩に降ったばかりの美しい新雪の上に煙草の吸殻がポイ捨てされていたことがあって、そこからニコチンのような黄色い染みが真っ白の新雪に滲んでいました。その時も「あーあ、これだから喫煙者ってのは・・・」と思ったものです。多分、僕がタバコを吸う人間だったら「マナーの悪いやつが台無しにしやがって」としか思なかったかもしれませんが、その時は「喫煙者=ポイ捨て常習犯」と安易に考えてしまっていました。言うまでもなく、喫煙者の中にはポイ捨てをしない人もいるでしょう。こういう時も、「タバコを吸わない人間は絶対にポイ捨てをしない」という背景が、こうした偏見をもたらしたのではないかと思います。

そう考えてみると、たとえばイスラム圏の人が東京に来て、週末の駅などによく飛散している吐瀉物などを見ると、どう思いやすいのかも想像することができます。エジプトもゴミはそこら中に落ちてはいますが、酔っぱらいのゲロなどは一年いても見たことがありません。酔っ払ってゲロを吐くということを集団としてはしないムスリムたちがあの光景を見た時、もしかしたら「日本人はみんな酔っ払ってゲロを撒き散らすんだ」などと思ってしまうかもしれません。

もちろん、こうした違いには飲酒を禁じる宗教の存在などの背景があり、こうした普遍的な違いには気がつく必要はあるものの、その結果である個々の行為については安易に一般化しないようにしたいな、と自戒を込めて思っているところです。
posted by 村上吉文 at 14:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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