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2010年06月11日

移民政策は搾取を前提にするのか

移民論には、右よりの人からは「売国奴め、日本文化を破壊するのか」という批判が来ますし、左よりの方からは「移民政策は途上国の人民からの搾取を前提にしている」という批判を受けることがあります。

まず、右よりの方からの批判に対しては「はい、そうです」と答えるしかありません。だって仕方ないじゃないですか。僕たちは明治維新の結果ちょんまげを失いましたが、ちょんまげを守るために鎖国を続けていたら、おそらくもっと大きなものを失っていたと思います。

しかし、左よりの人からの批判に関しては「はい、そうです」と答えるつもりはありません。それで、ちょっと書いてみたいと思います。

まず、移民の方が低賃金であることが多い点について。

先日、ルクセンブルグについて書いたときに「ルクセンブルクにしても、移民労働者は上層と下層に二分化している」とコメントで教えていただきましたが、その通りだと思います。

たしかに、移民には二種類あるのではないでしょうか。

一つはイチロータイプ。その国ではもうこれ以上成功のしようがないから、さらなる成功を求めて海を渡るタイプ。そりゃ、オリックスで野球やるよりは大リーグでやる方が面白いでしょうね。もちろん収入も全然違うみたいですし。
もう一つは母国の政策による出稼ぎ労働者。これはその国で成功する可能性が低いから、仕方がなく海外へ脱出するタイプです。

前述のコメントではクェートやカタールにも外国人労働者が多い点をご指摘いただきましたが、そこに多くの出稼ぎ労働者を出しているのはエジプトです。では、エジプト側の事情はどうなのでしょうか。

筑波大学の柏木健一さんによる「エジプトにおける農村労働者の海外出稼ぎと労働市場の雇用吸収力」は、こんな風に始まります。
失業率の軽減と外貨の獲得を企図し,海外出稼ぎを推進する途上国政府は少なくない(中略)。本稿で分析対象とするエジプトも,1970年代半ばより国内の労働過剰状態の改善を産油国への出稼ぎに求め,外貨送金を外貨獲得の重要な手段とした。

まあ、「外貨の獲得」というのはエジプト政府の事情ですから別にどうでもいいのですが、重要なのは「失業率の軽減」とか「労働過剰状態の改善」という部分です。はっきり言っちゃうと、エジプトには仕事がないから海外に行くのですよね。

でも、そういう人を受け入れるのって悪いことですか?

エジプトからカタールに行くというのは、昭和40年ごろ「金の卵」ともてはやされた集団就職と同じような背景なのではないでしょうか。ただし、国内ではなく、国際的な。集団就職に関してもいろいろな資料がありますが、こういうものもあります。
当時の大卒の初任給が21000円の時、中卒の金の卵の初任給は7000円だったと報じていた。(中略)昭和30年代と言えば、青森県の県民所得は今も同じだが全国最低レベルにあり、進学率も最低であったのである。
http://polytechnic-sato.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-dcc9.html

エジプトの場合も失業対策ですから、国内では職が見つかりそうにない人が主に海外に行くのでしょう。その場合、その人たちが「金の卵」と同じように低賃金になることは大いに予想されます。低賃金の仕事に就く人が多いのですから、それは避けられないでしょう。

つまり、ここで区別しなければいけないことがあるんじゃないでしょうか。

「同じ仕事で同じ成果を出しているのに東北出身者だから低賃金」というのは差別です。これは避けなければいけませんし、ある程度は避けられると思います。しかし、「東北出身者は低賃金の仕事に就くことが多いので結果的に賃金に差がつく」というのは悪いことではないのではないでしょうか。むしろ、それをことさら問題視して「だから東北地方からの出稼ぎを禁止しよう」などということの方が、彼らの就職の機会を奪うことにつながるので、よほど問題だと思います。

言い換えると、コメントでは
クウェートやカタールの一人当たりのGDPが多いのは、まさに外国人を低賃金で雇用しているからではないでしょうか。
とご指摘いただきましたが、これは逆で、産油国だからGDPが高く、GDPが高いから外国人が働きに来るのだと思います。(これを日本に当てはめると、GDPが下がってからでは外国人は来なくなるので、もう決断する時間はあまりないことになります)

次に、「日本の企業は低賃金のみを目的に移民を雇用するのだから搾取だ」という声もよく聞きますが、早稲田大学政治経済学術院教授の白木三秀さんは日本企業が外国人あるいは留学生を採用・活用する目的を以下のような7つのタイプに分類しています。
高度技術人材確保型:IT技術者も含む理系の人材として採用
ビジネスのグローバル展開型:国際化のために採用
企業ダイバーシティ型:外国人が職場に入ることで社内が活性化して生産性が上がることを期待
ビジネスの特性型:顧客に外国人が多い、あるいは外国の製品を国内で販売するのに外国人のほうがふさわしい場合。例:漢方薬の販売
たまたま外国人型:特に留学生を採ろうとしたのではなく、大勢の応募者の中に留学生が含まれており、採用試験の結果成績が良かったので採用に至るケース。大企業に多い。
コストダウン型:契約社員などの雇用形態により人件費を安く抑えようとする
日本人代替型:日本人学生が来ないので仕方なく外国人を採用する。中小企業に多い。
白木三秀(2008)「留学生の採用活性化に向けて」グローバル経営2008年4月号 p4-21

