2010年06月28日

『電子書籍の衝撃』

佐々木俊尚さんの『電子書籍の衝撃 (ディスカヴァー携書)』を読みました。

この本ではまず、キンドルやiPadのような新しいタブレットについて触れられていますが、これに関してはもちろん、日本語の教科書がここに入るという点で、われわれに関係がありますね。今までの書店の流通とは違う形で教科書が配られることになるのかもしれません。

そして、佐々木さんの本ではあまり取り上げられていませんが、語学教育に関わる人間にとってもっとも大きな変化は、こういった新しい形の「教科書」は、今までの文字と静止画像だけだった教材とは大きく異なり、当然、音声や動画も入ったものになるだろうと私は思います。そうすると、今までの「教科書」と「副教材」といった線引きもなくなってきて、一つの大きなパッケージのようなものになる可能性もありますね。

たとえば
・『みんなの日本語 本冊』
・『みんなの日本語 文法解説版(英語)』
・『みんなの日本語 文法解説版(中国語)』
といったような現在のしきりに加えて、
・『みんなの日本語 本冊(音声なし)』
・『みんなの日本語 本冊(音声付き)』
といったようなバージョンも出てくるかもしれませんね。現在だって語学の教科書の多くはCDがついているのですから、これは当然の流れでしょう。

佐々木さんは次にプラットフォームの覇権を誰が握るのかということについて書かれていますが、これは読み物として非常におもしろい部分である一方、教育関係者にとってはそれほど大きな問題ではないかもしれません。個人的にはandroidに勝ってほしいのですが、amazonが勝つにしろ、appleが勝つにしろ、それほど大きな違いがあるとは思えません。覇権を取ったメーカーから出版し、そこから購入ということになるだけです。

日本語教育関係者にとっては、その次の「セルフパブリッシングの時代へ」というのが非常に重要になってくると思います。学習者のニーズが非常に細かく分かれていて、教育者側がそれに対応できていない現状は本当に深刻で、私の近くでもエンジニアに対して『みんなの日本語』が使われたりしています。その一方で、ベトナムのエンジニアを対象にした初級の日本語の教材もオリジナルに作成されているという事実もあります。しかし、残念ながら、こういった教材は出版の流通ルートに載ることはなく、他の教育機関で使われることはありません。

その大きな理由の一つは、やはり現在の流通に載せる出版の敷居が高いからなのですが、上記のようなオリジナルの教材がアマゾンなどで『みんなの日本語』などと一緒に並ぶようになると、日本語学習者は自分の細かいニーズに合った最適な教科書を見つけることができるようになるでしょう。

私自身、現在ハノイ在住なのでベトナム語も勉強していますし、九月からはエジプトですからアラビア語も同時に学習しています。しかし、ベトナム語に関しては印刷された教科書というものは結局ほとんど使いませんでした。以前このブログで書いたことがありますが、先生というよりインフォーマントの学生に、自分の職場で使われているベトナム語だけを題材にして、徹底的に自分のニーズに合ったベトナム語を教えてもらったのです。そして、少なくとも投入した時間を考えれば、かなりいい成果を上げることができたのではないかと思っています。私の場合は後任がいないのでこの教材は公開はしませんが、もし後任がいた場合は、その人にとってまさにピンポイントでニーズにぴったりと合ったすばらしい教材になったことでしょう。

アラビア語に関しても、少なくとも「エジプトで日本語を教える人のためのアラビア語教科書」なんてものは、私はまだ見つけることができていません。しかし、私がベトナムでやったようなことを誰かがすでにやっているかもしれないのです。そこで作った教材があれば、私はぜひほしい。佐々木俊尚さんが言うとおり、電子書籍でこうした細分化したニーズが埋められることになれば、それは語学教育の世界にも大きな変化をもたらすことになるでしょう。(ただし、こういった出版がされるようになると、編集は誰がやるんだろうかという疑問は残りますね)

佐々木さんは最後に「コンテキストを介して本と読者が織りなす新しいマッチングの世界へ」という紹介をしています。細分化されたニーズに合った膨大な書籍の中から、どうやって自分に最適な教科書を見つけだすのか。佐々木さんはキンドルストアの出来に不満のようですが、少なくとも私はアマゾンの「あなたへのおすすめ」の精度の高さには脱帽しています。今までの購入履歴から似たような本を紹介してくれるのですが、本当に面白そうな本ばかりでお金と時間がいくらあっても足りません。

佐々木さんがこういった機能の代わりに想定しているのがソーシャルメディアなどを通して「マイクロインフルーエンサー」(限定された自分の興味の範囲で強い影響力を持つ人)により紹介された書籍を読者が読むようになっていく世界です。現状では好みがどんどん細分化されているので、自分のコンテキストや好みにぴったり合ったものを紹介してくれる人を見つけて、まずはそこから情報を仕入れるようになるわけですね。

そういわれてみれば、ここまで書いてみて、今日のブログ記事自体が「日本語教師にとって『電子書籍の衝撃』はどんな意味を持つのか」ということばかり書いていることに気がつきました。佐々木さんの言う「コンテキストを介して」というのは、まさにこういうことです。たとえば考古学者などにとって僕の記事は時間の無駄だったと思うのですが、日本語教育という文脈の中では、今日の僕の記事は多少はお役に立てるかもしれません。

いずれにせよ、別に出版などを考えていない人にとっても、この数ヶ月のうちに出版物をめぐる状況は大きく変わることになりそうです。本の「ユーザー」としても『電子書籍の衝撃』に目を通しておくことをおすすめします。

参考
むらログ: コースデザインを体験してみるすごい方法
http://mongolia.seesaa.net/article/146983308.html

佐々木俊尚さん
http://twitter.com/sasakitoshinao


posted by 村上吉文 at 07:34 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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