2010年01月10日

『インストラクショナルデザイン―教師のためのルールブックン』島宗理

百式の「この本は良いよねぇ、としみじみ思っちゃう本のまとめ」に同じ著者の『パフォーマンス・マネジメント―問題解決のための行動分析学』が載っていたので、ついでにインストラクショナルデザイン―教師のためのルールブックもご紹介します。



インストラクショナルデザインというと、ガニェの堅い本が有名ですが、この本はかなり簡単な語り口です。たとえば、冒頭はこんな感じ。
子供の頃を思い出してほしい。ランドセルを背負って通った小学校時代でも、部活動に明け暮れた高校時代でもいい。

ね? とっつきやすいでしょ? 表紙がちょっと堅い感じなので、敬遠してしまう人も多いんじゃないかと思いますが、読んでみるとかなりサクサク読み進むことができます。それから、ガニェの本はe-ラーニングがかなり強く意識されていますが、こちらは交通標識から「インストラクション」に含まれていて、対象の範囲がずっと広いです。

内容は前編と後編に別れていて、前編が「インストラクションの鉄則」で、後半が「インストラクションのデザイン」。前半の「鉄則」は、以下の通りです。

「鉄則1 :何を教えるのかをはっきりさせる」
「鉄則2 :学びにコミットする」
「鉄則3 :教える理由をはっきりさせる」
「鉄則4 :成功の基準をはっきりさせる」
「鉄則5 :標的行動を見せてやらせて確認させる」
「鉄則6 :意味ある行動を引き出す」
「鉄則7 :引き出した行動はすぐに強化する」
「鉄則8 :正答を教える」
「鉄則9 :誤答を教える」
「鉄則10 :スペックを明記する」
「鉄則11 :学び手を知る」
「鉄則12 :学び手は常に正しい」
「鉄則13 :教え手を知る」
「鉄則14 :学ばせて楽しませる」
「鉄則15 :個人差に配慮する」
「鉄則16 :「分かりました」で安心しない」
「鉄則17 :改善に役立つ評価をする」

どの鉄則にもかなり身近な例が紹介されていて、理解しやすいです。たとえば何らかのインストラクションを実行できるようになるまでには「知識」「技能」「遂行」の段階で問題があるとする話では、車のシートベルトの着用率を上げることを例にして、「シートベルトを着用することが安全性の向上につながる」と説明することが「知識」で、シートベルトをどのように着用するかを教えるのが「技能」で、分かっていて、それができるのにやらない人たちにも着用させるために罰則を強化するのが「遂行」のための方策なのだそうです。

各章の最後には「考えてみよう!」という、練習問題のような部分があります。

読んでいてうなずけるところもあれば、耳の痛いところもあります。

僕にとって印象的だったのは「考える力を育てる」というような抽象的な表現を具体的な「標的行動」にして書き出すというところでした。まあ、日本語教育の現場ではこんな抽象的な目標が与えられることは少ないのですが、日本語教育と関係のない利害関係者と話したりするときには、こうしたかなり曖昧な表現で話が進んでしまうことがよくあります。そういうときには、お互いの理解を共有するために、こういった「標的行動」にして書き出すという行為は非常に有益に思えます。

具体的には「考える力を育てる」という目標を算数の授業で実践するために以下のような標的行動を提案しています。
・文章題で問われていること(分からないこと)を書く。
・文章題に含まれている情報(分かっていること)を書く。
・分かっていることから分からないことを計算する方法を書く。
・分からないことを計算する。
・検算する。
・検算の結果が一致しなければ、どこが間違っているかを探す。
・検算の結果が一致したら、他に計算方法がないかどうか探す。
 日本語教育の分野で言うと、「ストラテジーを教える」というあたりにかなり近いですね。そして、著者はこのように続けます。
上のようなデザインなしに、文章題と公式だけを教えて、それで「考える力」が身に付くようにと願うのは、いわゆる「希望的観測」である。生徒が公式だけ機械的に暗記したとしても生徒を責めたりしては、もちろんいけない。

僕たちの現場でも「日本語教育の目標は相互理解である」とか「異文化理解能力を育てることである」とよく言われていますが、具体的な「標的行動」に落とし込んだものは、僕の不勉強からのせいか、見たことがありません。

たとえば、今度の「JFスタンダード」でも「課題遂行能力」と「異文化理解能力」の二つが中心になっていて、「課題遂行能力」の方はかなり精緻なcan-do-statementsに標的行動が落とし込まれていますが、異文化理解能力の方はポートフォリオが中心なんですよね?(違ってたらご指摘を) もちろんポートフォリオはまったく別のやり方で役に立つ方法だと思うのですが、僕自身はどのような標的行動を育てればいいのか、少なくとも上の「考える力を育てる」ための標的行動ほどクリアにイメージができていません。

さて、話がずれてしまいましたが、この「インストラクショナルデザイン」は日本語教育で「コースデザイン」という分野に興味のある人には、最適の入門書でしょう。この分野では岡崎先生の『日本語教育機関におけるコース・デザイン』とか、田中先生の『日本語教育の方法―コース・デザインの実際』が有名ですが、その前に読んでおくといいのではないかと思います。立ち位置としては国際交流基金の『日本語教師の役割・コースデザイン (国際交流基金日本語教授法シリーズ 第1巻)』あたりにかなり近いですね。

そうそう、もう一つうなずけたのが、「デザインとコンテンツの専門家が協力すれば素晴らしいコースができる」というくだりでした。日本語教師も「観光ガイドのための日本語」など、自分のまったく経験のない分野の業務を任されることがよくありますが、それでも「インストラクショナルデザイン」をデザイン側の武器にすれば、プロのガイドという「コンテンツ側のプロ」と協力し合って、効果的なコースを作ることは可能です。


その他、関連ありそうなインストラクショナルデザイン関連の参考書と、日本語教育のコースデザイン関連の本を挙げておきます。


posted by 村上吉文 at 09:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このエントリーをはてなブックマークに追加
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