つまり「移民の採用は常に搾取を前提にしている」という指摘は、明らかに事実ではありません。

上にも書きましたが、「同じ仕事で同じ成果を出しているのに外国人だから低賃金」というのは、当然ですが僕は反対します。そして、大量に移民が入れば、そういう例もゼロにすることはできないでしょう。しかし、それ以上に上記のような様々なメリットを求めて日本の企業は外国人を採用するのですから「搾取される人がゼロではない」という理由だけで外国人の採用に反対するのは、あまりにも失うものが大きすぎるのではないでしょうか。搾取する企業だけが悪いのですから。

ところで、日本には技術研修生という制度があります。これはまさにコメントでご指摘されたような低賃金の海外からの労働力です。ところが、名目上は労働力ではなく研修にきているのだから労働基準法の対象にもならず、さまざまな問題を生んでいます。研修生を管理するためのソフトウェアには最初から研修生が失踪したときの報告書の書式が実装されているぐらいです。殺人事件も起きています。

僕たちが本当に問題視しなければならないのは、こういう制度だと思うんですよね。このブログでも何度もこの制度を批判してきました。

そして、こういう制度が存在するのは、日本が公式に労働力の輸入を認めていないからです。日本を支えてもらうために正式な報酬のある仕事として来てもらうことができたら、本当に技術を学びたい人以外は技術研修生の制度で来日しなくなるでしょう。つまり、移民を認めることこそが、こういった途上国の人たちからの搾取をなくすために必要なのだと思います。

最後に、個別の例について。

シンガポールなどで劣悪な状況で働かされている中国人労働者についての報告(http://www.cnngo.com/ja/node/25942)をコメントでご紹介いただきました。こりゃ、たしかにひどいです。食事前の人は見ない方がいいぐらいです。

ただ、これがシンガポールの労働基準法を満たしているとはとても思えないんですよね。そして、残念ですが、日本でも移民を大量に入れれば同じような労働基準法違反は間違いなく起こると思います。だって、日本人が働く職場だって労働基準法が守られないブラック企業があるんですから、外国人だけ守られるなんて不可能でしょう。

ブラック企業はなくすべきですが、完全にゼロにすることはできないと思います。しかし、「ブラック企業が存在するから外国人を日本で働かせるべきではない」という主張には僕は反対です。ブラック企業から守られるべきなのは日本の若者だって同じなのですから。また、ブラックでない企業で外国人が働く可能性までを奪ってしまうことにもなります。

僕は思います。大切なのは、「そういった問題を解決しながら前に進む」ことであって、「そういう問題があるから動かない」ことではないのではないでしょうか。

【参考】


むらログ: 移民政策のことを考えてみませんか?
http://mongolia.seesaa.net/article/151628170.html

むらログ: 外国人労働者の割合とGDPの驚くべき関係
http://mongolia.seesaa.net/article/152386658.html

むらログ: 外国人技術研修制度と日本語教育
http://mongolia.seesaa.net/article/32669121.html

むらログ: 河野太郎氏「外国人労働者の受け入れを本音で議論しよう」
http://mongolia.seesaa.net/article/31936539.html

posted by 村上吉文 at 07:57 | Comment(3) | TrackBack(0) | 主張 | このエントリーをはてなブックマークに追加
この記事へのコメント
「移民政策が搾取」というのは、グローバルに考えると成り立ちません。もともと、先進国―途上国という搾取構造があるわけだから、移民政策を取ったからと言って、それが悪化するわけではなく、むしろ搾取を軽減する方向で働きます。

「移民政策が搾取」というのはそういうことではなく、国内的な搾取構造を問題にしているのです。もう少しきちんと言うと、「グローバルな搾取構造を、国内の搾取構造に持ち込むことで、政治や治安が不安定になる」ということで、このことこそ問題です。

ただ、貴殿の指摘される通り、こちらに関しても政策的に解消することは可能かもしれません。現実にそううまくいくかどうかは別にして、理屈の上では問題ない。そういう言い方はできるでしょう。

ただ、移民政策に関して、もっと重要な反対意見があることを忘れてはいけません。それは「国内の雇用を守る」という問題です。日本で働けることがある種の既得権益だとして、その既得権益を外国人に渡す必要があるのかという問題です。現在の日本では、単純労働者からIT関連の熟練SEまで、多彩な人材が広く失業しているのが現状であり、この傾向は今後も続くと思います。こうした状況であえて移民を入れる必要があるのでしょうか。

もし移民を入れる価値があるとしたら、低賃金で搾取できるような政策(研修生扱いにするとか、移民だけ最低賃金を下げるとか・・・)を取る必要がありますが、それこそ貴殿のおっしゃる「搾取は起きない」という主張と矛盾するのではないかと思います。
Posted by 通りすがり at 2010年07月20日 00:28
長くなりましたので、コメントを別エントリーとしました。
http://mongolia.seesaa.net/article/156966602.html
よろしければご覧ください。
Posted by 村上吉文 at 2010年07月21日 08:14
「同じ仕事で同じ成果を出しているのに外国人だから低賃金」


日本で移民をしたら上記のような差別が起こるのは明白
日本で同一賃金同一労働ができている企業なんてないわけだからな
アメリカのように同一賃金同一労働が常識の社会だったら上記の差別は起こらないだろう
そもそもアメリカは移民前提の国だから比較のしようがないが
Posted by あ at 2016年07月02日 03:06
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